大和、咆哮!
艦橋に着くなり。
「やあ有馬君、初仕事だよ」
そう一言艦長が言ってきた。
艦橋には艦長以下、艦橋要員の長官が集まっていた。
「えっと、敵艦と輸送船団が、撃ち合っているのですか?」
俺は艦長に聞いたのだが、大和が首を振る。
「いや、まだやりあってない、主砲の射程に入ってないんじゃない?」
そう大和が言うと、艦長がうなずく。
「先ほど、アメリカ戦艦から通信を受けた、あと数分で、自分の主砲の射程に入るから、それに合わせて、援護を頼むとな」
俺は窓際に立ち、米艦隊の方面を単眼鏡で覗く、あの艦は……。
「『アリゾナ』……」
『アリゾナ』の姿と、敵艦のいる方面を見るが、敵艦は、まだ俺たちを追いかけるように、船団に近づいているので、ここから見にくい。
その時、鋭い咲間長官の声が、艦橋に響いた。
「『アリゾナ』発砲!」
咲間長官が言う、どうやら、射程圏に入ったようだ。
「合図だ、航海長」
凌空長官がそう言うと、航海長の三浦さんはうなずき、
「おもーかーじ、最大船速!」
『大和』の煙突から、さらに煙が上がり、大きく右に回頭をする、それに合わせて、咲間長官は、
「全主砲右砲戦! 目標、敵戦艦! 撃ち方はじめ!」
そう叫ぶ。
ここでT字有利を作り、一気に敵艦を叩き潰すつもりらしい、しばらくして、右に回頭を終えると、『大和』の主砲塔が、ゆっくりと動き、狙いを定める。
あの調整は、本来俺がやるはずだったことで、少し悔しい思いが在るが、仕方ない、選ばれてしまった以上、しっかり仕事をするだけだ。
現在、16時18分、戦闘開始。
「敵戦艦、撃ち方はじめました」
俺は、艦橋全体に言う。
その次の瞬間、『大和』の主砲が火を噴いた、各主砲塔の一番砲だけの、交互撃ち方だが、さすが46センチ砲、たった三門でも、反動はすさまじい。
「命中……ありません」
俺は、敵戦艦の周りに立った水柱を確認し、報告する。
さすがに戦艦同士の戦いで、初弾命中とはいかなかったようだ、砲術家なら、誰しも初弾命中を期待するが、現実問題、そんな簡単なことではない。
「敵弾きます!」
艦橋のさらに上、射撃指揮所から声が来る、その数秒後に、『大和』の左後方で、巨大な水柱が四本立ち上がり、そのまた数秒後、同じあたりに水柱が四本立つ。
ちなみにだが、今護衛の駆逐艦はいない、戦艦同士の戦いに巻き込みたくないので、後方に残してきたのだ、よって、大和は自由に舵を切り、敵艦体と撃ち合うことができる。
少したって、また大和が発砲する、そうすると、敵艦体は二手に分かれた、巡洋艦以下四隻は、『アリゾナ』達の輸送船の方へ、戦艦二隻は『大和』の方へ、艦首を向ける形で舵を取った。
「ほう、私に、正面から勝負を挑もうと……面白い……」
大和は薄く笑う、その顔に少し背筋を冷やし、俺は敵を見直す。
「主砲塔四基、速力30ノット近く……高速戦艦、もしくは巡洋戦艦かと思われます」
それなりに敵艦の速力は早く、大きさ的にも、『金剛』型のような高速戦艦と見える、というか、ほぼほぼ『金剛』だ。
敵艦は、アメリカの艦体に、日本の上部構造を乗せたような形をして、かなりアンバランスな感じだ、おそらく、WASの量産用の戦艦の内の一種なのだろう。
WASは、オーストラリアの鉱山地帯を満遍なく使って、大量の多種多様な兵器を作り出しているため、空母や戦艦であっても、作りが雑な、量産タイプのそれらもいるのだ。
「なめられたもんだな」
咲間長官がつぶやくと、一発の主砲弾が、二番主砲に当たる。
「大和、大丈夫か?」
艦長が聞く、それに大和は元気よく答えた。
「もちろん、傷一つないよ」
命中精度は、あちらの方が上の用だ。
被弾個所の傷を見てみると、敵艦の主砲サイズはおそらく、36センチ以下で、そこまでの大口径ではない、この程度の砲で、大和は簡単には傷つかないが……。
「ちぃっ当たらない……ちょこまかと……」
そんな声が、大和の口からこぼれた、うまく当たらず、少しイライラしてきたのか、標準が定まらないようだ。
敵弾は、今一発俺たちに命中した、次より斉射に以降するだろう、さすがの大和でも、多数の36センチ弾を食らい続ければ、沈む可能性が出てくる。
「……咲間長官、少し失礼」
俺は、咲間長官の前にある、射撃指揮所に続く連絡管をかりる。
「主砲塔、全門三度下に、二度右へ」
「了解」
主砲が少し動き、今回八回目の交互撃ちを行う、撃ちだされた砲弾は、吸い込まれるように敵艦に向かい。
「艦尾に命中!」
敵艦尾から爆発が起こる、高速戦艦の速力なら、艦中央部にあたるかと思ったが、予想より少し早かったようだ。
だが、どうやら俺の読みは当たっていたらしく、敵は全速と後進を繰り返し、標準を合わせまいとしていた、俺はそれを見抜き、あえて少し離れた位置を狙わせ、敵が増速した瞬間当たるように仕向けたのだ。
「すごいよ有馬!」
大和の興奮した声の裏に、
「次より斉射に以降します」
と言う、現在の砲撃長の声が聞こえた。
「ほら大和、次から斉射だ、しっかり踏ん張れよ」
そう俺が言うと大きくうなずき、大和は自身の手を力強く握り、
「主砲斉射!」
そう叫んだ。
これまで以上の反動が艦を震わすが、それは大和にとって快感なのか、体を震わせる、目つきが元気な女の子ではない、獲物に向かう獣の目だ。
これが大和の、『大和』としての姿なのかもしれない。
「二発命中! 敵一番艦炎上、速度下がります!」
電探から報告が上がり、それと同時に甲高い音があたりに響き渡る。
「右弦、命中弾二、被害軽微!」
流石、『大和』の装甲は全ての戦艦の砲弾をはじき返す、ちらりと大和を見ると、全く被弾した痛みを見せない。
「敵艦、取り舵!」
その報告が上がったときには、敵艦は素早く左方向に艦首を向け、側面をさらけ出しこちらを狙う、全主砲を撃ちやすくするとはいえ、少し違和感がある。
「……取り舵……しかも九十度、逃げるでもなく正面からぶつかる同航戦でもなく、逃げながら戦う反航戦を選んだ……輸送船団を追いたいのか?」
俺が少し考えていると、咲間長官がぽつりとこぼした。
「敵の戦艦は、ずいぶんと副砲が少ないな、艦の中心部にぽっかりと穴が開いているようだ」
戦艦は、水雷艇や駆逐艦を近寄らせないように、対空兵装や副砲、両用砲を側面に乗せるのが筋だ、あの戦艦二隻は側面の中心に、不自然な空間がある……まさか!
「咲間長官、魚雷!」
俺が叫ぶと、一斉に皆理解したのか、航海長が、「面舵一杯! 急げ!」そう指示を出す。
しかし、基準排水量六万トンを超える巨艦だ、舵が効くまで相応の時間がかかる。
やっと右側に、『大和』が回頭を始めた瞬間、正面に、白い影が見えた俺は、悲鳴交じりに報告を上げた。
「正面魚雷接近!」
叫んだ時にはすでに、魚雷が数十メートルの位置まで来ていた。
当たるな! そんな俺の心の声は、大和の悲鳴と、艦橋にまで伝わる振動でかき消された。
「痛い!」
大和が、左側の腹と足を押さえ、屈みこむ。
最初の空襲で、『大和』のダメージは、大和に適応されることはわかっている、今大和は、魚雷の爆発に悶絶しているのだ。
「大和! 大丈夫か⁉」
俺は、大和の肩を抑えてしゃがみ込み、大和の表情を確認する、その表情からでも、痛みが解るほど、顔を歪めていた。
「左弦腹部、後部に二本魚雷命中! 第三弾薬庫付近、火災発生!」
連絡管から聞こえたその声に、咲間長官が、応急処置の指示を出す。
「消火急げ! 浸水確認してこい!」
その言葉が終わると同時に、指揮所からまた嫌な声が聞こえる。
「正面より四本魚雷接近!」
「二隻目のやつか!」
もう一隻の敵艦も、魚雷を持っていたらしく、新たな魚雷が『大和』を襲う、今『大和』は、右側に回頭中で、このままいくと……。
「まずい、後部に集中する!」
そう咲間長官が言う。
大和が、また叫び声を上げた、今度は両足を抑え、膝をつく。
「足がぁ!」
その声に、俺を含めた長官たちが顔を青ざめる。
「敵魚雷、後部に二本命中!」
それに続いて、修理班が声を荒げる。
「缶室に被害! 速力低下! 第四機関室に、軽微な浸水!」
俺は背筋が凍る、ふと敵戦艦の方を見ると、主砲塔は完全にこちらを捉えている、すでに照準は定まっているのだろうから、後は、発射するだけだろう。
「速力の回復急げ! 第四機関室の排水は後回しだ、今出せる全速で航行しろ!」
咲間長官は、機関室に連絡する。
「第四機関室の人員は、緊急用出口を解放、脱出準備!」
それに加えて、咲間長官は思い出したかのように、退避の連絡も入れる。
軽微な浸水と言えど、機関室にとって浸水とは、死ぬ一歩手前の状況だ、そんな状態のまま仕事を続けるなど、気が狂ってしまう、だから長官は、脱出用の出口を解放させ、いつでも逃げられる状態を作るよう、指示したのだろう。
「畜生、ついてないな」
凌空長官は、奥歯をかみしめる、初の砲撃戦が、魚雷持ちの戦艦二隻相手とはついていない、そんなことを考え、敵艦を睨む、その時大和が小さく呟いた。
「舐めるなよ……」
大和が立ち上がる、それと同時に、大和は体から、不思議な光を発し始めた。
「どうした大和?」
俺が気になって、大和に聞く、しかし大和の目線は敵艦に注がれ続け、俺の問いかけには答えない、その光はより一層輝きを増していく。
「有馬、大和の姿に何かあったのか」
咲間長官は俺に聞く、俺は大和から目線をそらさず答える。
「なにか黄色い光が……」
そう伝えきる前に、機関室から驚きの声が来る。
「《《機関暴走》》! 全速出てます!」
長官が一斉に、こちらを見る。
大和の周りの光は、一度収まるが、
「乗員は、私が……私が守る!」
その一言で、大和の薄い赤の瞳が、金色に輝く。
それに共鳴するように、主砲塔が動き出した。
「主砲塔が、か、《《勝手に動き出しまた》》!」
そして、大和は、また力強く手を握り、その握った拳を突き出しながら叫ぶ。
「全砲門、薙ぎ払え!」
その瞬間、海戦が始まってから、十回目の砲撃を行う。
「め、命中弾六!」
一式徹甲弾の、圧倒的な貫通力が物を言ったようだ。
先ほど被弾させ、速力が下がった戦艦が、大爆発を起こす、おそらく弾薬庫を貫いたのだろう。
「敵一番艦轟沈!」
俺は、もう一隻の戦艦を照準に収めようと、大和に声をかけようとするが、敵艦はもう一度取り舵を取り、反転を始めた、俺はあっけにとられている長官たちをよそに、別の指示を出す。
「各員、被害状況知らせ!」
そう言うと、各部署から報告が上がるが、目立った傷は缶室の損傷と、第四機関室の浸水だけだった。
しかし、損傷した場所が缶室なので、多少は直しておかないとまずい。
現在、17時01分、戦闘終了。
結局、輸送船に向かった巡洋艦組は、米軍の戦艦に、完膚なきまでに叩き潰され、被害が出なかった。
輸送船と護衛部隊には、先に集合の島に向かってもらい、『大和』は排水と、缶室の問題を解決してから、集合の島に向かうことにした。
「あの力は一体……」
一時的に速力を回復し、斉射弾の三分の二も当てることができたあの力は、何だったんだ?
今、大和の姿は消えず、俺の前に座り込んでいる、その姿を見かねた俺は、大和を背負い、艦橋を後にした。
「大和を頼む」
艦長がそう俺に向かって言う、俺はうなずき、艦橋を降りたところにある、作戦室のソファーに大和を寝かせる、外は、どたばたと、応急処置関連の伝令が飛び交っている。
「有馬……」
大和が目を開け、こちらに手を差し出す、その手を握り、俺は声をかける。
「大丈夫か? どこか痛いところは無いか?」
俺はこの時初めて、本気で大和のことを心配した、自分が乗っている艦が沈むとか、日本の誇りがどうとかではない、一人の女の子が、傷つき弱っているのだ、それを兵器の損傷とだけ見るほど、俺は冷たい人間ではない。
「有馬、私勝ったよ、戦艦同士の砲撃戦に、私、ちゃんと勝ったよ……」
大和は目を瞑って、俺の手を握る。
実際、高速戦艦と言えど、二隻の戦艦をこの程度の傷で勝利することができたのも、魚雷を四本を食らっておきながら、自力航行可能なことについても、『大和』の性能が、あってこそだろう。
「ああ、ちゃんと見てたぞ」
俺がそう優しく告げると、大和は弱弱しく頷き、再び目を瞑る。
あの光の正体は謎だが、一つ分かったことと言えば、余程体力を使うようだ、さっきまで元気な大和が、今こんなにもやつれた顔をしているのが、その証拠と言える。
「見ててくれた? お父さん……あなたとの約束のうち、一つはきちんと果たしたよ」
そう大和は気になる言葉を残して、姿を消した、人としての姿を維持するにも、エネルギーがいるのだろうか?
まあなんにせよ、大和が、元気にまた俺の前に現れてくれることを願おう。
「お父さんか……」
一体誰のことなのか、それに約束とは何なのか……気になることは、増えるばかりだが、今はいいだろう。
また後で、ゆっくりと話を聞こう、今はゆっくりと休め、大和。




