守護神の鎮魂
「彼我の距離は!?」
「およそ30キロ!」
「対艦ミサイル、ありったけ放て!」
まさか、こんなところに『フィラデルフィア』が入り込んでいるとは思わなかった。
「大堀さん、『フィラデルフィア』に対艦ミサイルは……」
ヨミが無線で話しかけて来る。
「そんなことは分かってる。だが、少しでも気が引けるなら十分だ」
「レーダー上から『いしづち』ロスト! 残りは『三笠』だけです!」
「クソ! もう少し早く駆けつけていれば!」
とは言え、どうやって『フィラデルフィア』を倒すのか、見当がつかない。『りゅうおう』の20センチ砲で、仕留めることは可能なのか? 魚雷を完璧に弾いてしまうような艦を相手に?
「現在解析を進めています。それまではなんとも」
俺の思考を読んだのか、ヨミがそう告げる。
「分かった、今は敵の攪乱に専念しよう」
「ミサイル、目標へ到達せず!」
「間髪入れず撃ち続けろ! 各艦、砲戦用意!」
戦艦こそいないが、俺の『月』艦隊には多数の現代艦艇がいる。それらの命中率と高速性を生かして敵を翻弄する。
「主砲、電探連動用意よし、自動装填システム良好、発射準備よろしい」
「撃ち方はじめ!」
「射撃開始」
20センチ連装砲二基が、一定間隔で砲撃を始める。それに倣って、航続する艦艇たちも砲撃を始める。
小口径ではあるが、多数の砲弾が『フィラデルフィア』へと降り注いだ。
同日、13時21分。
「支援艦隊が攻撃を受けている!?」
追尾しいていた戦艦群に砲撃を加えながら、俺はその報告を聞いた。
「ああ、どうも『フィラデルフィア』という一切情報がなかった艦が監視網を潜り抜け肉薄、撤退中の支援艦隊を攻撃したようだ」
長門が厳しい目つきで教えてくれる。
「すでに『いずも』『かが』『いしづち』、また駆けつけた第二防衛護衛艦隊、撤退中だった『ジョージ・ワシントン』が沈んだ」
この短時間に、それほどの数が?
「どうやら、紀伊と同じようなバリアを張り、超電磁砲を主砲としているようだ。おかげで敵は90%以上の命中率を持ちながら、こちらの攻撃のほとんどをシャットアウト。おまけに素の装甲もかなり高いらしく、『三笠』の魚雷二本を食らったが無傷だったと」
「なんだそのデタラメ装甲。一体どんな設計したらあの雷撃を無傷で切り抜けられるんだよ……三笠が積んでるの、一応最新の魚雷だぞ?」
心配したところで、最前線にいる自分たちではどうしようもない。とはいえ気になるものは気になってしまう。
「敵戦艦、行き足止まりました」
しかし、こちらの仕事は済んだようだ。
「よし、これで第三前衛艦隊も壊滅だ」
「全艦残弾を確認後、一度後退。第二決戦砲戦部隊と合流後、最後の艦隊と『大江戸』の捜索に移るぞ」
『フィラデルフィア』のことは気になるが、遊撃に向かった『月』艦隊にはヨミもいる。きっとなんとかしてくれるはずだ。これ以上どうしようもないことを悩んでいても仕方がない。
切り替えて任務に集中した矢先のことだった。
空気を切り裂く轟音、途方もない質量が遠方から迫る時に聞こえる迫真の飛翔音が、艦橋の窓を越えて俺の耳へと届いた。数秒遅れて、部隊全体を覆うように水柱が数本立ち上る。
「砲撃か! どこから!?」
「レーダーに艦影なし!」
長門は見つけられていない。となると、『ゆきぐも』を頼るしかない。
「こちら『長門』、敵艦影は見えるか!?」
「『ゆきぐも』より全艦、ただ今の砲撃、ここより北東の方向、距離およそ50キロ!」
「『ラハティ』級か!」
この距離、『大和』の主砲よりも遠方から砲撃できる艦など、超長距離狙撃用戦艦である『ラハティ級』を除いて他にいない。
「まんまと誘い込まれたみたいだな」
俺はすぐに状況を察する。先ほどまで永遠と後退を続けていた敵第三前衛艦隊は、撤退していたのではない。別にいる『ラハティ』級の射程に誘導していたのだ。
「潜水艦部隊は『ゆきぐも』より座標を受け取り、敵艦隊へと肉薄せよ! 全艦回避運動をしながら後退!」
他艦隊を気にしていられないほどのピンチが、いよいよ俺たちの元にもやって来た。
「『のしろ』に直撃弾! CIC、艦橋応答なし!」
「ここまで紙一重で交わしてきたが、ここまでか!」
ヨミが解析を続ける間、なんとか連携してもろに砲撃を受けないよう躱し続けたが、それでも、限界がやってきた。たった今の砲撃で、『のしろ』の主砲塔、艦橋、艦中央部には破孔が打たれ、戦闘能力を失ったのは明らかだった。
なんとか再度『三笠』が雷撃を敢行し、敵の両サイドの戦艦を撃沈することには成功した。しかし、やはり『フィラデルフィア』に傷はつかず、依然としてこちらを狙っている。
一つ得したことと言えば、主砲の発射間隔が落ちたことだろう。おそらく、両サイドの戦艦の発電能力も利用して、あの超電磁砲を撃っていたものと見られる。
「ヨミ! まだか!?」
生憎、潜水艦部隊は補給が間に合わず、『伊403』以外連れてきていない。そのため、水中からの攻撃は行えないのだ。
「ただ今! モニターに映します!」
その声が聞こえると、『りゅうおう』のCICのモニターに、敵の情報が映し出される。
「敵艦、『フィラデルフィア』。12センチ超電磁砲を三門搭載し、主機関はおそらく核分裂炉です。それ以外にも発電機器と思われる機器が艦底に散見されます。また、艦首付近に二つの高電磁場を放つ箇所を発見しました。おそらく、ここが電磁バリアの発生源です」
でかした、そこまで分かるとは。
「しかし、敵艦は艦内にも電磁バリアを張り、その上に装甲版を装備しています。おそらく、『三笠』さんの魚雷は、表面上の装甲だけを破り、その中にある電磁バリアに阻まれたものと推測できます」
二重装甲、いや、バリアも含めれば三重装甲か。
「しかし、結局バリアの発生源は同一の箇所の為、なんとか艦首にある個所を強打出来れば、バリアを消すことができると思われます」
「だが、そのなんとかする方法が見当たらないと?」
「はい、喫水線とほぼ同位置にあるため、艦砲で狙うのは至難の業です。ですが、対空機銃などではおそらく0距離から撃たない限り、威力不足です」
参ったな……弱点は分かったはいいが、それをつける武器がない。
「どうすれば……」
俺が艦長席で頭を抱えていると、無線機から『三笠』の声が聞こえる。
「大堀艦長、話は聞いた」
その声には、どこか決意のような、覚悟のような雰囲気を感じる。
「要は、何かで艦首を強打すればいいんだな?」
「ああ、それは間違いないが……どうするつもりだ?」
俺の問に、三笠は行動で答えた。
「『三笠』、面舵! 『フィラデルフィア』に真っすぐ向かっていきます!」
「知っているか、近代まで艦船の戦いは突貫が基本だったのだ。その名残は、日露戦争を戦った私にまで続いている!」
間違いない、突っ込む気だ。艦首に備えた衝角で、自ら『フィラデルフィア』を無力化するつもりだ。
「止めてください! そんなことしたら、『三笠』さんの艦体が持ちません!」
電磁バリアの中に突っ込めば、空気中を支配する電流が艦体を駆け巡り、消失するまで焼き続ける。
「この身一つで日本の窮地を救えるのなら大いに結構! ここが私の死に場所なのだ!」
『フィラデルフィア』は、向かってくる『三笠』を危険と判断したのか、主砲の照準を移した。
「三笠!」
直後、雷鳴。三発の砲弾が『三笠』へと向かった。
「ははは! 効かぬわ!」
無線からは勇ましい声が聞こえる。
しかし、第一主砲塔は吹き飛び、艦首から艦尾にかけて砲弾が貫通した後が残る。薄い装甲が、過貫通を引き起こし、被害を最小限に抑えたのだ。
そうこうしている間に、薄緑の膜へと、『三笠』の艦体が突っ込んでいく。
「あああああああああああああ!」
悲鳴。とてつもないスパークがカメラ越しに見える。そのスパークは、瞬く間に『三笠』の甲板に火をつけ、魚雷発射管、レーダー、無線機をダメにする。
「『三笠』さん!」
悲痛な『ヨミ』の叫びも、ただ空しくスパークの雷にかき消される。
されど、『三笠』は止まらない。主砲塔は吹き飛び、内部では大火災もいいところだろう。機関すら焼き付いていてもおかしくないはずなのに、『三笠』は進み続ける。
その背後には、スパークが引き起こした錯覚か、無数の艦の姿が見える。どれもこれも、今の艦とは比べ物にもならない古い木造の艦や、前弩級戦艦たちだ。
その時、俺は察した。この艦達は皆、『三笠』へと追従していった艦なのだ。日露戦争まで、本当の意味で光を浴びることのなかった、極東の海軍。その無名の時代を生き抜き、現代の栄光までの礎を築いた、全ての英霊たち。
「全艦、『フィラデルフィア』へ向けられる全火力の投射準備!」
『三笠』と、全ての英霊の意思を、無駄にしてはけない。
「対艦ミサイル、10番から24番まで、全てのVLSオープン。CLWS、対空速射砲も『フィラデルフィア』へ向けます」
悲鳴のような甲高い音が響くと同時に、『三笠』はバリアを突き抜け、『フィラデルフィア』へと到達した。ギャイィン!という不快な金属音とスパーク音が響くと、『フィラデルフィア』は大きく揺らぎ、全体を覆っていた薄緑の膜が揺らぎ、砕け散るように消えて行く。
「今だ! 全砲門開け!」
超電磁砲を放たれる前に、仕留める。
残存する艦艇からミサイル、砲弾、機銃、ありとあらゆる火薬が『フィラデルフィア』へと殺到した。
もうほとんど意識はない。最後は気力だけで突っ込んでいった。だが、痺れが無くなったあたり、役割は果たせたようだ。
空を見上げれば、『りゅうおう』たちが放ったであろうミサイル、砲弾が見える。
「東郷殿。もうここらでよろしいでしょうか? 守護者としての役割を終えても」
最期に見える景色が、現代兵器というのも、また一興。
「後は、頼むぞ。大和――」
着弾と共に、『フィラデルフィア』へと砲弾、ミサイルが着弾。その爆発に巻き込まれる形で、なんとか形を保っていた私の艦体は、バラバラに砕け散って行く。
ようやく、眠れる。横須賀から日本を見守り続けて100年とちょっと、充実した100年だったよ。今度は、靖国で旧友たちと共に、酒でも飲もうか。
ありがとう、連合艦隊よ。ありがとう、有馬指揮官。君たちのおかげで、私は、最期まで戦艦であれた。
大日本、万歳!
同日、16時44分。
「『三笠』が……沈んだ?」
『長門』の艦橋に持ち込まれた電報に、俺は衝撃を隠せなかった。
「『三笠』殿が逝った、のか……」
長門は、窓から視線を動かさずに呟く。
いまだに、『ラハティ級』の砲撃は続いており、楽観できる状態ではない。長門の行動は正しいのだろう。だが、それでも。長門の頬には、雫が煌めいていた。




