こちら横須賀、全部隊に告ぐ
21日、午前3時42分
「状況は?」
「現在、敵機械歩兵が一回受付まで侵入、病棟には入られていませんが、扉を突破されるのも時間の問題かと」
私は、倒れている警備員が持っていた89式を拾いあげ、マガジンを数個拝借する。
「分かった、敵の規模は分かる?」
「具体的な数は不明です。ただ、ここと管制塔の方にも兵は分散しているはずなので、2~30人程度かと」
それに対して、こちら側で動けるのは、警備員と負傷兵合わせて8名、か。
「私が注意を引くから、私の動きに合わせて、援護射撃をお願い」
「分かりました……ご武運を」
戦争には詳しくないのであろう警備員は、私を信じて、頷いてくれた。
全員の覚悟が決まったのを見て、私は89式のコッキングを行い、受付へと転がり込む。
「こっちだよ!」
まず一体、機械歩兵の頭に数発入れて、私は走る。左腕がない分バランスがとりにくいが、病み上がりの身体に鞭打って、敵の射線を躱しながら、病棟に侵入を試みていた機械歩兵の視線を集める。
「ほらほら!」
また一体、また一体と、小柄な体を生かして射線を切りながら、着実に数を減らす。私の突貫に合わせて、病棟入口から警備員や負傷兵が射撃、援護してくれている。
「最後!」
受付に残っていた最後の機械歩兵の胴体へマガジンにあるだけの弾を全て吐き出し、制圧を終了する。
「雨衣殿、大丈夫ですか?」
負傷兵の一人が、松葉杖をつきながら私の元にやって来る。
「うん、援護ありがとう。そっちこそ、傷は大丈夫?」
「はは、これくらいへっちゃらですよ。ちょっと艦の残骸に足を挟んで折っちゃっただけですし、上半身は元気そのものです」
船乗りか……。
「そっか、この後の病院の守備、お願いね。私は管制塔と他に散らばってる機械歩兵の殲滅してくる」
「了解です、マガジンは足りますか?」
「うん、問題ないよ。じゃあね」
警備員と負傷兵にこの場は任せ、私は病院から外に出る。病人用のパジャマだけでは些か心もとないので、警備員のタクティカルベルトを借りて、そこにマガジンを刺している。
「滑走路に敵はいない……残りは全部管制塔かな?」
「ああ、お前が寝てる間に友軍機の機銃掃射があった、それで外にいた奴はあらかた沈んだんだろうぜ」
となれば、管制塔に引きこもってる連中を叩いてやれば、この基地は奪い返したも当然か。
「よし、いこっか」
89式を握りしめながら、管制塔の建物へと入って行く。一階は辺りに弾痕が残るばかりで、誰もおらず、上から銃声が聞こえるのみだ。
「二階は総合司令部、そこを破壊されていたらヤバいな」
少し焦ったkar声が聞こえる。
私は呼吸を整えて、階段で二階へと昇った。
「弾幕を張れ! 司令部に奴らを入れるな!」
「この声、小堀防衛大臣?」
階段を急いで駆け上ると、ちょうど応戦している機械歩兵たちの背後に出た。その視線の先には、机椅子をバリゲードにして応戦する警備員と本部通信員、防衛大臣の姿があった。
「あはは、こりゃあいい。政治家が先頭に立って戦ってやがる! こりゃあ歴史の教科書にきざんえやらねえとなぁ!」
karが愉快そうにそう笑い声を上げる。
「私たちとしては笑いごとじゃないんだけどね~」
ここで臨時首相に死なれたら、折角敷いた軍事独裁の形が崩れてしまう。
「kar、やるよ」
「おうよ」
ここで下手に撃てば、対岸にいる大臣たちに当たりかねない。そこで、私はkarの銃剣による肉弾戦を選択した。
軽く集中力を高めた後、走り出す。
「らああああ!」
気合と共に一番後ろにいた機械歩兵に飛び掛かり、右手でしっかり握りしめたkarを突き刺す。両腕で押せない分、姿勢を上手く変えて、体重をかけて突き刺す。
数体が私の存在に気づいたらしく、司令部に射撃する手を辞め、私のほうへと銃口を向ける。
「おそ――!?」
いつもなら一歩踏み込めば敵が引き金を引くより早く肉薄し、手首を切り落とすぐらいはできた。しかし、今の私の踏み込みでは、届かない。
慌てて地面を蹴り、射線から外れる。
「クソ、動きが……鈍ってる!」
調子が悪いというレベルではない、ポルシェイドを使うために、集中状態に移ったはずなのに、身体が思うように動かない。
「集中が、足りてない?」
しかし、それでもやらなければならない。
少し頭を使って、賢く、最小限の動きで……。
「やっ!」
いつもより慎重に、大立ち回りはせず、一体一体、着実に削って行く。
「空君か!?」
どうやら、防衛大臣は私に気づいたようだ。
「援護お願いします!」
それだけ返答して、私は戦闘を続ける。銃剣で首を落とし、少し離れた相手には、背後が司令部でないことを確認して、karの7.92ミリ弾をお見舞いする。撃った後は、銃身を空中に投げて右手でコッキングし、握り直す。
数分もすれば、司令部を襲っていた機械歩兵たちは、皆動かなくなっていた。
辺りを見渡して、私に銃を向けるものがいないことを確認すると、私はせき込み、その場に座り込んでしまう。
「空、限界か?」
「ま、まあね……ちょっと、疲れたかも」
karの声に、少し強がってみせる。本当は今にも意識を失いそうなほど体力が残っていない。流石に、病み上がりに無茶をし過ぎたかもしれない。
「空君、助かった。君が目覚めてくれたおかげで、司令部は守り通すことが出来たよ。君がここにいるってことは、病院は大丈夫なんだな?」
「ええ、恐らくは……」
朦朧とする意識の中、私は大臣の質問に答える。
「すまない、病み上がりの君をこんな酷使する形になって……おい! 誰か、軍病院まで運んでやってくれ!」
「了解です! 自分が―――」
「伏せろ!」
警備員の一人が私の方へ寄ろうとした直後、銃声と叫び声。警備員の鮮血が、私の頬を濡らした。
「クソ! まだ残っていたのか!」
大臣が悪態をつきながら、私を担ごうと手を伸ばす。
「いったん司令部まで下がっ、うっ!」
しかし、立ち上がった直後、大臣の太ももを、一発の銃弾が貫く。
「防衛大臣!」
このままだとまずい。
なんとか悲鳴を上げる私の精神と肉体に鞭打って、karを持って立ちあがる。だが、その一瞬がいけなかった。敵の姿を確認する前に、遮蔽物から身を出してしまった。私は、そんな初歩的なミスをするほど、追い詰められていた。
「雨衣さん伏せて!」
機械歩兵の眼球カメラと目が合う。持っている銃はアサルトライフル、セレクターは単発を指している。そこまで頭で処理できるのに、避けようとする体の動きは、あまりにも鈍い。
銃口に発砲炎が煌めく。私の胸を狙った一発の銃弾が、真っすぐ向かってくる。
だめだ、避けられない。
そう思った直後、私の手に握りしめられたkarが、私の腕を無理やり動かした。
「死なせねえよ」
銃身が私の胸の前へと移動する。それからコンマ数秒遅れて、敵の銃弾がkarに着弾する。甲高い音を立てて銃弾が跳ね返り、私は反動でその場に倒れ込む。
遅れて、ピシッという不快な音が耳に届いた。
「kar!」
状況を飲み込んだ私は、投げ出されたkarの銃身へと駆け寄る。その姿は、もはや銃として機能を成せる姿ではない。半ばから折れ、ボルトの機構が破損している。
「はは、生きてんな? 空?」
姿が見えない。声も、どこか遠くから聞こえる。
「そんな顔すんなよ。持ち主を守るのは、全武器の宿命であり誉だぜ?」
無意識のうちに、ぼたぼたと大粒の涙が零れる。初めてWSを知って、パートナーとして紹介されて、そこからずっと一緒に戦ってきた愛銃を、相棒を失うのだ。涙が出ない訳がない。
「でも、こんな、私のミスで……」
「いいんだよ。硫黄島でも、欧州でも、お前はその年齢と体つきに不釣り合いなぐらい戦ってきた。そのツケが回って来たのが、たまたま今だっただけだ。それから命を救えたらなら、私も本望だよ」
二つに折れた銃を抱きしめながら、私は嗚咽を零す。
「じゃあな。お前との大暴れ、楽しかったぜ。この戦争も、時期に終わる。もうお前が銃をとる理由もなくなる。残った右腕は、大事な指揮官様を抱きしめられるよう、綺麗にしとけ」
軽い笑い声の後、再びピシッと何かにヒビが入る音がしたと思えば、karの声は、もう聞こえなくなっていた。
「……雨衣中佐」
私を呼ぶ声に振り返る。
「陸上自衛隊、ただ今到着しました。我々が来るまでの時間稼ぎ、本当に、ありがとうございます」
ああ、間に合ったのか……。
「現状、防衛大臣が治療中ですので、艦隊への報告だけ、お願いしてもよろしいでしょうか?」
その陸自の人の制服を見ると、大尉の位を付けている。この場で、最も階級が高いのはどうやら私らしい。
「分かった。首相の手当ては大丈夫そう?」
「はい、足を撃たれただけなので、特段命に別状はないかと」
「よかった」
私は、karを抱きかかえたままよろよろと司令部に入り、電源が落とされていた通信機器の電源を入れる。一旦karを下ろすと、周波数を艦隊に合わせ、衛星電話を繋ぐ。
「こちら横須賀、総合作戦本部。応答せよ」
「こちら艦隊旗艦『長門』、その声は……空か?」
どうやら、気づいたようだ。
「うん、おはよう、有馬。こっちは片付いたよ。陸自も来たから、とりあえず安心だと思う」
「お前も、戦ったのか?」
「……うん」
電話の先で、大きなため息が聞こえる。
「けがはしてないか? 病み上がりで動いて大丈夫だったか?」
「心配してくれてありがとう。でも私は大丈夫、karが、守ってくれた」
「……karは?」
「壊れちゃった」
数秒の間をおいて、有馬は「分かった」とだけ短く告げる。
「俺はまだ、海の上でやらなきゃいけないことがある」
「分かってる。私は、ずっと陸の上で待ってる」
「ああ、そうしてくれ。また後でな」
「うん、頑張って」
衛星電話を切った私は、力なくその場にへたり込んだ。私にやれることは、もう祈る他ない。
ただ、有馬が全てを終わらせて戻ってきてくれることを。
私は、全部隊一斉送信の電信に手をかけ、平文で一斉に送信する
『此方横須賀総合作戦本部、基地機能ノ奪還ニ成功セリ。各部隊ハ只己ノ職務ヲ果タス事ヲ要求ス。本土ハ無事ナリ。本土ハ無事ナリ』




