第二六八話 一騎打ち
「明野さん!」
『大和』の艦橋から、各所がボロボロになった『やまと』の姿が見えた。
「こちら『イージスやまと』、我が艦は無事です。『紀伊』の機関部へダメージを与えました。おそらく最大船速は出せなくなっているはずです……あとを頼みます」
一方的にそう無線で言われた後、ぶつりと接続が切れる。
「……心配無用、か」
まるでそう言われているような気分だ。
「……大和」
「いつでも行けるよ」
「……わかった、始めよう。今世紀最大の一騎打ちを」
「電探連動射撃! 71号電探、起動!」
大和の声に合わせ、『大和』の71号電探が『紀伊』を捉え、その正確な座標を主砲塔へと連動していく。同時に、艦種に埋め込まれるVLSのミサイルたちが、今か今かと撃ちあがるのを待っている。
「大和、面舵90、最初から全力で行く」
「いいよ、そう来なくちゃ。面舵!」
艦の回頭に合主砲塔は『紀伊』を狙い続けるように旋回する。そこを狙ったのか、同時に『紀伊』の艦上に発砲炎が光る。
「大和、『竹槍』発射!」
「VLSオープン、『竹槍』発射!」
回頭しながら六セル全てに入っていた、『四五式万能墳式弾』通称『竹槍』を放つ。
入れ替わりで、『紀伊』の砲弾が『大和』を囲うように着弾する。
「大和、損害は?」
「全て軽微! 砲戦に支障なし!」
さすが新装、『大和改二』。至近弾の数発程度、何の障害にもならない。
「調整終了、撃てるよ、勇儀」
「覚悟はいいか、大和」
「勿論だよ」
ミサイルはやはりバリアに阻まれたようで、効果はなかった。もう後は、『大和』を信じるしかない。
「主砲、試製51センチ砲、砲撃始め!」
「撃てぇ!」
大和の雄叫びに近い声は、今まで経験したことのない爆音と反動でかき消される。
まるで、艦が転覆するのではないかと勘違いするほど揺らぎ、強化ガラスでできた窓ガラスすらビリビリと震える。心なしか、大和のうめき声も聞こえる。
反動がおさまると同時に、各部署に問う。
「どこか問題はあるか!?」
「甲板部の木版に亀裂が入っている箇所があります。それから、砲身が過熱、再射撃には45秒ほどかかるかと」
まるで五式弾を撃った時のような損害だ。
「大和、大丈夫か?」
「うん、ちょっとヒリヒリするけど、砲戦に支障はないよ」
そうしている内に第一射が『紀伊』へと迫る。
「着弾、今!」
立ちあがる数本の水柱の中に、確かに赤い爆炎が見える。
「初弾命中だ!」
『やまと』が機関にダメージを与えてくれたおかげで速度が下がり、当てやすくなったのも相まってか、初弾から直撃弾を得ることが出来た。
「敵艦中央に着弾、炎上中!」
どうやら、51センチ砲はしっかり『紀伊』へダメージを与えられているようだ。
「敵弾来ます!」
成果を確認していたが、どうやら次はこちらの番のようだった。
「うっあが!」
艦橋の目の前が激しく光ると同時に、大和が激しく体を震わせ、うめき声を上げる。
「ただ今の砲撃、艦前方に着弾! 第一副砲大破!」
艦橋根本にある180ミリ連装速射砲が吹き飛んだようだ。副砲を吹き飛ばした砲弾はそのまま甲板を抉り、第二装甲版で動きを止めたようだが……。
「こいつは、辛いぞ……」
主砲塔の、砲弾を砲へと運ぶ装置は、第二装甲版の裏にある。抜かれれば、一発で主砲が一基使えなくなる。
「まだまだ!」
俺の号令を待たずして、大和は二度目の斉射を行った。
「大和!?」
「勇儀! お願い、私にやらせて! あの子は、私の妹を葬った、私の妹となるはずだった子。そのケジメは、お姉ちゃんである私が付ける!」
二度目の斉射弾も問題なく『紀伊』へと叩き込まれる。
「『紀伊』、後部艦橋に大きな破損、第三主砲塔、沈黙!」
だが、『紀伊』とて黙ってやられるわけがない。
「ああっ痛っ!」
「第二砲塔に直撃、火薬庫に火災発生! 旋回機構破損!」
「火薬庫に注水急げ! 応急処置だけでいい!」
「うらぁ!」
乱暴に大和は手を振り下ろす。まだ冷却は終わっていないと言うのに、残った二基の主砲が咆哮を上げる。
「ここも、まだ!」
装填は完了していた為か、炎上している第二主砲塔も、吐き出すように砲弾を放った。
「大和!」
このまま暴走を続けたら、大和の艦体が危ない。自分の主砲で沈んでしまう。
そう考えた俺は、大和へ声をかけるが、大和はこちらには目もくれず、『紀伊』だけを睨みつける。
その背中からは、いつだったか見た、金色のオーラが放たれている。
「勇儀、私には聞こえるの。私の艦体に砲弾が命中するたび、紀伊の声が」
「……え?」
「あの子、何かを凄い迷ってる。私と決戦をしたいのは本心だけど、どこか、何かを迷ってる」
大和がこちらを向かずに、ただぽつぽつと、そう話す。
「勇儀は確か、『紀伊』は魂があるWSだって考えてるんだよね? それ多分、あってるよ」
WS同士、何か通じるものがあるのか? 大和が嘘をついている様には見えない。
「……だとしたら、俺はどうすればいい?」
「そうだね……私のお説教が終わったら、慰めてあげて」
再び砲声。四度目の斉射弾が、『紀伊』へと降り注ぐ。
「『紀伊』、第二主砲沈黙、右舷に傾斜しています!」
「ただ今の砲撃、左弦高角砲群を破壊! 喫水線下に亀裂発生、微弱ですが浸水が発生しています!」
「『紀伊』、傾斜を復元した模様! なお、火災は現在も進行中!」
「煙突付近に被弾! 87号電探損傷!」
「『紀伊』、後部にて大爆発!」
「第三砲塔に被弾! 旋回速度落ちます! 後部格納庫にて砲弾が爆発、炎上中!」
目まぐるしく互いの艦の被害報告が届く。まるで木造船かと思うほど、あまりにも簡単に装甲版が抜かれていき、こちらも抜いていく。戦艦とは、こんなに脆いものだったか? と勘違いしてしまいそうなほどだ。
そうして、10斉射目を放った時だった。
「あっつッ!」
大和が自身の手を抑えてうめき声を上げた。
「大和!?」
覚えている。これは……。
「第三主砲塔正面、及び砲身が赤みを帯びています! これ以上の砲撃は危険です!」
「やはりか……第三砲塔火薬庫に注水、使用をきん―――」
「だめ!」
俺の声にかぶせるように、大和が叫ぶ。
「今手数を減らす訳にはいかないの!」
そう言って、第十一斉射。渾身の、トドメの一撃。
しかしその一撃は、大和にとっても、トドメとなった。
「第三砲塔、二番砲爆発!」
「注水急げ!」
自分の身を削ってはなった一撃は、弱り勢いを失っていた『紀伊』に、引導を渡す形となった。51センチ砲が、『紀伊』の第一主砲塔を貫いたのだ。
「『紀伊』、全主砲塔沈黙!」
主砲さえ撃てなければ、戦艦は死んだも同然。この勝負、大和の勝ちだ。
「ごめん、勇儀……私、ちょっと疲れちゃった……」
すーっとオーラが消え、ふらつく大和を抱きかかえる。
「ああ、ありがとう大和。ゆっくり休め」
「うん、紀伊のこと、よろしくね」
俺の腕の中で目を閉じた大和は、安らかな笑みを浮かべ、その姿を消した。
落ち着きを取り戻した海に浮かぶ二隻の艦。
「国際信号旗Kを掲げろ! 前進微速、『紀伊』へ接近しろ!」
Kの意味は、通信を求める。
「『紀伊』艦上に信号旗……Cです!」
どうやら、応じる気らしい。
「続けて発行信号! 『我への乗船を望む』です!」
……ほう、お前から来いと?
「良いだろう……連絡橋の用意を! 『紀伊』ギリギリに艦を近づけろ!」