『大江戸』迫る
同日 17時54分
「いやーにしても本当にそっくりだね」
艦隊を上空から見下ろしながら、私はそんな風に呟く。
「吹雪、一応上空警戒中なんだから、しっかりしないと」
そんな私を窘めるように、二番機の位置に機体を並べる零が言う。
「分かってるって。でも、どう考えてもこの量の航空機に真正面から突っ込んでくるバカは居ないでしょ?」
現在直下の艦隊は、『大和』『紀伊』を中心に、護衛していた『矢矧』『雪風』、上空援護要員として少し離れて同行していた『赤城』『加賀』『飛龍』『瑞鶴』『秋月』『古鷹』が輪形陣を組んでいる。
そしてその上空には、空母四隻から飛び立った『零戦』32機、普天間基地から援護に来た『零戦』10機、『F3』4機、『F35』4機、『F15』8機、『M0』3機、合計61機の戦闘機が空を守っている。その理由は、中心にいる戦艦2隻だ。
「いくらこの二艦が大事だからって、流石にやりすぎなきもするよ」
有馬は、『紀伊』『大和』が一切戦闘できない状況を考慮して、戦闘機を総動員して艦隊防御に当てた。『F3』には対潜攻撃用の爆雷を乗せ水中を、『F35』には対艦ミサイルを装備させ、水上の守りも万全にしている。
「吹雪、愚痴らないの。それに、この護衛が終わったら、私たちは母艦勤務に戻るんだから、着艦の感覚を思い出しておいてね?」
「はいはーい」
暁作戦、及び大和作戦が完了した今、一先ず日本近隣の安全は保たれた。そのため、普天間基地から吹雪隊は撤退、横須賀で航空研究および整備に戻ると共に、私は反転攻勢に参加できるよう、『赤城』へと移る。
反転攻勢には、各国から艦隊が終結して、太平洋で一大決戦をする予定のようだ。それに私たちも参加する。
「そろそろ佐世保かな?」
数分たち、着々と佐世保が近づいてきたその時だった。
「上空にいる各機に通達! 後方より高速で飛翔する物体を確認!」
「敵機!?」
私は慌てて機体を捻る。しかし、『M0』にのっている尾田さんが、切羽詰まった声で叫ぶ。
「違う! この速さはミサイルだ!」
まずい、艦隊が狙われる。
そう心の中で叫んだ瞬間。
「うわ!」
「何だ!?」
空中で大きな爆発が起こる。
「ウィザード2、3、ロスト! アグレッサー5、ロスト!」
ジェット機に載っている誰かが、そう報告する。
「もしかしてこれ、空中炸裂弾頭!?」
「吹雪! 狙いは私たちだ!」
零の叫び声と共に、二度目の爆発。
「クソ! 何機持ってかれた!?」
「空中管制ができる奴はいないのか!?」
現在艦隊に空中管制機能を持っている艦はいない。空中管制機もいないため、航空機は個別に連携するしかない。と思っていたのだが……。
「こちら『大和』! 上空の戦闘機たちに告げる! 潜水艦からの報告により、ただ今の攻撃は敵戦艦の巡航ミサイルによる攻撃と断定! 次より爆発予測地点を送る!」
有馬の声だ。
「『零戦』部隊は高度を下げ、この空域より離脱しろ!」
『大和』に空中管制が出来るような高度な電探機器はなかったはず。
「そうか、『大和改二』になった時に……」
「吹雪! 『零戦』部隊をつれて先に佐世保へ迎え! レシプロ機にはデーターを送れない!」
「分かった! 気を付けてね!」
ここは有馬の言うことが正しい。全滅させられる前に、退避するのがいいだろう。
「ミサイル着弾まで10秒!」
高度を20メートルにまで下げ、フルスロットルで空域を離脱する間にも、上空では盛大な爆発が起こる。
レシプロ機に乗っている以上、今の私には、祈ることしかできない。
「赤城、艦載機たちは?」
「半数の『零戦』は墜ちました。ですが、格納庫にはまだ十分な数が居ます」
艦長席に腰掛ける浅間長官は、窓の外を見つめ続ける。
「……航空攻撃を行えるチャンスが果たしてあるかな?」
「ないならないで、この身をもって『大江戸』を止めます」
私は覚悟を口にする。
浅間長官は、この巡航ミサイルを撃ったのは、WAS組織旗艦である『大江戸』と断定した。『大江戸』の化け物具合は、出撃前に聞かされている。今『大和』と『紀伊』を失う訳にはいかないのだ。
「空母が言うセリフか?」
「いいえ、これは元巡洋戦艦としての言葉です」
『天城』型巡洋戦艦。その信念を、私は捨てたことはない。空母ではあるが、戦艦としての心意気、それが私を私たらしめるアイデンティティでもあるのだ。
「各艦艇に警報! 敵艦をレーダーで捕捉! 規模からみて『大江戸』以下護衛艦と認!」
司令官の声だ。
「やはり『大江戸』、ですか……となると」
「ああ、80センチ砲の砲撃が来るだろうな」
大江戸が搭載する80センチ砲。51センチ砲の射程をはるかに上回る射程を持っていることが予想される。すでに射程圏に入っていても何ら不思議ではない。
「……赤城」
「はい」
何かを悟ったように、浅間長官は艦長から降り、私に向き直る。
「やれるか?」
「やって見せます」
ただそれだけ言葉を交わすと、浅間長官は艦内放送で呼びかける。
「『赤城』乗員に告げる。各員『九七艦攻』に乗りこみ離艦、その後、『飛龍』『瑞鶴』に着艦しろ。これは命令だ、意味も理由も聞くな。『九七艦攻』はオート操縦が効く、速やかに離艦しろ」
「長官もお急ぎを」
私が長官も離脱するよう進言すると、ゆっくりと煙草を咥え、艦長席へと戻る。
「艦長が降りてしまっては、示しがつかんだろ」
「しかし!」
「……彭城や有馬君は怒るだろうな。だが、私は遅かれ早かれ死ぬ」
煙草の煙を吐き出しながら、浅間長官は笑う。
「私は見ての通りヘビースモーカーだ。そのせいで肺がんを患っていてね、薬と現代医療のおかげで誤魔化しているが、もう寿命が1年あるかないかだ」
急な事実を伝えられ、困惑する。
「自衛隊に入って、凄腕と言われ、中将まで登った。しかし、たいして面白くはなかった。書類と煙草の煙に追われるだけの人生なんてつまらない。折角なら、煙草が似合う戦場で死にたい、余命を聞かされ時、そんな風に思ったんだ」
浅間長官は、確か自衛隊でかなり気に入られてて、何故軍部に来たのか不思議がられていた人物だ。他の長官のように、くせ者ではなく、まっとうな自衛隊幹部。
そんな理由で、軍へと来ていたのか。
「だからな、赤城。私も連れて行ってくれ、砲火の下へ」
「なんだか、貴方を長官と言うのが馬鹿らしくなってきました」
「はは、そうだろうな。こんな身勝手な理由で軍へ来た人間だからな、一兵卒ぐらいに思ってくれていいぞ」
なんやかんや、機動部隊の指揮官として、浅間長官にはお世話になった。最後にその願いを聞き届けるぐらい、罰は当たらないだろう。
「いいでしょう、共に死地へ参りましょうか、浅間司令」
私の声と入れ違いで、整備員たちを乗せた『九七艦攻』たちは飛び立った。
同時に、凄まじい風切り音が環境へと轟く。刹那、轟音。
「はは、始まったな」
立ち上る二本の水柱。その二つは、間違いなく『大和』を狙った攻撃だった。まるで水の中から巨人が立ちあがったかのような水柱は、『大和』を飲み込まんと海水をぶつける。
「これは、食らえばひとたまりもなさそうですね」
思わず唾を飲む。しかし、怯むわけにはいかない。
「取り舵一杯!」
自身の舵を大きく動かし、艦隊の進路から反れる。
「赤城、加賀! 何をしてる!?」
司令官の声が……え、加賀さん?
「司令、私が『大江戸』の意識を逸らします。その間に退避を。きっと赤城さんも、同じことを考えたのだと思います」
「加賀さん?」
「赤城さんだけを、逝かせはしませんよ。私だって、元戦艦です」
そう……やはり私たちは、同じ一航戦。考えることは同じですね。
「司令、武蔵がそうしたように、我々も貴方達を助けるために、この身を捧げます」
無線から帰って来たのは、司令の声ではなかった。
「ねえ待ってよ、さっきから何を言ってるの? 先輩二人は、空母でしょ?」
瑞鶴の声で、酷く怯え、震えてるようにも聞こえる。
「瑞鶴。貴女は太平洋戦争を立派に戦い抜きました、そして、今回の大戦も……」
「私たちがもう貴女に言うことはないわ。日本を支える機動艦隊の中核として、この先も司令官を支えなさい」
私と加賀さんが交互に言葉をかける。
「違うよ、違う。そんなことを聞きたいんじゃない……どうして、空母なのにそんなことをしようとしてるんですか? もし沈むと言うなら……空母なら、空母らしく航空攻撃で沈んでくださいよ!」
「……瑞鶴」
加賀さんは瑞鶴の名を呼ぶと、自身の両弦に付く20センチ砲を海面へ斉射する。
「私たちは、空母ではありますが、戦艦です」
「まだそんなたわごとを―――」
「瑞鶴。戦艦とは、どう書きますか?」
強い言葉で遮った加賀さんは、凛とした声で尋ねる。
「戦う……艦……って!」
気づいた瑞鶴へと、私は答えを投げる。
「戦いに身を投じることが出来る艦は、みな等しく『戦艦』なのです。だから瑞鶴、貴女も戦艦には変わりない……ならば、死に方は関係ない」
回頭を終えた私と加賀さんは、旭日旗を下ろす。
「これにて無線を封鎖します。司令、貴方の指揮下で戦えて、光栄でした」
「もう二度と、私たちが起こされないことを願っています」
最後の交信を終えると、私は艦橋に付く通信機の電源を落とした。
「もういいのか?」
「ええ、いつまでも引きずっていては、かっこよくありませんから」
「そうか、そうだな……せっかくなら、かっこよく逝こうか」
帽子を脱いだ浅間長官は、もう一本煙草に火をつけ、加える。
「最大船速、20センチ砲の射程まで突っ込むぞ!」
「死に急ぎ過ぎだ、お前たちは……」
赤城、加賀の背中を見送りながら、俺はそう呟く。
「司令! 止めて! あの二人を! 馬鹿な先輩二人を止めて!」
瑞鶴から悲痛な叫びが聞こえる。しかし、一度『武蔵』の覚悟を見てしまった俺は、何を言っても二人が止まってくれないことぐらい、分かっている。
「瑞鶴、整備員たちを収容してやれ。それから偵察機を、『大江戸』の攻撃を観察するんだ……あの二人の覚悟、無駄にするな」
「……そんな」
「泣くな瑞鶴、あの二人は、お前に日本の機動艦隊を任せたんだ。役目を果たせ」
まだすすり泣く声は聞こえる。
「分かった……『二式艦偵』、発艦!」
しかし、仕事は果たしてくれたようだ。
「『大和』は悔やむだろうな……」
自分の知らないところで、また仲間が沈むと……。
「だが、悲しむのは……後悔するのは、全て終わってからにしよう。それまでは……我慢だ」
そう自分に言い聞かせ、俺は頬を伝う雫を拭った。