降りてやる
「左二十度、マーチン二機」
「対空戦闘、主砲三式弾砲撃はじめ!」
「マーチン迂回、離れていきます」
「もう航路を偽装しても意味がない、まっすぐに沖縄へ向かおう」
「そうですね……航海長、進路を沖縄に向けよ」
「了解、沖縄本島に向けます、とぉりかぁじ!」
「トーリカージ! 全速!」
その声とともに、視線も回復する、俺は今、『大和』の艦橋に居た。
「そろそろですね」
一人の長官がぼそりと呟く。
その言葉に、落ち着いた声で有賀艦長が返す。
「まだ、そう決まったわけではないさ、確率は低くとも、0じゃない」
有賀艦長が言う、わずかな希望を込めて……。
視線が途切れ現代に戻る、そこには、顔をくしゃくしゃにして立つ大和がいた。
「私は、世界最強の戦艦として生まれた、でも日本はもう、戦艦を必要としていなかった、私の力を認めてくれた長官たちは皆死んでいった、お父さんだって、海じゃなくて空で死んだ、私じゃ、空の上を守ることはできないんだよ……」
大和は、俺が今まで見てきたWSの中で、一番の自信家だ、自身の主砲は、どんな戦艦の装甲も貫き、自身の装甲は、どんな戦艦の砲撃も受け止めるという、まさに矛盾の言葉を豪語してきた。
自分と仲間を誇りに思い、連合艦隊の旗艦を務めることを栄光と考える彼女が、その自信を打ち砕かれている。
「何が、お前をそこまで追い詰めたんだ?」
大和は、涙をぬぐいながら話す。
「私は、自分が強くないことぐらい、よく知ってる」
その一言で、大和の体は薄くなっていく。
「大和、体が……」
大和は、自分の体を見て乾いた笑いを絞り出す。
「ああ、これ? 明石に教えてもらったんだけどね、WSは、自分自身で、存在意義が認識できなくなったら、姿を保っていられないんだって」
大和の存在意義、それは、自身が世界最強の戦艦であること、それが今、揺らいでいるのだ。
「『アイオワ』は、私に対抗するために、装甲は46センチ砲弾を防ぎ、主砲は貫通力の優れた40センチ50口径砲で……様々な戦場に対応できるように、速力は33ノットも出る」
実際アメリカは、日本が41センチ以上の戦艦を建造することを予期し、作成したのが『アイオワ』級戦艦だ。
「そして、強さとか関係ない、私は、存在そのものが邪魔だった……性能なんて関係ない、節約してぎりぎり戦える程度の日本の資源で、私みたいな戦艦を、使うべきじゃなかった」
大和はついに、性能だけでなく、自身の否定を始めた。
俺はそんな大和に、黒い感情が芽生え始め、沸々と怒りが沸いてくる。
何が使うじゃなかっただ、今さらになって何を言い出すのか、そんなこと知ってる上で、運用しているんだ、お前の性能を見込んで使っているのに―――――
————お前は、それを否定するのか?
「『アイオワ』のような万能な戦艦がいるのに、私のような無用の長物が、最強の戦艦? 笑わせないで、空母の護衛もできないような戦艦なんて、必要ないんだよ」
大和は一層薄くなる、足先は、もう見えない。
「ゆう……司令官もそうだよ、こんな使い勝手の悪い戦艦なんてほっといて、『アイオワ』や『エンタープライズ』の長官になれば?」
皮肉れた子供の用に、大和は言う。
俺の中で、何かが切れる音がした。
「あ、でも司令官は、日本艦の方がいいかな? だったら『赤城』とか……飛行機も乗れるんだっけ、だったら『隼』の専属パイロットになれ……」
大きく手を振りかぶり、あたりに響き渡るほどの大きい音を立てて、大和の頬をぶった。
「笑わせるな」
俺はそう言い放つ、大和はぶたれた頬を抑え、目に涙を浮かべて、立ち尽くしている、何をされたのか理解できない、そんな顔だ。
「俺は、お前に絶大な信頼を置いて戦ってきたし、これからも戦うつもりだった」
そう言って、俺は襟についている、錨に桜の紋章が入った襟章を、乗組員の印である襟章を外す。
「なのに、その本人がこう言うのか……俺は、その程度の艦に乗って誇っていたのか……」
俺はそう言い切った後、言葉を荒げて、大和に言い放った。
「だったら降りてやるよ!」
その一言に、大和はビクッと肩をすくませる。
「燃費は悪い、装填は遅い、たいして足も速くない、おまけに対空設備だって、米戦艦より劣るようなこんなホテル、俺から降りてやるよ!」
甲板に襟章をたたきつける、その反動で、襟章はどこかに飛んで行く。
「戦争が終わるまでずっ
そんな大和を背中に、俺は甲板を降りた、後ろから、大和の泣き声が聞こえた気がしたが、俺は振り返らず―――――
———――――帽子のつばをそっと下げた。




