『大和』という艦
「勇儀」
大和が鎮座するドッグに入り、艦の甲板の上に上がると、大和はようやく口を開いた。
「……私って、弱いのかなぁ」
泣き崩れそうに、プルプルと肩を震わせ。
「私って、必要ないのかな?」
あの大和が、くしゃりと顔をゆがめて、俺に聞く。
ポッケに入っていたコイン、明石からもらった、メモリアルスターラーが反応していた。
「大和の過去と向き合えってことか」
大和の目には、連合艦隊の文字。
俺は聞こうと口を開くが、それを大和が静止し、自身の手を俺の頭に当てる、その瞬間—――
「なぜ、こんな艦を作る必用がある!」「航空主力化の時代に何を考えている!」「鉄の無駄遣いだ!」「馬鹿に燃料だけ食い散らかしおって!」「今すぐにでも空母にすればいいのに、こんなでか物」「ドッグを占領しおって、この邪魔者は」「ふん、所詮『大和』ホテルと言ったところか」「なぜ『大和』は反転した!」「我々には死に場所を与えられたのだ」「必要ない」「無駄だ」「所詮戦艦」「良い的」「生まれるのが遅すぎた」「必要ない」「必要ない」「必要ない」――――
――俺は必死に耳を塞いだが、流れてくる言葉は止まらず、頭の中に響き続ける。
「必要ない」「いらない」「無駄」「邪魔」「資材の無駄」「金属の寄せ集め」「必要ない」「必要ない」「必要ない」「必要ない」「必要ない」「必要ない」「必要ない」「必要ない」「必要ない」「必要ない」「必要ない」「必要ない」「必要ない」「必要ない」「必要ない」「必要ない」「必要ない」――――
やめろ。
「戦艦の時代は終わったのだ」
やめろ。
「『大和』なんて作らなければよかった」
やめてくれ。
「所詮ただの鉄くずよ、燃料だけを食い散らかしよって」
お願いだから、やめてくれ。
「あれじゃあ戦艦じゃなくてホテルだな」
頼むから、彼女を責めないでくれ。
………………誰か、彼女を好きになってくれた人は……いない、のか……?
「いやはや、こんなにすごい艦になろうとは」
誰だ、この人は?
「すまなかったな『大和』、お前を見くびっていたよ、私の目も、もう年かな?」
こんなにも、『大和』を思う軍人は、一体誰だ?
「すまないな『大和』、お前を輝かせられなくて」
その瞬間、目の前が一気に晴れ―――
―———そこは、『大和』の甲板の上だった。
「いやー、ほんとに美しいなこの艦は」
誰かの声が聞こえる。
「航空主兵主義の私を、こんなに唸らせる戦艦ができるとは」
振り返ると、主砲に寄りかかって酒瓶を開ける、年輩の男が立っていた。
「日本の平和を願って、乾杯だ」
男は、『大和』の主砲にお猪口をあて、乾杯のしぐさを取り、一気にその酒を飲み干して、天を仰いだ。
「くはぁ~うむ、活躍する場所は少ないと思うが、きっと、君の力が必要になる時があるはずだ、その時まで辛抱してくれ、『大和』よ」
視線は一度暗転するが、また、さっきの男が『大和』に寄り添っていた。
「玉砕が、始まるな……ここまでなる前に、戦争は終わるはずだったのに……」
その男は、前と同じ酒瓶を開け、グイッと口の中に酒を放り込む
「真珠湾、マレー、と順調に進み、ミッドウェーで敵の機動部隊を黙らせ、最後の仕上げで、お前に米戦艦部隊を徹底的に叩いてもらい、講和に持ち込むはずだったのに……」
男は涙ぐむ。
「どうして、こうなってしまった……どうして……私の作戦が甘かったのか?工業力も、技術力も劣る私たち日本人が、アメリカなどと言う大国に手を出したのがいけなかったのか?」
俺はこの発言で、この人が誰だか理解した。
「すまなかったな『大和』、弱音をはいて」
しばらく経つと、男は立ち上がり、『大和』から降りた。
そのまま『大和』の正面に立つと、男は振り返り、こう言った。
「『大和』、君を活躍させてやることは、私には遂にできなかった、だがもし、今とは少し違う状況で、君が生まれ、必要とされた時、してもらいたいことがある」
俺は、このセリフを聞いたことがあった。
「まず一つ、戦艦と戦いなさい、君の46センチ主砲は誰よりも強い、その力を皆に教えてやってくれ」
息を吸い、続ける。
「二つ目、呉に行きなさい、君の故郷だ、きっと皆、君のことを見たがっている、戦艦として活躍する『大和』をね」
一呼吸おいて、また話す。
「皆に謝っておいてくれ、私のせいで沈んでしまった艦たちに、代わりに謝っておいてくれ」
男は、その言葉を口にして、一度顔を伏せた。
「そして最後に」
もったいぶるように、一度区切る。
「生き残れ、なにがなんでも、生き残るんだ、日本の中に、君を必要ないと思っている人も多々いる、だが、誰一人として君が沈むとは思っていない………だが、君も艦だ、いずれ沈むだろう……この大戦ではな……」
男はもう一度酒瓶を開け、わずかに残っていたものを飲み干す。
「だが、もし君がもう一度必要とされた時、技術は大きく進歩しているだろう、その力を借り、優秀な指揮官を見つけ、活躍し………絶対に、沈むな」
そう言って去ろうとするが、立ち止まり、もう一度振り返る。
「言い忘れていたよ、大和、いつも言うが大切なことだぞ」
そう言って、男は酒瓶を置き、あの言葉を発する。
「いいか『大和』、世界は広く小さい、だからな」
自身の手を動かす。
「ここと」目に手を当てて。
「ここと」耳に手を当てて。
「ここで見ろ」胸に手を当てて言う。
「見たものがすべてではない、話を聞け、聞いたものがすべてではない、まずは自身の目で見ろ、そして、見聞きしたものがすべてではない、きちんと心で考えろ」
そう言って男は立ち去っていった、そこでふっと意識が途絶え、何も見えなくなる
――――だが少し経つと、先に耳だけ回復した。




