聖騎士とご主人様 その3
駆動馬車で新居まで送ってもらうと、そこそこ恰幅の良いメイドが明るく元気な笑顔で出迎えてくれた。三人は軽く挨拶を済ませると引っ越しの荷ほどきを始める。ちなみにコリンが女神だと言うことは内緒である。メイドの名前はステラと言いコリンとも今が初対面とのことだが、えらく気に入った様子であれこれ世話を焼いていた。子供が男兄弟しかいないらしく「こんな可愛い娘が欲しかった」とおしゃべりしながらステラは食器を棚にしまう。当の本人であるコリンはまんざらでもなさそうで一緒になっていそいそと食器をしまっている。パーシヴァルの時もそうだったが、ライナスは自分との初対面とは全く違うコリンの姿をみて、今朝のことは全て幻だったのではなかろうかと疑い始めていた。いったいどれが彼女の本当の姿なのだろう。
ファーストコンタクトこそ最悪であり、二か月間も使用人よろしくこき使われるかと思うと気が気ではなかったが存外うまくやっていけそうだなと思い始めた矢先、世の中そんなに甘くはないということをまざまざと見せつけられることとなる。
荷物をコリンの指示通りに部屋へと運び込んでいると、とあるものがチラホラとライナスの視界の端に写るようになってきた。それはどう見ても彼の私物であった。ライナスは騎士の独身寮に住んでいる。その独身寮の自室に置いてあるはずの家具が何故かこの家に運び込まれていた。嫌な予感が彼の頭をよぎる。
「コリン!」
ライナスはコリンの名前を叫びながら急いで彼女の元に向かうと開口一番、これはどういうことかと尋ねた。
「引っ越し荷物の中に俺の私物が混じってるんだが、なんでここに俺のものがあるのか説明してくれないか!」
「あら、言ってなかったっけ。あなたももちろん一緒に住むのよ、この家に」
あっけらかんとした口調で彼女はこともなげに衝撃の事実を口にする。もちろんライナスはそんな話を聞いていない。今朝の隊長室でのやりとりの中でそんな話は全く出てこなかった。
「初耳だ!」
「そう、じゃ今聞いたからもう初耳じゃないわね」
「そういうことじゃないだろ!」
「だって、ライナスはわたしの下僕で護衛でしょ?」
大抵の男ならコロリと心を奪いそうなほど魅惑的に微笑みながら、そのくせ口にする言葉は下僕である。さらに「一緒にいるのは当たり前じゃない」とコリンは付け加える。この世界にライナスの安住の地はない。彼はこれでも若いながらに歴戦の聖騎士であり、命を失いかけるほどの魔物討伐に参加した経験もある。そんな数々の修羅場をくぐってきたライナスだが、その彼の瞳にはうっすらと涙が滲んでいた。もちろん彼に拒否権はない。なぜなら命令無視イコール即聖騎士はく奪が待っているからだ。一応「俺は下僕じゃない」と小さい声で反論するが恐らく彼女には聞こえていないだろう。
そんな二人を「若いって良いわねぇ」とニコニコしながらステラは眺めていた。
なんだかんだと色々あったが日が沈む前に一通り片づけが済むと三人でお茶を囲んでゆっくりと一息ついた。
「それじゃあ夕飯の支度をはじめようかしらね」
ステラが夕飯を作るために台所へ向かうとコリンが「私も手伝う」と彼女の後を追って居間を出ていく。その姿はまるで仲の良い親子のようである。
「俺も手伝おう」
手持ち無沙汰で何もしないのも悪いと感じたライナスも一緒に手伝うことにする。三人で手際よく準備をすると、三十分ほどで夕飯の支度ができた。手の込んだ料理ではないが、どれも美味しい。あの女神様が手伝うということで心配していたが、意外なことに彼女は慣れた手付きで料理を作っていた。そして、さらに意外な事実が発覚することになる。ライナスが席を立ったあと、戻ってきた彼の手には酒瓶が握られていた。自分の荷物が全てこの家に運び込まれていると知った彼は、ワインがあることを思い出して自室に取りに行っていたのだ。食器棚からワイングラスを二つ取り出してテーブルに置く。するとコリンが「一つ足りないじゃない」と言ってもう一つワイングラスを持ってきた。
「コラコラ、なに自分も飲もうとしてるんだ。未成年のくせ」
この国では十八で成人と認められてお酒も飲めるようになる。しかし十五かそこらなら飲酒経験がない方が少ないかもしれない。それでもさすがに大人として注意しようとした時である。
「……じゃない」
何か呟いたようだが小声過ぎて聞こえなかったため「今、なんていったんだ?」と聞き返そうとした。その時である。
「私は未成年じゃない!これでも十八だ!!立派な大人の女なんだあああ!」
衝撃の事実である。彼女はどう見ても十四か十五くらいにしか見えない。以前パーシヴァルが「最近の子供は発育が良い」とかなり際どいことを話していたが、その逆もあるのか。さらに彼女が「私は大人なんだぁ」と叫ぶや否やライナスの手から酒瓶をひったくるとグラスを使わずにラッパ飲みで酒をグイグイ呷り出した。あっと驚いた時にはすでに遅く、彼女はほんの数秒で顔だけでなく耳まで赤くなっていた。そしてそのままバタリと椅子ごと後ろにひっくり返ってしまった。あまりに一瞬の出来事で二人とも動けない。
「おい、コリン?」
声を掛けながら肩をゆすっても起きる気配がない。胸が上下運動しているために息はしている。どうやら泥酔して意識を失ってしまったようだ。あまり酒には慣れていないのだろう。
ライナスはコリンを抱えると彼女を寝室へと運ぶ。ベッドへ寝かせて居間に戻る頃にはステラが後片付けを終わらせていた。心配そうな顔をする彼女に大丈夫である旨を告げると安堵の息を漏らした。ステラは帰宅時間を過ぎても心配だから残ると申し出てくれたがさすがに申し訳ないので帰ってもらうことにする。
「ステラ、今日は自分がついてるので大丈夫です。だから明日またよろしくお願いします」
「そう、じゃあまた明日来るわね」
ライナスはステラを玄関まで送る。彼女は帰り際に一度だけこちらを振り返るがすぐに正面を向いて歩きだした。
ライナスはドアの鍵を閉めるとコリンの眠る寝室へ向かう。ベッドの横に椅子を持ってきて腰掛けると彼女の寝顔を覗く。スヤスヤ息を立てて眠るその顔は子供のようにあどけない。
「申し訳ないけど十八歳には全く見えないですよ、女神さま」
「聞こえてるぞ!らいなすぅ……すぅ」
小声で呟いた瞬間、コリンがその呟きに反応したかのような返事をするが、すぐにまたスヤスヤ寝息が聞こえてくる。
「なんだ、寝言か」
あまりにタイミングのよい寝言にライナスは心臓が飛び出るほど驚く。
今日は朝から怒涛の勢いで色々なことが起きた。流されるがままの一日だった。こうして落ち着いた時間ができたことでやっと今日の出来事を冷静に考えることができる。ライナスは今朝の出来事を思い返すことにした。コリンは自称、いや騎士団長達も認めていたので、自他共に認める女神アストラの生まれ変わりだという。その女神に仕えることになった。騎士団長及び直属の上司であるオシオの推薦とあらば断わることはできない。しかしなぜ自分なのだろうか。仕えるとは何をすれば良いのだろうか。そもそも彼女は本当に女神の生まれ変わりなのだろうか。生まれ変わりなんてものが本当にあるとでも?だが、彼女の力は本物である。あの謎の力はなんだったのだろうか。聖騎士である自分が抗えないほどの力。踏ん張ろうと力を込めることすらできなかった。考えられるとすれば唱印術かアーティファクトの力である。唱印術とは力ある言葉を発声することにより超常の現象を起こす技術のことだ。火種もないところに火を起こしたり突風を起こすだけでなく上級者ともなれば地面を割ることすら可能である。アーティファクトは唱印術の応用である。物体に力ある言葉を刻み込み、使用者がその言葉を発声することで発動する。この二つの何が違うかと言えばアーティファクトは特に修練を積まずとも発動できる点である。ちなみに聖騎士となる条件として唱印術は必須である。また聖騎士の装備である聖鎧布と聖銀剣は共に特殊なアーティファクトである。しかし、この二つは普通のアーティファクトと違い誰でも扱えるわけではなく、唱印術を扱うある種の才能と血の滲むような努力が必要である。そのため聖騎士は数が少なく百人もいない。
考えても答えは出ない。そもそもライナスはこの女神さまのことを良く知らないのである。今日初めて会ったので当たり前と言えば当たり前だ。とりあえず、今日一日を共に過ごしてみた結果、悪い人間?ではないだろうと結論付ける。それにしても一体君は何者なんだ。それともう一つ気になることがあった。
「アストラ聖祭が終わるまで、か」
なぜ期限はアストラ聖祭が終わるまでなのだろう。
ライナスの頭の中を取り留めもない思考がループする。その思考の波は、彼をゆっくりとまどろみの中へ誘っていく。まだ期限はあるんだ。その間に彼女のことを知ればいい。あれだけ嫌な顔をしていたライナスだが、彼は存外お人好しである。自分のことをクールだと思っている節があることさえ覗けば至って善良な聖騎士なのだ。なんだかんだとコリンを気にかけているライナスであった。
こうして長い長い一日がようやく幕を閉じた。
そして――
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