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金色の血統  ~守りたい。あなたとこの国を。~  作者: 陽だまり
第一章 「兆し」
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1. カエン (28歳)

【プロローグ】

 

 カムナ皇国。万世一系の皇族によってこの国は治められている。その歴史は古く、この国の正史書である「天津聖伝」(あまつせいでん)によれば、今上殿皇(きんじょうでんこう)までの五千年もの間、一度たりともその血統は途絶えたことがない。

 代々受け継がれてきたこの血統は、金色(こんじき)の血統として崇め奉られながら今日にいたっている。民は殿皇を慕い敬い、殿皇は民を愛し慈しむ。高度に発達した精神性は、長い年月を経てこの国の礎となっていた。


 7年前の戦を経て、再び平和な日々をとりもどしたカムナ皇国。しかし、その平和にも変化の兆しがあらわれ始める。国を支えんとする若き逸材たちは、何を思い、何を悩み、どう行動するのか。


 そして、やがて辿り着く結末とは―。

 遥か彼方の山脈から放たれた金色の矢は、十方世界の闇たちを切り裂いた。あまねく一切衆生を照らすその光は慈悲の恵か、試練をもたらす灼熱の炎か―。少なくとも眼下に広がるカムナ皇国の民たちにとっては慈悲の恵であったことは幸いだ。今年は豊作と聞いている。皇国の領外に広がる水田の稲穂は自身の身に有り余るほどの米粒を抱えて、嬉しそうにこうべを垂れている。


 毎日見ているはずのお天道様おてんとさまも、日の出の瞬間には最大の神々しさを放つ。今日またこのような美しい景色を拝めたことは、カエンにとってもうれしい出来事だったに違いない。先を急ぎたいのに、しばらく立ち止まって見入っていたほどだ。後ろに結った赤髪。紅の戦闘ブーツと軽装具。腰の両脇に携えた二振りの刀。カムナの闘神とうしんとは、先の戦のあとに彼女につけられた通り名だった。


「いつ見ても美しい国だ。しかし先を急がないと昼までに到着しないね。」

 独り言をいいながら下ろしていた荷物を再び背負い、カエンは歩き始めた。皇国の領主であるイザナに許可をもらったのは5日間。この間に目的を果たして帰らなければならない。なにせカエンにはやるべきことが山積みなのだ。皇国の守備や斥候への指示。次世代の武人たちの育成。民たちとの交流と情報収集。ときには、外交を担って隣国に特使として赴くときもある。彼女の知名度は抜群で、カエンを一目見たくて人だかりができるほどだ。


 そんな忙しい彼女がこのような険しい崖沿いの道を、なぜ独りでひたすら登り続けているのか。それは彼女がヒトだからに他ならない。ヒトは安きに流れる。必ず楽をしたがる。苦を避けるものだ。はからずも若くして地位と名声を手にしてしまった彼女は、やや自分を見失いかけていた。

(今一度、あの場所に行かねば・・・。自身への戒めと原点回帰のために―。)


 背負った荷物は寝るためのムシロが二枚と少しの干し肉、竹筒と火打石。目的地まではもう少しだ。最後の水の補給場所となる岩清水へ立ち寄る。ちょろちょろと流れ出ている水がわずかな沢となり山を下っている。下れば下るほどその流れは大きくなり、カムナ皇国の貴重な水源となる。人々はこの川を角川つのがわと呼んだ。


 竹筒いっぱいに水を汲んでふたをする。自身の顔を洗い、喉を潤した。手ぬぐいで顔を拭いていたカエン。手を止めて辺りを見回す。足を流れる水に浸したまま、ゆっくりと手ぬぐいをしまった。手は交差し、両刀の柄におく。


 ―水のせせらぎ、木のざわめき。しばらく静かな時間が流れる。


 いや、気のせいではないはずだ。一瞬だが周囲の気が乱れた。何かがいる。複数ではない。カエンは確信していたが、それが何者なのかまではわからない。前触れなく突然あらわれた気配。


(ちっ、こんな場所にまで山賊が入り込んできてるのかい。シラヌイの結界監視線を越えたのであれば、神殿側では察知できているはずだが・・・。)


 全方位に全神経を集中する。相手の姿が見えず、どこから何が起きるかわからない。だとすれば回避は困難であると考えたほうがよい。防御するしかない。カエンの本能がはたらく。


(・・・上だ。)


 次の瞬間、金属同士がぶつかる鈍い音がした。クロスに引き抜いたカエンの双刀は、上から降ってきた何者かの強烈な一撃を見事に受け切った。キラリと光る薙刀なぎなた。その刃先の向こうに見えた姿に、さすがのカエンも驚いた。赤い顔に伸びた鼻。山伏衣に身をつつんだその者はニヤリとした表情でカエンから目をそらさない。


―天狗だ。


 刃先を跳ね返しながら一歩後ろへ下がる。中段に構えなおして腰をやや落とした。まばたきをして前を向いた時には、もうその姿は消えていた。

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