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守護神の決断


「……といったところだ……私が見てきたものは……」


 三笠は、さっきほどではないが、涙を堪えながら話していたらしい、目じりに涙がたまっている。


 俺は、明石に言われたことを思い出す。


(全部の記憶を見たら、その子が今まで一番求めていた声を、かけてあげるにゃ、それが有馬の、最も大事な仕事だにゃ)


「三笠」


 声をかけると、三笠はこちらに顔を向ける、その顔は兵器としての威厳はなく、普通の女性としての顔だった。


「何だ、指揮官?」


 俺は、三笠の頭に手を置き、ゆっくりと撫でる。


「⁉ し、指揮官、どうしたのだ?」

「ありがとう」

「……指揮官?」


 俺は、できる限り優しい声で、三笠に語りかける。


「君が守ろうとした日本は、今も生きている」


 三笠が肩を上下させ、嗚咽をこぼすのが見える、三笠は涙を拭おうとせず、ただ黙って俯いていた。


「ありがとう、君のおかげだ、君が日本のためにと戦い、そして帰ってきてくれたから、日本は、大日本帝国は生き続けた……もう一度言う、三笠、ありがとう、君のおかげだ」


 三笠はしばらく泣いていた、微動だにせず、ただ顔を下に向け嗚咽を零していた。

 

 連合艦隊元旗艦、戦艦『三笠』は、圧倒的な日本の弱さに気付きながらも、その身を削り、文字通り、「命懸」で国を守ったのだ。


「またしても取り乱してしまってすまなかった」


 三笠は、いつもの凛々しい顔に戻り敬礼する。


「いや、こちらこそ君の記憶を覗くようなことをしてすまない」


 俺は頭を下げる。


「そんな、謝らないでくれ指揮官、私は、貴方にこの話をしたことを後悔はしていない、むしろ、聞いてくれてスッキリしたぐらいだ」

「そう言ってもらえると助かるよ」


 俺は、士官帽をかぶり直し、三笠に敬礼する。


「また何か相談したいことや、言いたいことがあったらすぐにいってくれ、力になろう」


 三笠は、笑顔で敬礼をしながらすっと消える。

 

 あとこれを十回か……。


「きついな……」


 『三笠』でこれだけ苦労したんだ、ほかの奴等も大変な過去を話すだろう、それを俺は受け止めなくちゃいけない、これからの戦いに備えるためにも……。


 俺は、そんなことを考えながら艦橋を降り、ボートに戻る手前。


「少し待て」


 聞きなれない男性の声が聞えた。

 しかし、その声の主が誰なのか、何となく想像できた。


「東郷元帥殿でありますか?」

「よく知っているな……いかにも、私が東郷平八郎だ」


 俺は、振り返ることなくそのまま話を続けた。


「私は一つ、君に聞きたいのだ」

「……なんでしょうか?」


 その声は静かだった、だが、確かに怒りを感じた。


「なぜ、再び日本は戦争をしている?」


 俺は暫く言葉に詰まる。


 東郷さんは、過去の軍人として、今の日本が許せないのだろう、自分たちが守り抜いた、平和を愛する国が、143年の時を経て、再び戦争をしているのだから。


「この戦争は……」


 俺は今、口をついて出そうになった言葉「平和のための戦争」が、のどの奥に引っ込んだ、この人に、こんな言い訳まがいの言葉は通じない、通じるわけがない。


 この人だって、軍人でありながら、戦争を心から拒んできた内の一人だ。


「……申し訳ありません、私は、その言葉へ返せるだけの言葉は、持ち合わせていません」


 俺は正直に、今の心境を東郷さんに話した。

 東郷さんは、何も言わずに俺の二言目を待っている。


「でも、一つ言えるとしたら……この戦争は……意味のある戦争です」

「意味のある戦争、か……」


 東郷さんは大きく息を吐き、笑った。


「そうかそうか、意味がある戦争か、うむ、良い回答が聞けて良かったよ」


 東郷さんの声は、鋭い声から、親しみやすい声へと変わっていた。


「難しいことを聞いて悪かったな、少年」

「いえ、こちらこそ、もっといい回答を出せればよかったのですが……」

「十分だ、少年よ……そんな少年に、一つ頼みがあるのだが、聞いてくれるか?」


 東郷さんは、木の甲板を踏む音を立てながら、俺の背中に近づき、言った。


「この戦争が終わる前に、『三笠』を沈めてやってくれ」

「それは……なぜ?」


 俺は驚き、そう聞き返すが返答がない。

 振り返ってみると、そこに人影はなかった。


「指揮官、次の艦に行かなくてよいのか?」


 代わりに、三笠の姿が現れた。


「……今、東郷さんと話していたんだが……」

「む、元帥殿とか?」

「ああ、そうだ、そこで俺は頼まれたんだ……」


 三笠は、首を捻りながら聞く。


「何をだ?」

「……この戦争が終わる前に……『三笠』を沈めてやってくれって……」


 俺は、少しためらいながらも、三笠にさっきあったことを話す。


「そうか……元帥殿がそんなことを……」


 三笠は、少しだけ悲しそうな顔をしたが、俺の方へ視線を向けて口を開いた。


「東郷元帥殿はきっと、もう私が、この国に必要ないと思ったのだろうな」

「……そうなのか?」

「ああ、戦力的にはまだ改装すれば何とかなるかもしれぬが……主に、守り神としてだな」


 俺は心の中で理解し、うなずく。


「元帥殿と、お前がそう言うんだから、そうなんだろうな……」


 戦艦『三笠』、日露戦争を勝利に導き、傷つきながらも日本に帰投した艦、その後は横須賀に記念館として保存され、日本の守り神として祖国を見守ってきた。


 しかし東郷元帥殿は、もうこの国に『三笠』と言う守り神は必要ないと判断した、神の決断に、とてもじゃないが逆らう気には――――

                

                     ―――—なれなかった……。

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