大和の心
俺は桜花の件が一段落したので、道中航大にどつかれたりもしたが艦橋に戻っていた。
そこには航海長の三浦長官しかおらず、訳を聞いてみると、どうやら皆間食に甘味を食べに行ってるようだ。
「お、帰ってきたのか、ちょうどいい、ちょっと変わってくれんか?」
で、じゃんけんに負けた三浦長官は一人艦橋に残っていたという事らしい。
「はあ、別にいいですけど」
俺がそう言うと目を輝かせて艦橋を飛び出した。
そんなに食べたかったのか……。
「さて、一人になったけど……」
いま頃大和も甘味を食べているだろうからこっちには来ない、しばらくは一人か。
「失礼します!」
そんなことを思っていると、一人の兵が艦橋に入ってくる。
「あ、今俺しかいないから別に気にしないでいいよ」
その兵は俺と同じぐらいに見えたのでそう言って話を聞く。
「そうか……さっき、本土の北を任せている『アリゾナ』から連絡が入って、至急有馬につなげろと言うから持ってきた」
その兵は背負ってきた通信機の受話器を俺に渡す。
「はいもしもし、こちら『大和』艦橋の有馬です」
「聞こえているぞ、私だ、アリゾナだ」
電話の声の主は『アリゾナ』に乗っているコルトさんじではなく、アリゾナ本人からだった。
「こうして言葉を交わすのは初めてですね」
俺とアリゾナは初めて会ったのはハワイの時だが、実は一度もWSの姿であったことはないのだ。
声からして男、しかも若くはないよう。
「さて、私が今直接お前に通信を入れているのはなぜだか分かるか」
分かったら苦労しねーよ。
「いや、全く」
「ロイヤルの動きが怪しい」
俺は少しの間沈黙する。
「具体的には」
そう聞くと、アリゾナは言葉を続ける。
「まず政府と連絡がつかなくなった、これでロイヤルの状況が全く分からん、そしてロイヤルの戦車部隊が中国に向かっているのが発見された」
俺はその言葉を聞いて、頭に嫌な感覚が残る。
脱落した中国、陣取るWASの戦車隊、そしてそこに向かうロイヤルの戦車、こりゃ一波乱あるな。
「分かった、気に止めておきます」
俺はそういって通信を切ろうとするが。
「まて、まだ話は終わってない」
「ん? まだ何か?」
俺はもう一度耳に当て話を聞く。
「パプアで合流するユニオンの空母についてだが、少し日本艦とは相性が悪いかもしれん」
そう言われても……米空母で日本艦と相性がいい奴なんていないと思うが……。
「パプアに向かっているのは『ヨークタウン』級だ、日本の空母四隻を屠りマリアナで日本を窮地に追いやった、米の古参正規空母『ヨークタウン』級だ」
俺は、しばし絶句した。
なんで『ヨークタウン』級なの……もっと他にも空母居るじゃん……何ならいっそ商船改造の護衛空母が来るかと思ってたのにまさか正規空母、その中でもよりによって『ヨークタウン』級が来るとは。
「そう言うことだ、ではな」
そう言ってアリゾナは電話を切った。
「だ、大丈夫か? 目が死にかけてるけど」
電信課の兵はそう言って、俺の受話器を取り上げ通信機に戻す。
「ああ、戻って大丈夫だ」
「あんま無理すんなよ、俺とほとんど歳変わらないように見えるのに長官なんて」
そう言って艦橋を出て行った。
「まったく、ほとんど接点がない同期に心配されるとは……」
俺はそうぼやいて立ち上がる。
「もう見えてきたな」
俺は双眼鏡を覗いて正面にある島を目視する。
「全艦両舷前進微速、入港準備!」
俺はそう下令して。
「長官方、艦橋に戻ってきて下さい」
そう呼びかけた。
「何も起こらずゆっくりと休めればいいんだがな」
俺は、そう一人でぼやいていた。
「長旅お疲れ様です」
俺はパプア軍港の管理者であり提督である、明野さんのもとに来ていた。
明野と言う苗字は海自上層部の人で聞いたことがある、だからその人がここのトップだと思っていたが、どうやら違っていたようだ。
一般的な海自の長官服に身を包み、きれいな黒髪を晒している、身長は俺より少し小さく、綺麗で澄んだ瞳をしている。
そう、女性だったのだ。
「はい、明日の昼までお世話になります」
そう言って俺は敬礼し返す。
「ふふ、何も言わないんですね」
明野さんは微笑む、俺はその笑顔に戸惑い首をひねる。
「私が女性なのを見て何も言わなかったのは貴方が初めてですよ」
まあ確かに、女性でこういう立場の人は珍しいかもしれない。
数十年前までは、艦長や所長などの大切な役職には男しかついていなかったそうだ。
今ではそんなこともないのだが。
「私の訓練していた駐屯所の所長が女性でしたし、周りに数名やばい女性兵士を知っているので……そうですね、あまり驚きはありませんね」
俺がそう言うと、明野さんはさらに笑う。
「是非そのやばい女性兵さんとお話してみたいですね……ふふ、なんだか貴方とはこれからも縁がありそうです」
そう言って、明野さんは俺の方へ来て手を差し出す。
「パプア国際軍港提督、海上自衛隊所属の明野沙織、中将です、どうぞよろしくお願いいたしますね」
俺はその手を握る。
「大和戦線長官、軍所属の有馬勇儀、中佐です、よろしくお願いします」
俺は明野さんとの挨拶を終え外に出ると、海岸に大和が立っていた。
「わざわざ呼びに行く手間が省けたな」
現在、14時48分。
俺と大和は約束の場所に向かうため大和のキューブを外し、移動用のバイクを借りる、航大曰く『KLⅩ250』って言うらしい。
「軍港がブーゲンビルにあってよかったよ」
そう大和の声が聞こえる、今はキューブだけなので声しか聞こえない。
「ほんとだな、パプア軍港って言うぐらいだからニューギニア島にあるのかと思っていたけどまさかブーゲンビル島にあるとはな」
俺たちの目的地もブーゲンビル島内にあるので陸続きで行けるのだ。
俺と大和は軍港からしばらく走り、舗装されていない獣道を進んで森林の中に入っていく。
「お、あったぞ」
俺は目的地の目印となる何かの大きな破片の前にバイクを止め、キューブを腕時計に仮接続する、これで大和も目が見えるようになるはずだ。
「ん、見えるようになったよ」
大和の姿が現れ、地面に刺さっている日の丸塗装の跡が見える破片の前に立つ。
そこには何も書いておらず、何も供えられてはいないが、俺と大和は知っている、この破片は確かに、山本五十六元帥の墓標だ。
「お父さん、久しぶり」
大和はバイクに積んでおいた花を取り、その破片の前に置く。
「お父さんとの約束ちゃんと守ってるよ」
大和はひたすらにその破片、いや、父の墓に語りかける。
「……報告は以上だよお父さん」
そう言って、大和は目を開け立ち上がる。
「次は有馬の番だよ」
大和はそう言って俺を墓の前に立たせる。
「お父さん、この人が今の私のパートナーだよ、有馬はすごいんだから!」
俺は苦笑いし、目を閉じ手を合わせる。
山本司令長官、私は有馬勇儀と言うものです。
貴方の姿を見て戦争というものを知り、学び始めました、そのおかげで今こうして大和の長官として軍に入ることができています。
あなたとの約束の件、大和から聞きました、私は大和の相棒として貴方との約束を必ず果たして見せます。
大和は、二度と沈めたりしません……そして、一刻も早くこの世界を再び平和に戻して見せます。
貴方が成し遂げられなかった、日本の平和を……必ず、取り戻して見せます
「これからも、大和のことを見守ってください、よろしくお願いします」
俺は、そう言って立ちあがる。
「さて、帰るか大和」
俺がそう言い振り返ると大和は俯いて頑なに動こうとしない。
「どうした?」
俺が大和の前に立つと、大和はがばっと顔を上げ、俺に抱き着いた。
その力は今までよりも圧倒的に強く、戦艦としての馬力を、俺が潰れないぐらいで使っているようだ。
抱き着かれているこちらとしては、かなり苦しい。
「急にどうした大和、少し苦しいんだが……」
「お願い、行かないで」
え?
「お願いだから陸に上がらないで」
大和の顔は見えない、だが声からどれだけ真剣なのか伝わってくる。
「理由を聞かせてくれるか?」
俺はそっと大和の頭に手を乗せ、聞く。
「もし、陸の上で有馬が死んだら私、耐えられない、私は有馬の指示が良い、有馬が私に乗って指揮をしてくれるから私は上手く戦える、でも有馬が死んだら私、上手く戦えないかもしれない……」
大和のそんな弱弱しい声を聴いて、俺のことを大切に思ってくれていることを嬉しく思い、同時に少し
――――残念な気持ちがあった。
「大和、たとえ俺が陸に上がらなくても死ぬリスクは変わらない、戦場に居る兵士である以上、死のリスクは下げられないんだ」
大和は首を振る。
「私にいてくれれば有馬のことは私が守れる」
大した自信だ、だが『大和』だからこそ、その言葉に偽りは感じない。
「……それでも俺は陸に上るよ、俺は君の相棒であるのがそれ以前に軍人だ、役目は果たさなくちゃいけない」
俺は大和を離し、目を合わせる。
「だが俺は死なない、大和たちを残して死ねない、絶対に戻って、また君たちの指揮を執る」
そう言うと、大和は嬉しそうな顔を一瞬浮かべるが、すぐに少し不満そうな顔をした。
「なんか納得できない……」
「えっと……何がだ?」
ぎゅっと俺の裾をつかみながら、消え入りそうな声で言う。
「私達って言ったこと……」
大和の顔は見たことないぐらい真っ赤だ、その顔は、少し前の空の顔に似ていた。
「……すまない、どう言う意味だ?」
「もう! 鈍感!」
そう大和はぽかぽかと俺の胸を殴る。
「有馬は……勇儀は私のために帰ってきて! そして私の指揮を執って! 私を……私を! 勇儀の大切な人にさせて!」
俺は、再び大和に抱き着かれたまま固まる。
「大切な人って……」
大和は、真っ赤な顔を隠すように俺の胸に顔を埋める。
その動作は、いつもの形だが、いつもにまして心臓の音がうるさい、ほっそりとした体、清らかでサラサラな髪、鼻を近づければいい匂いがしそうだ。
そして、抱き着かれているから仕方ないが、大和の豊富な胸が、俺の体に押し当たり、素晴らしく柔らかい感触がある。
だめだだめだだめだ、理性を保て俺!
こんなに大和でドキドキしているのは初めてだった。
いつもあんなに引っ付いてくるのに、俺は今日初めて、女性としての大和の愛おしさ、美しさに気付いたのかもしれない……。
「兵器である私が、こんな事言うのはおかしいって分かってる、有馬が呉に居る時、空に告白されたのも知ってる、でも……」
大和は一度言葉を止め、息を吸う。
「私は……私は勇儀のことが好き、大好き、勇儀のその優しさが好き、温かさが好き、安心できる匂いが好き、勇儀の全部が愛おしい……」
さらに大和は、俺の目を自身の潤んだ目で見つめる。
「結婚してなんて言わない、恋人にしてとも言わない、でもせめて勇儀の大切な『人』で在りたい、兵器としての私も好きでいて欲しいけど、人としての私も愛してほしい」
大和を人として愛してほしい、か……お前も、そんなことを感じるくらいには、その姿を貰って生きているんだな。
俺が少し沈黙すると、大和は首を振る。
「ごめんね、私はいくら人間に近づいても兵器であることには変わりない、鉄の塊であることには変わりない……そんなものを愛せって、無理だよね……」
そんなこと、言わないでくれよ。
俺は確かに『大和』が好きだ、世界最大の戦艦『大和』も、天真爛漫で自信家な大和も、どっちも確かに好きなんだ。
「それがなんだ」
「え?」
……今、言うべきなんだろうな、俺が今まで思ってきたこと、バカにされようとも信じ続け、周りに引かれようとも、愛し続けた思いを。
「なあ大和、俺の初恋を知ってるか」
きょとんと大和は首をかしげる。
「知らないよ、そんなの」
だよな。
「俺が初めて恋したのは14歳の秋、たぶん忘れることはないと思う」
俺は話す、初めてそれを見たときのことを。
「最初は特に興味はなかった、でもな、あるテレビ番組でそいつの存在を知った」
大和は首をひねる。
「初恋の人は女優さんなの?」
俺は首を振る。
「違うよ、艦だ」
大和は目をぱちくりして驚く。
「ふ……ね…?」
俺は頷く。
「番組のタイトルが『時代の波に飲み込まれた悲劇の戦艦』」
その言葉に大和は息を飲む。
「え、じゃあ有馬の初恋の相手って……」
俺は大和の瞳をまあっ直ぐに見ながら答える。
「お前だよ、戦艦『大和』、俺は初めて見たその艦に心を奪われた……俺が兵器に興味を持ったのはそこからだった」
そう、俺は『大和』を知って始めて、兵器を好きになった。
そのあと、俺は自分の先祖が『大和』の乗員であったことを知ったのだ。
そこからだった、俺は勉強し、歴史の教科書がどれだけ間違ったことを教えているのか、どれだけ重要な事を話していないのかを知った。
そして、それを周りの人に広めようとした、戦争や兵器に対する考えを認めてほしくて、友達、学校の先生、いろいろな人に話した。
日本の兵器とはこうゆう風に戦ったんだ、こんな活躍をしたんだ、こんな偉大な歴史を残したんだ。
戦争は全てが悪ではないんだ、太平洋戦争は日本が悪い訳ではないんだ。
―――――戦艦『大和』は、こんなにも凄いんだと。
でも、それに共感してくれる人は少なく、大和への愛を認めてくれる人には巡り合う事すらできなかった。
「そんな……有馬の初恋の相手が私だなんて、なんだか不思議な気持ちだよ……」
そう言って、大和はもじもじと俺の手を握る、俺はそんな大和を反対の手で撫でながら言う。
「だから自分をそんな風に言うな、たとえお前が人間じゃない鉄の塊だとしても、一度に大量の人間を葬り去る兵器だとしても、魂は……」
俺は大和を抱きしめ、囁いた。
「兵器の魂はこんなにも暖かいのだから」
「……ありがとう、勇儀」
大和の顔は見えなかったが、声は少し震えていた。
兵器がなぜ硬く冷たいのか、それは乗る人を守るためだ。
兵器がなぜ大量に人を殺す力を持つのか、それは自分を生み出してくれた人に危害を加えられないようにだ。
兵器はなぜ人を守ろうとするのか、それは兵器たちに温かい心があるからだ。
無機物に感情移入するのはおかしい、そう言う奴には言わせておけばいい、なんと言おうと俺は――――
―――――兵器を愛している。




