戦艦『フィラデルフィア』
同日、午前10時57分、横須賀総合本部。
「支援艦隊、本土へ向けて後退開始、防衛部隊と第二決戦砲戦部隊は前線へと復帰します」
「よろしい、他の艦隊はどうか?」
「はい、第一決戦砲戦部隊は現在敵艦隊を追尾中、決戦潜水艦部隊は、撤退中の敵空母群を攻撃中です。また、第一、二決戦航空部隊は、共同で敵残存艦艇を叩くとともに、大江戸の具体的な位置を捜索中です」
小堀防衛大臣は、現状を聞いて満足そうに頷く。間違いなくこちらに被害は出ているが、全体的に優勢だ。このまま敵を削り切れれば、総力を挙げて『大江戸』を叩くことが出来る。
そして、小堀の満足げな表情には、さらにもう一つの理由があった。
「『大和』はどうだ?」
「はい、現在熊野灘付近を航行中、あと8時間ほどで相模灘へ到着します」
呉で修復作業を行っていた『大和』が、ようやく今日の明朝に修理を終え、出航したのだ。この情報は敵に渡すとやっかいなことになるため、有馬にすら伏せている。
「『大和』の51センチ砲こそ、『大江戸』対抗の数少ない手段だ。いなくては困るからな」
「レーダーに艦影、支援艦隊と思われます」
横須賀基地に配備されているレーダーは三原山ライン手前から相模灘全体を監視することができる。主に、撤退してきた艦を確認したり、防衛ラインを突破してきた敵艦、航空機を発見する。
「な!」
そんなレーダーを監視していた観測員が、驚愕の声を上げる。
「どうした?」
小堀が訪ねると、その兵は顔面蒼白で、怒鳴るように報告する。
「三原山ライン内に艦影! IFF、国際識別色反応なし、WASの艦艇です!」
「なにぃ!?」
小堀は飛び上がって自らレーダーの画面を凝視する。しかし、確かに支援艦隊の側面を突く様にWASの艦艇が映っている。規模からして3隻の戦艦クラス。
「至急支援艦隊に通報! 千葉の『A10』に出撃命令を! それから遊撃艦隊を至急呼び戻せ!」
「ダメです! 『月』艦隊は現在千葉太平洋軍港で給油中。出航まで30分はかかります!」
「すぐ動かせる艦隊はいないのか!?」
「現在支援艦隊を除いて最も近い距離にいるのは……第一防衛護衛部隊です」
防衛航空部隊とともに補給を受けていた部隊で、かつ小型艦艇の部隊のため足が速い。しかし、二隻の撃沈艦が出ており、戦艦級三隻を相手取れるのかは、不安が残った。
「……行ってもらおう。『月』艦隊の補給を最低限に切り上げ、急行。それまでの時間稼ぎを第一防衛護衛部隊に任せる」
「了解、そのように指示を送ります」
三原山ラインを越えたあたりで、支援艦隊には緊急電が入った。どうも、いきなりレーダーに現れたらしい。
「にゃ、明石たちは全速で離脱するにゃ! それまで援護を頼むにゃ!」
「任せろ明石、そのための我々だ」
「三笠、無理しちゃだめにゃよ」
「分かっている」
隊列からは、私『三笠』を始め、イージス艦『いしづち』、護衛空母『いずも』『かが』が外れる。支援艦隊の護衛戦力として用意されていた艦達だ。二隻の護衛空母からは『F35』が飛び立つ。格納庫には補給用の航空機を入れて運んでいたため、飛び立つのは甲板に駐留していた4機だけだ。
「こちら『いしづち』、『三笠』は電探による索敵、及び対戦援護を。万一潜水艦に接近されようものなら、この数では滅多打ちにされる。手が空いたら砲撃支援を頼む」
「承知した、貴官らの活躍を期待するぞ」
分かっている。この時代では私の砲火力は役に立たない。けして奢らず、私の役割を果たそう。
「『護衛用対潜特化型戦艦三笠』、いざ参る!」
気合を入れるとともに、新設されている二つの電探を起動する。『13号対空電探』と『55号ステルスレーダー』だ。
「各艦に通達。レーダーにて敵艦艇を発見。個々より南西の方角、距離およそ―――」
続けて距離を報告しようとした直後、レーダーに異常が起きた。
「なんだ?」
「こちら『いしづち』、『三笠』、距離はどうした、報告せよ」
「敵艦艇の姿がぼやけて―――」
直後、雷鳴。空気を切り裂くような轟音と共に、何かが飛来した。微かに空中に衝撃波のようなものを捉えることが出来た私は、慌てて飛来した先に目を向けると、撤退途中だった『ジョージ・ワシントン』が真っ二つに割れて、沈み始めていた。
「な、なにが起きたのだ……」
改めてレーダーを確認すると、再び敵艦の姿がぼやけ始める。
「各艦に報告! 敵艦に再度攻撃の予兆あり!」
何も言わないよりはましだと判断した私は、ひとまずそれだけ報告した数秒後、再び雷鳴。今度は空に向かって伸びている。
「まさか!」
「アルファ1、2ロスト!」
たった今の攻撃で、航空機が二機撃墜された。
「敵との距離、40キロメートル……? そんな、そんな距離から?」
「全艦回避運動をしつつ敵艦隊へ接近! 航空隊は低空にて接近し、姿を確認、食う対艦ミサイルによる攻撃を敢行せよ! 『三笠』はレーダーの情報を常に監視、再び攻撃の予兆あれば、報告を!」
『いしづち』から焦った声が聞こえる。
「第一防衛護衛艦隊が援護に来てくれる手はずだ。それまで我々が引き付けるぞ!」
ただしい判断だと思うが、果たして耐えることは可能なのか……?
数分進み続け、敵との距離が30キロを切ると、『いしづち』は艦対艦ミサイルを撃ち上げる。
航空機とは、ものの数分で連絡が途切れ、敵の姿を見たとという報告しか受け取ることが出来なかった。おさらく航空機に放ったと思われる攻撃以降、二度目の攻撃を受けることはなかった。
しかし、艦対艦ミサイルさえ命中すれば、いくら戦艦と言えど無傷ではいられない。おそらく、この攻撃で勝敗は決するだろう。
「艦対艦ミサイル到達まで20秒」
無線機から聞こえる報告に耳を傾け、「撃沈」のその一声を待った。だが。
「ミサイル、目標手前で消失! 攻撃失敗!」
「なんだと!?」
迎撃されたのか? いやしかし、四本も撃ち上げ、一本も到達しなかったのか?
何かのエラーではないかと思い、レーダーへと目を落とすと、確かにまだ艦影が残っている。さらに、そこへ近づく艦影も映った。
「『三笠』より各艦、敵艦隊へ接近する艦影あり、恐らく第二防衛艦隊と思われる!」
「『かが』より各艦、敵艦隊目視で確認! な、なんだあれ!?」
立て続けに上がった報告に、私は慌てて艦橋に上がり、双眼鏡を覗く。その先には、薄緑の膜のようなものをはり、二隻の戦艦を両サイドに置き、ケーブルのようなもので接続する異形の艦艇が一隻。単装砲を三門備えており、砲身が赤紫に煌めいている。
その後方からは、第一防衛護衛艦隊が、砲撃しながら高速で向かって来ている。
「よし、そのまま肉薄して、雷撃をお見舞いしてやれ!」
私の叫びに答えるように、防衛部隊は果敢に砲撃を続ける。しかし、敵艦の砲身に光が宿る。それと同時に、レーダーの敵艦の姿がぼやけて行く。
「まずい、砲撃が来る!」
敵の砲身は我々ではなく、後方にいる防衛部隊へと向けられた。
「避けてくれ!」
私の願いは、戦場に響き渡る雷鳴が、無慈悲にかき消した。
一発目で、先頭を進む『矢矧』が艦首から串刺しにされた。二発目で後続する『初月』の艦中央部が吹き飛んだ。三発目で、対艦ミサイルを放った『きぬ』の上部構造が根こそぎ消失した。
「『矢矧』『初月』『きぬ』、戦闘、不能……」
「バケモノめ!」
私の報告に、『いしづち』からはそんな悪態をつく声が聞こえる。『きぬ』が放った対艦ミサイルも、薄緑の膜に遮られ、空中で爆発した。
「まさか、あれは……」
私はそこではっとする。確か、『紀伊』と『大和』が戦った時も、このような膜が貼られていたと聞く。電磁バリアとして、砲弾・魚雷以外の兵装を全てシャットアウトするというのだ。
「魚雷を撃てれば……」
私が考えている間に、再び敵艦の砲身が光る。
「全艦回避運動!」
おそらく、敵の主砲は超電磁砲と呼ばれるものだろう。だとしたら、この距離まで近づいて、回避機動など意味があるのかは、甚だ疑問だ。それでも、叫ばずにはいられなかった。
一発目は、『いずも』の艦首付近を掠めた。二発目は、一旦距離をとろうとした防衛護衛部隊の『ながら』に止めを刺した。三発目は、『かが』の中央へと命中した。
「『かが』被弾!」
艦中央部に大穴があいた『かが』だが、それでも幸いまだ沈むことはなさそうだ。
「格納庫が空で助かったな」
しかし、このままでは全滅だ。
「私はこれより、雷撃を試みる!」
このままでは、『月』艦隊がこようとも、状況は変わらない。現在最も雷撃能力を持っている私が、あいつを沈める。
「最大船速!」
たかだが22ノットだが、出しえる最大船速で敵艦へと突っ込んでいく。
「全艦、『三笠』を援護しろ!」
私の前に、『いずも』と『かが』が立ちふさがり、『いしづち』は対艦ミサイルを放ちながら主砲を速射する。
「敵艦に発射の兆候あり!」
私が叫んでも、『いずも』『かが』は進路を変えない。盾になる気だ。
「……かたじけない」
雷鳴。一発目は『かが』を再び叩き、残り二発は『いずも』の艦橋を吹き飛ばした。
「『いずも』、艦橋要員応答なし、されど、航行に支障なし!」
「『かが』、艦内にて火災発生、されど全力航行可能!」
少しづつ敵艦との距離が縮まる。だが、まだ撃てない。ここまでの犠牲を出す以上、絶対に命中させなければ、顔向けできない。
「敵両サイドの戦艦に発砲炎!」
この距離だ、着弾は早い。
「『いずも』、甲板に火災発生! 『いしづち』に命中弾! 格納庫炎上!」
頼む、もってくれ!
後少し、後2キロで、必中距離だ。
「超電磁砲来ます!」
耳をつんざく雷鳴。この一撃は、『いずも』に引導を渡した。
「『いずも』艦尾で爆発! 速力落ちて行きます!」
みるみるうちに『いずも』が私の後ろへと流れて行く。前方からみて分かったが、艦首に三つの大穴が開いている。おそらく、そのうちの少なくとも一発、最悪全てが機関部へと到達したのだろう。
「っく! 面舵!」
『いずも』の撃沈を引き換えに、最良の射撃距離まで接近できた私は、舵を切り、左舷の魚雷を、全て海中へと放った。総数6本。
「まだまだ!」
回頭しきる前に取り舵をとり、今度は右舷を敵に向け、もう半分の6本も発射する。
「よし、これで!」
退避行動へ移ろうとした矢先、再び両サイドの戦艦の砲炎が見えた。
「『かが』被弾! ダメです、火災が艦内全域に到達!」
ああ、『かが』も沈む。長く海上自衛隊唯一の航空戦力を保有していた二隻が、沈む。
しかし、これで、あいつも無傷ではいられないはず!
「沈め!」
41.4センチ魚雷の雷足は60ノットにも迫る。ものの数十秒で、敵艦へと到達する。
轟音と共に巨大な水柱が何本か立ち上る。おそらく半分はサイドの戦艦に吸われてしまうだろうが、それでも第二主砲より先は見えている。そこに二~三本でも当たれば、致命傷になるはずだ。
水柱が崩れていき、敵艦の姿が露わになる。敵の右舷の戦艦は姿を消していた。しかし。
「なぜ……なぜだ!」
肝心の目標は、傾斜するどころか、一切損害を受けた様子を見せず、こちらに主砲を向けていた。




