聖騎士とご主人様 その4
ゆっくり執筆中。
窓から室内を照らす陽光でコリンは目を覚ました。
その日の目覚めはコリンにとってこれまでの人生でワースト1位と言って良いほどのものであった。
まず、頭が痛い。グラグラと眩暈がしそうな痛さである。そして胸がムカムカする。風邪とも違う、これまでに感じたことのない気持ち悪さに彼女はベッドから上体を起こすのを断念する。
「ぎぼじばぶい」
気持ち悪いと呟いたつもりだったが、言葉が正しく発音されない。そういえば、いつ私はベッドで寝たんだっけ。どうしてこんなに体調が悪いのだろう。そんなことを考えながら自分の身体に異常がないか確認していき、そして気付く。
いつ着替えたのやら自分は寝間着であった。昨日着ていた修道服はハンガーラックに吊るされていた。
ぼんやりした頭をなんとか叩き起こして、昨夜のことを思い出す。
それはとても楽しいひと時だった。
ライナスとステラの三人で作った料理はどれも美味しかった。ステラは言わずもがなとして、ライナスが料理上手とは思わなかった。聖騎士は様々な訓練をするというが、料理も訓練に含まれているのだろうか。
「料理には自信があったんだけどな。」
彼女がこれまで住んでいた教会では他の修道女達と毎日炊事洗濯をしていた。ステラほどではないにしても、家事全般には自信があったのだが見事に目論見が外れてしまった。
ライナスを驚かせようして、逆に自分が驚いたことを思い出して苦笑する。
「そういえば、夕飯後の祈りをした覚えがないわね」
アストラ聖教では食事の前と後で女神アストラに向けて祈りを捧げるのが習わしである。
女神アストラの生まれ変わりであるコリンが女神アストラに祈りを捧げるというのはかなりシュールだが、本人は子供の頃からの習慣で行っているので特に気にしていなかった。ちなみにライナスは昨日の食事前の祈りの際に複雑な顔をしていた。
「確か、ライナスが席をたって、それから――あっ!」
ライナスが席を立って戻ってくると彼の手には酒瓶とグラスが握られていたのを思い出す。
そして、それに対して自分がした行動も。
「どうして、よりによってこんな醜態を”あの人”の前で」
晒してしまったのだろう、とその後に続く言葉は掛け布団を頭まで被ったために声にはならなかった。
意外なことに彼女は昨日のライナスとのやりとりを深く反省していたのだ。
彼に対しておかしな言動をしていることを自覚していた。
しかし、”ライナス”の前だと高揚と緊張が相まってついついおかしなことを言ってしまう。
下僕なんて言うつもりも彼女には毛ほどもなかった。
言うつもりはなかったのだが、教会で相部屋だった友人から最近たまたま借りて読んだ小説が主人(男)と奴隷(男)の禁断のラブストーリーであったことはもしかしたら影響していたかもしれない。
いつもは決してそんなことはないのだが、昨日に関しては初対面から躓いてしまい、それが後々も尾を引いていた。
特に、彼に顔を見つめられると心拍数が跳ね上がり、頭が真っ白になる。
なんとか平常心を保とうとするがうまくいかないのだ。
その最たる例が昨日の”金縛りの術”―― ライナスが自力で起き上がれないほどの力である。
厳密には金縛りではないが彼女の特殊な能力によるものだ。
正気に戻った時は死にたくなるほど後悔した。
しかし、そんな失態ばかり続けた彼女だが失敗から学んだこともある。ライナスと目を合わせなければ良いということだ。
その方法を学んだあとは特にこれといった失敗はしていなかった。修練場を見学していた時に実践済みである。
これで大丈夫と思っていた矢先にまさか飲酒でぶっ倒れるとは思わなかった。
「このまま、死にたい」
ライナスに合わせる顔がなかった。
恐らく、自分を寝室に運んだのは彼だろう。さすがにステラに運ばせることはないと思う。そして、運んだあとにステラが寝間着に着替えさせた。とコリンは予想を付ける。
「はぁぁ」
ため息が口から漏れるのも無理からぬこと。これからライナスとの関係をどう修復すればいいのかを考えると彼女の頭痛はさらにひどくなりそうであった。
何気なくベッドのサイドテーブルを見ると水差しと薬、それと手紙が置かれていた。
これを飲んでゆっくり休むように ライナス
コリンは薬を水で流し込むとベッドから立ち上がり、着替えを始める。
まだどんな顔でライナスと顔を合わせばいいのかはわからない。それでも最初に言うべき言葉はわかっていた。
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