頭痛
「……どうすればいい」
俺は、横須賀海軍基地の執務室で、頭を抱えていた。
目の前に散らばっているのは、現在日本で活動が可能な艦艇・航空機たちの詳細、グアムから東京湾までの海図、これまでの『大江戸』の戦闘データ、紀伊から得られた『大江戸』のデータ。全て、来る決戦に備えての作戦を練るための資料たちだ。
『赤城』『加賀』の犠牲を引き換えに、佐世保へと帰投した艦隊は、対馬海峡を通って呉、横須賀に分散、修理と補給を受けた。九州には厳戒態勢が敷かれ。『大江戸』の強襲に備えた。
しかし、予想もしなかったことに、『大江戸』から日本に対して、攻撃を敢行する時と場所、使用戦力の内容を伝えるメッセージが届いた。降伏勧告を添えて。
「何が抵抗は無意味だ、何がおとなしく支配下に下れだ、何が日本を傷つけたくないだ、さんざんこれまでやって来て……本当にやりたくないなら、こんなこと今すぐにでも止めればいいものを……」
紀伊が話していた通り、どうやら『大江戸』艦長もといWASリーダーの松長は、日本への攻撃を躊躇っていることが伺える。圧倒的武力を背景に、降伏を迫り、無血開城を望んでいるようだ。
国民の混乱を防ぐために、この電報の内容は伏せたが、神奈川、東京、千葉には避難勧告が出されているため、横須賀の町はいつもより人が少ない。
「入るよ」
ノックの後、執務室には吹雪が入って来た。
「有馬が言ってたデータ、取って来たよ」
「本当か? あの兵器はアメリカの軍機だろうから、データなんて貰えないと思っていたが」
「ホーク1が口利きしたんだって。それに、日本の非常時を、流石に黙って見てはいられないんじゃない?」
「……それと、『大江戸』が自分たちの本土へ来ない内に沈めて欲しいんだろうな」
吹雪から受け取った資料には、HPLC、高圧電子圧縮型熱源放射砲の詳細が記されている。
通常武装で一切歯が立たなかったフライングトールへ傷をつけたこの武装なら、『大江戸』にもダメージを与えられるんじゃないかと俺は考えていた。いたんだが……。
「軍艦に対する効果は限定的、か……」
「うん、近くに水があったり、濡れてたり、とにかく瞬間的に冷却されることが多くて、何回も同じ個所に当て続けてやっと穴が開く感じ。それも破孔一か所のみだから、すくなくとも航空機用のものじゃ、艦を沈められるかと聞かれれば、NOと言わざるを得ないかな」
どうやら期待には応えられないらしい。
「そうか……航空砲じゃ難しい、か……」
アメリカでは、これが艦砲に応用する実験も進んでいると聞く。それがどこまで通用するかだな……。
だが、それよりも深刻な問題がある。
「すると、圧倒的に、艦艇数と殲滅能力が足りないな……」
「そのために航空機の配備を神奈川と千葉に集中させているんじゃないの?」
それはそうだ。艦の数を補うための航空機大集結。だがそれは、大空襲に備えてのこともあるし、第一航空機だけでは足止めが精いっぱいだ。
「確かにそうだが、半数は近海迎撃と最終防衛線に、本当の本当にどうしようもなくなった時のための飛びゴマ。第一、航空機だけじゃ、艦を戦線に留めることはできない」
その解答に、少々不服そうな吹雪。
「ふーん、まあ、有馬は戦艦の方が好きだもんね」
「いや、そうゆう話じゃ……」
なんだか妙な偏見を持たれているようだ。いやまあ間違いでもないんだけど……。
「じゃあ、私はこの後仕事があるから」
「おう、航空機のことは任せたぞ」
ヒラヒラと手を振って、吹雪は執務室を後にした。
各国へ艦隊派遣要請はしたが、それでも、到着は7月25日、現在7日。指定された攻撃開始日は20日、間に合わない。
「どうすれば……」
艦隊戦に置いて、数を練度で覆すのは日本のお家芸ではある。だが、練度だけではどうしようもない『性能差』が、数の暴力を助長している。向こうが提出してきた艦隊の中には、これまで1隻で散々苦戦させられてきた名付き艦達が集合している。さらに、ヘビー級戦艦を改装し、より高性能化したと調査結果が出た『パールハーバ―』級戦艦も終結。一切情報の無い戦艦『フィラデルフィア』に、欧州で散々苦しめられた『スレイブニル』潜水艦。
そして、一隻で日本を葬りさることが出来そうな『大江戸』。
純粋な武装的な性能では、それらに劣る。それをカバーするには、やはり数がいる。
「……大和、空」
考えることに疲れた俺の口から、ぼそっと二人の名前が零れる。
紀伊との戦闘で再び大破した俺の相棒、硫黄島の奪取のために瀕死となっている俺の彼女。大和は何とか修復を進めているが、いかんせん予備のパーツがもうほとんど残っていない。完全体としての修復はもう難しい。
空に関しては、集中治療室での治療が、命に別状はないとされたが、左腕は欠損し、未だ意識は戻らない。
一番親しい、最も俺に寄り添ってくれた日本最強の一人と一隻。その両方が、今は俺の側にいない。思っていたより俺は、あの二人に支えられていたようだ。失って初めて気づく大切なものと言うが、失う前から大切だと分かっていたものを失うのは、大きく心に負担がのしかかる。
窓の外から港を眺めていた俺の元に、新たな訪問者がやって来た。
「おに……指揮官、入るよ?」
紀伊のようだ。現在は弾薬庫から砲弾を抜き、横須賀に係留されている。
「どうした? それに、その呼び方は?」
「えっとね、日本の皆と話してきたんだけど、指揮官って呼んだ方がいいのかなって」
あ~確かに、大体皆、指揮官って呼ぶしね。
「別に気にしなくていいぞ。大和は俺の事勇儀って呼ぶし、ヨミにはパパって呼ばれてるしな」
「そう、なの?」
パパという言葉に少々混乱している様に見えたが、うんうんと頷き、改めて俺のことを呼んだ。
「お兄、ちゃん?」
「おう、どうした?」
えへへと、紀伊ははにかむ。
「えっとね、今日は提案があって来たの」
「提案?」
「うん、提案。私の武装を、お姉ちゃんに移してあげられないかな?」
武装の移譲、それが紀伊からの提案だった。
「お姉ちゃんの主砲、直すのはもう難しいでしょ? 『長門』や他の艦から聞いても、とにかく資源が足りないって言うし」
それは間違いないのだが……。
「紀伊は、本当にいいのか? 主砲を他人に渡すって……」
戦艦のアイデンティティを渡すようなものだ。
「……お姉ちゃんなら、いいよ。おじいちゃんの『大江戸』を止められるのは多分、大和お姉ちゃんだけだから。きっとこれが、おじいちゃんを助けるためになると思う」
「分かった。工廠にそう伝えて来る。紀伊、戦争が終わったら、必ず、必ずお前のことも修理すると約束する」
「うん、分かった。楽しみにしてる」
最後に微笑んだ後、紀伊はスーっとその場から消えて行った。
「……もしもし、西村さん? お願いがありまして……」
大和修理の目途は、これで少しは進展した。後は、足りない数を補うための戦術か……。
一つだけ、当てがないこともないのだ。
「ほんとはやりたくないんだけどなぁ」
俺の視線の先にあるのは、兵器研究局が提出してきた、機雷の資料だった。




