片翼の鶴
……相当大和のこと嫌いだな。
「それは、なぜだ?」
今回は視界が切り替わらない、さっきまで見ていたのが瑞鶴の記憶なのか?
あくまで今から話すのは瑞鶴の心の内なのだろうか……。
「だって、どう考えてもおかしいでしょ、自分たちで航空機の時代を切り開いときながら、なんで自分たちは空母と航空機じゃなくて、バカでかい艦隊決戦用の超弩級戦艦造ってんの? 馬鹿じゃないの⁉」
瑞鶴って、怒ると言葉のマシンガンを浴びせるタイプか~。
「百歩譲って、高速戦艦ならわかるよ⁉ 空母の護衛が重巡だけでは心もとないときとかに使えるし、実際アメリカだって艦隊決戦を全て捨てたわけじゃないから、いざという時に使える、速力が早い戦艦なら、まだ分かる……」
実際、高速戦艦の『金剛』型は空母の護衛に着けるから重宝されていたし、実戦で多くの砲戦を行ったのも、『金剛』型だ。
「でもさ、『大和』の速力いくつよ? 27ノットよ⁉ 空母についていけるわけないし、私たち空母よりでかいから目立つし……」
瑞鶴は、そこで溜めて、一気に言葉を吐き出す。
「何より、使用鉄量と金と時間! 正規空母二隻作れるだけの、金と時間! 『零戦』が、三百機近く作れるだけの鉄⁉ ふざけてんじゃないわよ!」
おう……こりゃ致命傷だな。
そう思いながら、何て声をかけようか考えていると、瑞鶴は目を閉じて、大きく深呼吸する。
何度か深呼吸を繰り返したのち、落ち着いたのか、今度はゆっくりとした、どこか寂しそうな声で呟いた。
「……でもね」
瑞鶴は、言葉を続ける。
「でも、大和はやっぱり、私達連合艦隊の誇りであり、海軍全ての艦の憧れだよ」
なんか、プライズの時にも同じこと言われた気がするな。
「あんなに否定したのにか?」
瑞鶴は、甲板の先に見える『大和』に目を向ける。
「艦はね、皆思ってるんだよ、一人で敵に立ち向かい打ち倒し、すべての砲弾をはじき返す、そんな艦になりたい、そんな理想に一番近い艦、それが……『大和』型だからね」
瑞鶴は、薄く微笑み、甲板の端に座り込む。
「空母はね、凄く弱いの、次世代の主力艦として大戦に臨んだけど、空母は航空機が居なくちゃ何もできない、ただの輸送船の派生型、皆が思ってるほど、便利な艦種じゃない」
俺は押し黙り何も言えない、ただ、瑞鶴の言葉を聞くしか、俺にはできない。
「ごめんね、司令は戦艦も空母も分け隔てなく使う人だって聞いたから、つい、言っておきたくなっちゃって……空母を過信しすぎるなってね」
瑞鶴は涙ぐみながら続ける。
「私は全部見届けた、味方が沈むところも、味方が墜ちるところも……空母という艦種は沈みやすいくせに、生き残るからさ、私みたいに運がいいと、全部見送らなくちゃいけなくなるんだ……」
幸運の空母『瑞鶴』、初期の作戦から参加し続け、レイテまで、生き残り続けた。
しかし、それは同時に、多くの戦友の死を見届けたことになる。
若者が乗る、何百もの航空機、憧れであり目指す存在で会った一、二航戦、自分を生かすために盾となってくれた駆逐艦、そして、最愛の姉妹艦。
瑞鶴は、『空母』という兵器そのものを理解し、戦艦と比べたうえで、自分たちは戦艦に劣ると思っている。
空母は、悲しい艦種だと、そう思い込んでいるように感じた
俺は、そんな瑞鶴の頭に手を置く。
「し、司令官さん? どうしたの?」
瑞鶴は驚いて、肩をすくませる。
俺はそんな瑞鶴を、出来る限り優しい目で見つめ、頭を撫で続ける。
嫌がられるかと思ったが、瑞鶴は振り払おうとはしなかった、それどころか瑞鶴は、俺の手に触れ、握りしめた。
「司令官の手って、暖かいんだね」
俺は、瑞鶴の頭を撫でながら、語り掛ける。
「辛かったな……周りの仲間が沈んで行って、自分だけ生き延びて」
瑞鶴は幸運艦と言われているが、決してそんなことはない。
仲間の沈む瞬間を見続け、最後は囮の仕事を全うしたのに、主力が帰ってしまい、作戦は失敗に終わった。
これのどこが幸運なのか。
「仲間の死を見続けるのは、辛いよな……そればかりか、自慢の艦載機を七面鳥なんて言われて、悔しかったよな……」
瑞鶴は声を出さずに泣いていたが、ついに、ダムが決壊するかの如く、言葉を零し始めた。
「うん……つらかった、みんな私を置いていっちゃう……必死に守っても、必死に追いかけても、皆私の前から消えていく……どんなに頑張っても、無茶な作戦を決行しても、戦況は、全然良くならなかった……」
わんわんと瑞鶴は泣きわめく。
「わたし、わたし……頑張ったのに! 頑張って、戦ったのに……」
瑞鶴は、俺の手を握り、自身の顔に近づける、それに合わせて、俺はもう片方の手で、瑞鶴の肩を寄せた。
「ああ、お前は頑張った、君が求めるなら、何度でも言ってやる、お前は頑張った、えらいぞ、瑞鶴」
そこからしばらく、俺は瑞鶴を慰め続けた。
何も特別なことは言えなかったが、ずっと頭を撫で、「お前は頑張った」と言い続けた、きっとそれが、一番瑞鶴の求めていた事だから。
「……ありがとう、司令官さん、また私がんばれそうだよ……」
瑞鶴はやっと落ち着き、凛々しい顔に戻っている、だが、目じりには涙の跡が残っている。
「お前の気が晴れたのなら、お安い御用だ、辛かったり、嫌なことがあったら、いつでも俺に甘えてこい、ちゃんと受け止めてやるから」
俺はそう笑いかける、その言葉に、瑞鶴はやや顔を赤らめて、微笑む。
「あ、それと瑞鶴」
「ん? 何?」
「ぜひとも大和と仲良くなれよ」
俺がそう言うと、また瑞鶴は間髪入れず。
「やだ」
「即答かよ……」
はあ、とため息をつくと、瑞鶴は何か考えついたのか、にやりと笑い、口を開く。
「じゃあ……司令官さん、私を、『大和』直衛の空母にしてよ」
「他に一隻いるが……まあ、別に……いいか……」
『エンタープライズ』がいるけど、いいのだろうか?
「私が『大和』の護衛につけば、大和との関係も良くなるかもしれないし……それに……———————————」
瑞鶴は、後半ぼそぼそと何かを言ったが、聞き取れなかった。
「えっ? 最後なんて言った?」
瑞鶴は、少し顔を赤らめて一歩下がる。
「な、なんでもない……」
「それで、直衛の空母にしてくれるの?」
改めて聞くので、俺はうなずく。
「ああ、五航戦の『瑞鶴』が護衛につくなんて、頼もしい限りだ、こちらからお願いしたいぐらいだからな」
そういうと、瑞鶴は顔を綻ばせ、喜ぶ。
「ありがとね、司令官さん」
そう言いながら、瑞鶴は消えていった。
「かわいいやつだなぁ」
そう俺は零し、甲板から対空座席に降りる、今度は血の記憶ではなく、微笑ましい日常の声が聞こえた。
班長に小馬鹿にされながら、対空機銃の撃ち方を教えてもらう若手、そんな日常が見える。
俺は、さらに下に降り、格納庫を抜ける、そこも鮮血に濡れた航空機ではなく、真新しい塗装が施された『零戦』に、希望を膨らませながら訓練に励む、若いパイロットが見え、他愛のない会話が聞こえる。
俺は、そっと帽子のつばを下げ、振り返らずに、倉庫を出ようとすると、年季が入った声と、瑞鶴によく似たが聞こえた。
「『瑞鶴』を頼むよ」
「妹をお願いね」
俺は、一度立ち止まったが、振り向かず、言葉だけをそこに残す。
「任せてください、小沢さん、翔鶴」
そう言って、俺は縄梯子を降り、ボートに乗り込む、ボートに繋がれていた鎖を離し揺らすと、カラカラと巻き上げられる。
日本最後の航空母艦は、取り残される悲しさと、日本の航空隊を背負って戦った、決して報われた最後では無かった。
だが、今度は一人になんてしない、瑞鶴がどれほど強いのか、瑞鶴自慢の航空戦隊がどれほど優れているのか、証明して見せる。
「現在19時13分、そろそろ会議の準備をしないとな」
そう思いつつ、陸へとボートを走らせる、その途中で、『大和』の近くを通り、声をかけた。
「大和ー夜会いに来るから、起きとけよ~」
聞えたかどうかは分からないが、そう言って陸に向かう。
「総合会議ねぇ……いったい何を話すことやら……」
「はう……」
私は、艦橋の上で、昇ってくる月を眺めていた。
「司令官さん、かっこよかったなぁ」
あんなに私のことを思ってくれる人は、初めてかも……。
「もっと早く会えたら、私の艦長になってもらってたのにな~」
ほかの艦の長官組に、私の艦長になってくれとは、さすがに言えない。
「もう一隻の空母って誰だろう? 一航戦? 二航戦? それとも海自の護衛空母かな?」
まいっか、あんな素敵な人に会えただけでも……それに、直衛になれたおかげで、出撃時は側にいられるし。
「はぁ……また会いたいなぁ、お話したいな~」
そんな声が、夜になりかけた海にこだました。




