プロローグ
その日、グランエスタ神聖国の聖都ウインドクロスの街道沿いにはいくつもの出店が軒を連ね、多くの人々で溢れかえっていた。この国で一番栄えている街がこのウインドクロスだが、今の賑やかさは普段とは比べ物にならない。それもそのはずで現在、この国は年に一度のアストラ聖祭の真っ只中であった。
アストラとは慈愛の女神であり、グランエスタ神聖国はそのアストラを祀るアストラ聖教を国教とする国である。
また、このアストラ聖祭は三日間をかけて行うことで有名だ。
一日目は家族や身内で集まり、小さなパーティーを開く。パーティーの始めと終わりに女神アストラへ感謝の祈りを捧げるのが習わしだ。
二日目は国のいたるところで出店や催し物が開かれ、他国からも多くの観光客で賑わいを見せる。
最終日である三日目はアストラ聖教の教会で司祭が女神アストラへの祈りを捧げてアストラ聖祭は幕を閉じる。
この祭りの一番の目玉はなんといっても二日目に聖都ウインドクロスで行われる聖騎士の叙任パレードであり、今日が正にその日であった。
聖騎士 ――それはグランエスタ神聖国の平和と正義の象徴である。聖騎士がその身に纏う聖鎧布は巨人の一撃にも耐え、その手に握る聖銀剣はドラゴンの鱗すら容易く切り裂く。数多の魔物を屠り、国家を、その国民を脅かす敵を打ち倒してきた。この国に住む者ならば誰もが憧れる存在なのだ。
街道には楽隊による演奏と共に新しく聖騎士となった者達が騎馬に跨り、行進をしている姿が見え始めた。この祭りのメインイベントが始まったのだ。
パレードを一目見ようと街道沿いには多くの見物人が押し寄せており、それを警備隊が必死になって街道に出ないようにと人間バリケードを作って押しとどめている。そこかしこで見物人同士の「押すな!」「押したのはおまえだろう!」「アンタ今、お尻触ったでしょう!」という言い合いや取っ組み合いが起きており警備隊は都度、それらの仲裁に入るため、彼らの顔からは疲労の色が濃く見て取れた。
そんな大人達を尻目にいくつかの小さな影が、ヒョイヒョイと人だかりの隙間を縫うようにして通り抜けていく。近所に住む子供たちだ。歳は一番小さくて8歳か、大きい子でも12歳ほどと、まだまだ未発達な体躯を活かして子供たちはあっという間に最前列まで来ると、熱い眼差しをパレードに向けていた。子供たちにとっても聖騎士とは憧れの存在なのだ。
その中で一際パレードに食い入るような視線を向ける子がいる。この国に暮らす者ならば誰だって一度は聖騎士に憧れるが、この子もまた例に漏れずに聖騎士に憧れを抱いているのだろう。自分もいつか聖騎士になりたい、と――。
するとパレードを行進する一人の聖騎士と一瞬だが視線が合う。たまたま偶然目があっただけかもしれない。それでも運命を感じるにはその一瞬で十分だった。自分は必ず聖騎士になる。子供にとって、そう決心するには十分な出来事だったのだ。
刻々と時は過ぎていき、パレードが終わる。祭りの最終日である三日目の祈りも粛々と終わり、今年のアストラ聖祭も例年通りに滞りなく幕を閉じた。その年の叙任パレードはいつになく盛況であったという。
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