聖騎士とご主人様 その1
この物語は聖騎士と、とある宿命を背負った少女の出会いから始まる。その出会いが二人にどのような結末を迎えるのか彼らはまだ、知らない。
運命的とは程遠いファーストコンタクトを終えたライナス達だが、今は何をしているかと言えば、ご主人様兼護衛対象であるコリンのお願いに付き合っていた。
「わたし、修練場が観たいのよね」
そんな女神様の申し出にドーベントは「案内してあげなさい」と言ってライナスとコリンを隊長室から見送った。どうやらドーベントとオシオはこれから打ち合わせがあるらしい。
隊長室での一件で主従関係がほぼ決まってしまったため、二か月間限りとはいえ自分のご主人様となった少女を渋々案内することにする。修練場までの道すがらも彼女は何かを見つけるたびに足を止めては「あれは何?」とライナスを質問攻めにする。まるで見るもの全てが新鮮だと言わんばかりにコリンははしゃいでいた。
「ねえねえ、あれは?」
「あれは――」
ひっきりなしに質問をする彼女にライナスは律儀に答える。女神うんぬんと謎の力さえなければ、どこにでもいそうな女の子である。先ほどまでのいざこざがあれど、どんなものにでも楽しそうに反応する彼女を案内するのは存外に悪い気分ではなかった。
目的地に到着するとコリンの目は今までにないくらい輝いていた。修練場では今、パーシヴァルが他の隊員を相手に模擬戦を組んでいるところだ。彼は軽薄な言動と見た目からは想像できないが隊内でも一二を争う槍の名手である。穂先が綿を詰めた布になった練習用の槍を手に軽妙な所作で相手を翻弄する姿は、普段の彼を知る人間からすれば別人のように見えるかもしれない。模擬戦相手も聖騎士ではあるが、今回はパーシヴァルが一本取りそうだ。
ふとライナスは隣のコリンに視線を向ける。どうやら彼女は模擬戦に夢中のようでライナスが自分を見ていることに気付いていないようである。彼女の瞳はさらにらんらんと眩しく輝いていた。そんなコリンが子供の頃の自分と重なり懐かしい気持ちになる。自分も子供の頃は聖騎士をこんな目で見ていたっけな、と。
そうこうしているうちに模擬戦が終了する。案の定、模擬戦の勝者はパーシヴァルに決まった。コリンは、「ふう」と一息ついているパーシヴァルに向けてこれでもかと割れんばかりの拍手を送る。
パーシヴァルはそんなライナス達に気付くと、彼らに向かって歩いていく。
「おつかれ。良く動けてたな」
ライナスが労う言葉をかける。
「めずらしいじゃん。ライナスがそんな言葉をかけてくるなんて」
いつものニシシという笑みを浮かべながら、「他人に興味ないライナス君」と軽口を叩いてくる。
「ほっとけ」
別に俺は他人に興味がないわけじゃないぞ、と心の内で反論する。
「ところで、そちらのお嬢さんはどちらさんだい?」
この場にそぐわぬ修道服姿の少女が修練場にいる。しかも、ものすごい勢いで拍手をしていた相手である。気にならない方が嘘だろう。さすがに女神うんぬんを彼や他人に語るわけにもいかないため、隊長たちと予め決めていた偽の素性を話した。
「こちらは、さるやんごとなき貴族のご令嬢だ。いろいろあって俺が面倒を見ることになった」
自分で言っていて、我ながらこれでいいのかと思わなくもないほどに適当な素性を話す。
「初めまして、コリンと言います。今はライナス様に無理を言って修練場を見学させてもらっているところなんです」
ライナスは自分との初対面とはえらい違いだと思いながら彼女の挨拶を聞いていた。尊大な物言いは鳴りを潜め、まるで深窓の令嬢のように清楚な雰囲気を彼女は纏っていた。
「こちらこそ初めましてコリンさん、僕はパーシヴァル。ライナスは僕の親友でね。友の力になるのが本当の友だ!もしお困りごとがあったら僕も力になるから、なんでも言ってね」
「はい、ありがとうございます。こんなに頼もしいご友人がいらっしゃるなんて、ライナス様が羨ましいです」
ライナスはそんな二人のやり取りをむず痒い気持ちで眺めていた。女性の前で調子の良いパーシヴァルはいつものこととして、コリンがここまで演技上手だとは思わなかった。ひょっとして彼女は上流階級の作法を学ぶか、それを見る機会があったのかもしれない。ますますこの娘がわからなくなるライナスである。ちなみにパーシヴァルは先ほどのライナスの適当な紹介については気にしていないようだ。親友と言うのは余計だが、恐らく何かを察した上で口裏を合わせてくれているのだろう。聖騎士の任務の中には機密情報を扱うものもある。パーシヴァルは腐っても聖騎士なのだ。気遣いを含むそこら辺の扱いについてはもしかしたらライナスより上であるかもしれなかった。
修練場を後にしたライナス達は食堂で昼食を食べると城下町へ向かう。なんでも新しい住居の準備をするらしい。もちろん、従者であるライナスも同行する。すでにお付きのメイドが新居に先回りして荷運びをしているためその手伝いに行けということだ。
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