鳴けない蝉
衝動的に書いたので短いです。高校生の青春を書いてみました。
蝉が鳴いている。
泣いている、のかもしれない。長い期間土の中に埋まっていて、やっと地上に出られたと思ったら余命一週間だ。そのあまりにあんまりな運命に慟哭しているのかもしれない。それか限られた時間の中で、異性を熱烈に求めているのか。
そんな事を考えていたせいで京太の話を無視する感じになった。
「――ねえ、康。ねえってば。聞いてるの?」
「あ、ああ。ごめん。ええっと、何の話だったっけ」
「だから、先週の、獣王戦隊ガオコングの展開が凄く熱かったって話! いやあ、あれは特撮の歴史にガオコングの名前を刻んだね。まさかあそこで共闘になるとは!」
ぶんぶん腕を振り回して京太は言う。
ガオコング自体を知らない康は、そうかあ、と頷く。
高校の帰り道である。二年生で同じクラスになった京太とは、住んでいる地域が隣り合っているため、帰り道が一緒になることが多い。趣味が合うわけではないが、なんとなく気が合う。相性が良い、というべきなのだろう。康は、京太の忖度しない性格が好きだった。自分の好きなものや興奮した出来事を、たとえ相手が興味を示していなくても構わずに力説するところが好きだ。康にはない突破力がある。
一方の康は、落ち着いていて大人っぽいと言われる。しかしそれは、周りの顔色を窺いすぎて身動きがとれていないだけだと自分では思う。
だから、たまに京太が羨ましい。
他人の顔色を気にするだけならまだいい。康の中には常に冷めた自分がいて、我を忘れて没頭しかける事があると、その手前でもう一人の自分が冷静にさせる。
(まあ、それが俺って奴なんだから、別にいいんだけどさ)
京太になりたいわけじゃねえし、と心の中で呟く。
蝉は鳴きやまない。
道路の両脇には街路樹が並んでいて、そこの茂みに蝉達は潜んでいるようだった。どこまで歩いても喧しい鳴き声が途切れることはない。
暑い。
午後五時にも拘らず昼間のような明るさだ。
八月だから当然なのだが。
涼む場所はないかと、木々が生い茂る公園の前を通りがかり、そちらへ視線を向けた時だった。
「あれ、柊と樺島じゃね?」
「本当だ。学年一のイケメンとギャルだ」
「接点ないからって認識が他人行儀すぎるだろ。俺らのクラスメイト、な」
「樺島さん、泣いてる」京太が言った。
「ああ」この距離ではよく見えないが、確かに、修羅場っぽい。
ヒエラルキー最上位の生徒が往々にしてそうするように、二人は交際を隠していない。むしろ樺島に至っては、イケメン彼氏を積極的に見せつけていた感があった。
その樺島が、顔を覆って立ち尽くしていた。柊の姿はすでに無い。
「うわあ、絶対別れ話だぜ。高校生の交際なんて上手くいくはずないのに、ノリだけで付き合っちゃうからこんな――あ」
康が言い終わるより先に、京太は駆け出していた。慌てて康も後を追う。
「樺島さん」
京太が呼ぶと、樺島は顔を上げた。その表情が怪訝そうに曇る。
「お前ら」
「相澤。こっちが小門」
「小門康です。同じクラスの」
「あー、名前聞いても分かんねえや。ごめん。――ダセェところ見られちまったな」
「フラれたの?」
康は驚いた。「おい、聞き方ってもんが」
「別にいいよ。そう、フラれた」樺島は笑った。
「好きだったんだけどなあ。すごく。でも、なんか、重かったみたい」
「樺島さんをフッた奴の事なんて気にするな。見る目がなかったんだ」
「あはは、なんだよそれ。もしかしてお前、私のこと好きなの?」
「それはない」
「じゃあ」
「樺島さん、今、柊のこと好きだった、ってはっきり言った。フラれた直後なのに。普通は言えないよ。つまり、樺島さんは心の美しいギャルなんだ。柊は見る目がなかった」
「へええ、嬉しいこと言ってくれんじゃん」
京太は嘘や誤魔化しで慰めの言葉を口にしない。
ありがとな、と樺島は手を振って、公園を後にした。
「じゃ、僕らも行こっか」
「おう」
何でもないように歩き出す京太の後ろ姿を見て、康は思う。
俺は京太になりたいわけじゃない。でも、なんだか。
なんだろう、この、焦燥は。
「あー」
蝉が鳴いている。
余命一週間を嘆いているのかもしれないし、異性を必死に求めているのかもしれない。
「たぶん、俺が蝉だったら」康は言った。「こんなに全力で鳴けないな」
「ん、なにが?」
「なんでもねー」
うりゃ、と言って、康は京太に抱きついた。「やめろ、暑い!」京太が怒り気味に康の体を押し返す。康は負けじと何度も何度も京太に抱きつく。
そんな事を繰り返していたら、何に焦っていたのか、すぐに分からなくなった。
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