第二六七話 『やまと』から『大和』へ
同日 14時42分 坊ノ岬
「クッソ! もう追い付いてきやがった!」
私は、思わず長門の艦橋で悪態をついた。
「来るぞ!」
長門の叫びの直後、隣を進む『陸奥』の周囲に巨大な水柱が立ち上る。
『紀伊』以外の艦艇をことごとく打ち払うことには成功したが、それでも、こちらの損害は無視できない。『夕張』『夕立』『綾波』『あらし』が撃沈、『ゆきぐも』『扶桑』が中破、『長門』『陸奥』が小破、『蒼龍』に満載した『零戦』も半数は墜ちた。
沖縄から飛んできた航空機たちもかなり損害を受け、内地で訓練を積ませ、かなりの練度まで学習させた『流星』だけでも50機以上が墜ちた。
陽動と『紀伊』の孤立化は十分だと思っていたが、『紀伊』以外の艦隊が撤退すると同時に、『紀伊』は単騎で艦隊へと肉薄してきた。
そのせいで、損害は増していった。
「主力はどうした!?」
艦内無線で問う。
「現在最大船速で急行中とのこと! あと20分で、戦闘海域に到着します!」
30分も耐えられるのか……?
後ろから迫る『紀伊』を背中に感じながら私は心の仲で呟く。
「彭城長官、提案があります」
S無線で、『長門』の艦橋に明野艦長の声が届く。
「本艦が殿として、『紀伊』の相手をします。その間に、他の艦艇は戦闘海域を離脱してください」
「それでは『やまと』が危険だ」
「この中で、『紀伊』と交戦し、最も生還率が高いのは『やまと』です、機動力、砲火力、防御力、全てで他艦艇を上回っています」
それはその通りだ。唯一『紀伊』の砲弾を掠めるだけなら、ダメージがあまり見られない艦艇だった。他艦艇は至近弾、掠めただけでも浸水の発生、どこかしらに損害が見られた。
「安心してください。『やまと』は沈みません。有馬さんの乗る『大和』がそうであったように、この艦は、沈みません」
明野艦長の強い言葉に、私は息を飲む。
「明野殿は、有馬君にだいぶ影響を受けましたな」
「え……?」
「良いでしょう。イージス戦艦『やまと』に、艦隊の殿を任せます。他艦艇は応戦することなく、全速で海域を離脱!」
「良いんだな?」
長門が私に問う。その眼は「犠牲を覚悟できているか?」と問うようであった。
「ああ……『やまと』を信じる」
しかし私は、『失う覚悟』ではなく、『失わない覚悟』を長門に示した。
「ふふ、本当に、人とは面白い存在だな……分かった、最大船速!」
私には、長門が何に対して笑ったのかを理解することは出来なかった。だが、どこか嬉し気な顔であることは、はっきりとわかった。
大きく息を吸って、吐く。
「チェック」
私の一声で、CICにいるそれぞれの担当者が声を上げる。
「核融合安定、全開出せます」
「主砲設備、電探連動射撃、装填機構、回転機構に異常なし、全力射撃できます」
「対空砲群、二番速射砲以外回路に異常なし、射撃に支障なし」
「電探郡、音波モニター、熱源モニター、マイクロウェーブ派異常なし」
「消火発泡剤、隔壁作動問題なし」
この艦はまだ、全力を出せる。
「よし、面舵一杯! 質力60%! 艦隊の後方に移動します」
「よーそろー、質力60%、面舵!」
機関員がモニターでメーターを60%にまで下げ、隣にある小さな舵をくるくると回す。
すると、段々と『やまと』の速度が落ちていき、大きく艦首を右に振る。
「勝負です、『紀伊』!」
「マイクロウェーブ、『紀伊』に到達、捕まえました!」
「電探連動射撃用意!」
「電探と主砲を連動、自動照準開始……照準よーし!」
「砲撃始め!」
「うちーかたーはじめ」
火器担当がモニターを操作したと同時に、CICにまで46センチ砲の振動が伝わった。
数秒後、『紀伊』の艦前部に爆炎が上がる。
「初弾。『紀伊』甲板に命中、損害見られず」
派手な爆発に見えたのは、あくまで砲弾の爆発に過ぎず、効果はなかったようだ。だが少なくとも、ミサイルと違って、命中した。
「『紀伊』は、『やまと』と艦隊決戦をすることを認めてくれたのでしょうか……」
ぼそっと私が呟くと同時に、『紀伊』の甲板上にまばゆいフラッシュが起こる。
「敵艦斉射! 六発来ます!」
現在二艦は互いに向き合って砲戦をしている。そのため『紀伊』は、後部の三門は使えず、全部の二基六門だけでしかけてきた。
51センチ砲弾の着弾と共に、艦が揺さぶられる。
「全弾近! 喫水線下に衝撃!」
「損害は!?」
「いずれも軽微、問題なし!」
「砲撃続行!」
『やまと』が『紀伊』目掛けて二度目の砲撃を行う。しかし、二射目も『紀伊』に目だった損害を与えることは出来なかった。
『やまと』のは46センチ砲一門しか装備しないが、その命中率はピカ一だ。その命中率をもって、確実に46センチ砲弾を『紀伊』にぶつけ続ければ、いつかは損害が出ると、そう思っていた。
「第七射撃、『紀伊』側面高角砲に被弾、されど艦に重大な損傷は見れず」
「46センチ砲じゃ、力不足なの……?」
「敵斉射来ます!」
こちらが手ごたえを感じられない内に、『紀伊』の砲弾は『やまと』を抉った。
至近弾とは比べ物にもならない衝撃が、『やまと』を揺さぶった。
「きゃあ!」
あまりの揺れに、私は艦長席から放り出される。
「明野艦長!」
「私は大丈夫です、被害報告!」
帽子を拾って被り直し、席に戻りながら聞く。
「只今の砲撃、左舷後方に被弾! 第三高射砲大破!」
「第二装甲板貫通! 二番火薬庫に火災発生!」
「喫水線付近に破孔発生!」
やや斜めに侵入したのが幸いでしたね。
「二番火薬庫に消火剤散布! 破孔が発生した区画の隔壁を閉鎖! 修理は後回しです!」
「敵艦回頭!」
こちらの損害を悟ってか、腹を向け『紀伊』は全砲門を向けて来た。
「仕留めに来たか……こちらも負けるな! 撃ち返せ!」
再び46センチ砲が咆哮し、『紀伊』へと向かう。その時、有馬さんが言っていたことを思いだした。
「艦後方は、何等かの理由で装甲が薄い可能性がある……」
『武蔵』が、自身の命を持って明かした『紀伊』の装甲配置についての情報だ。
「砲手! 『紀伊』の後部甲板を狙うことは出来ますか?」
「命中率は確保できませんが、手動でなら狙うことは出来ます」
電探に任せきりではできないと言うことか。
「お願いします」
「了解、主砲を手動照準に切り替えます!」
砲手がタッチパネルに触れると、自動照準解除の文字がモニターに浮かび、代わりに主砲塔上部につくカメラの映像が浮かぶ。
砲手は、自身の前に映るモニターを凝視しながら、自身でモニター横にあるスティックを操作し、手に汗を浮かべながら、トリガーを握る。
「主砲、撃ちます!」
ごくりと唾を飲んだ後、砲手はそう叫び、トリガーを引いた。
反動が艦を襲い、重量が1トンを超える46センチ砲弾が空を翔ける。
「着弾、今!」
手動射撃一発目は、『紀伊』の中腹あたりの手前に、水柱を上げるに終わる。
逆に、再び『紀伊』の砲弾が『やまと』へと殺到する。
「後方ヘリ格納庫に被弾!」
「右舷喫水線下に亀裂発生!」
「砲手! 貴方は気にせず、『紀伊』を狙い続けなさい!」
「はいっ!」
「『やまと』の名を引き継ぐこの艦は、そう簡単には沈みません!」
私の声に答えるように、再び咆哮。46センチ砲弾が紀伊へと向かっていく。
「着弾……今!」
今度は、しっかりと紀伊の艦体を捉えた。
「『紀伊』第三主砲塔付近に着弾!」
「その調子です!」
距離が近くなるにつれて、互いの砲弾の命中率も向上してくる。
「右舷前方に被弾! 第四高射砲、及びCLWS沈黙! 右舷の対空兵装全損です!」
最初に、上部構造に付く武装たちがはぎとられた。
「艦前方に着弾! 喫水線下に亀裂発生! 左弦に二度傾きます!」
「右舷後方、ベント開け! 注水開始!」
そして、蓄積した喫水線下へのダメージが、艦の内部へと水を送り込んでくる。
しかし、こちらも負けてはいない。
「ただ今の砲撃、紀伊後部甲板に着弾! 水上機用カタパルト、および周辺の格納庫は破壊できたと思います!」
その報告に上乗せするように、『紀伊』の後部では爆発が起きる。
「『紀伊』艦後部にて爆発! 『紀伊』の速度、低下していきます!」
どうやら今の砲撃は、『紀伊』の機関部へ深刻なダメージを与えることに成功したようだ。
「よし!」
だが喜んだのも束の間、次の砲撃で、モニターに映っていた、第一主砲塔の映像が途切れてしまった。
「まずい、第一主砲塔直下に直撃! 旋回機構、カメラ、全損! 主砲塔沈黙!」
「ここまでか……」
たった一門の砲だけだったが、『やまと』は十分な働きをしたと思う。
「主砲火薬庫に注水。今だしうる最高速力を持って、この海域を離脱します」
あとは、『大和』に託す。ちらりと腕時計を見れば、タイマーが0を指している。30分にセットしておいたタイマーが。