第八話 変化のない生活
「あー、眠い」
そう呟きながら、颯太は大きなあくびを一つした。今日は七月十七日、金曜日。
「昨日はちゃんと寝たのか?」
「寝たけど、また優衣さんが夢に出てきたんだよ。おかげで寝た気にならない」
「それ、大丈夫かよ」
「まぁ、もう慣れたから気にすんな」
また大きなあくびを一つ。
「そう言えば、彼女とはどうなってるんだ?」
「あー、まだ続いてるんだよなー」
苦笑いを泰斗は浮かべている。
「早く戻ってくれないかなー」
「まぁ、頑張ってくれ」
「そう言えば、もうすぐ夏休みだな。颯太はなんか予定あるか?」
「特にはないな」
これといった予定は、今のところ颯太にはない。去年はほとんどを家に引きこもって過ごしていた。
「じゃあ、遊べたらまた連絡するわ」
「了解」
いつも通りの朝の雑談は駅に着くまで続いていた。
学校に入り、階段を上がっていく。
「今日はシフト入れてるか?」
「ああ、入れてる」
「俺も入れてるからまたそこで」
「ああ、わかった」
二人ともそれぞれのクラスに入っていく。
颯太が教室に入ると、あるクラスメイト達が颯太に視線を向け、聞こえないくらいの声で何か話している。颯太は気にせず、自分の席について授業の用意をする。
「おはよ」
「ああ」
「なんか、みんなこっち見てない?」
「どうせ、昨日の奴らがバラしたんだろ」
颯太にはなんとなく検討はついていた。あの場に居合わせたのはあの五人の女子生徒と颯太、綾菜だ。
颯太と綾菜は自分から発する訳はなく、颯太のことが好きだと言った女子生徒も、好きだったことが拡散されるのは困ると思われる。つまり、拡散したのはあの中の四人だと思われる。
「堂々としてれば良いんだ」
「う、うん」
午前の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、昼休みの時間に入る。周りの生徒は教室から出ていき、教室に残ったのは颯太と綾菜だけ。
「颯太は今日もコンビニで買ってきたもの?」
「ああ、手軽だし美味いからな」
颯太に昼食を作る時間はないのだ。朝は朝食を食べる時間くらいしかなく、夜では洗濯物や晩ご飯の片付けなどがあるのだ。
「それじゃあ、身体に悪いよ?」
心配そうな綾菜。颯太の家庭環境を分かっているからこその発言だろう。
「まぁ、それを承知の上で食べてる」
颯太は綾菜の弁当に視線を落とす。
「綾菜って毎日弁当だよな」
「うん、自分で作るの楽しいから」
「毎日自分で作ってたのか?」
颯太は驚きを隠せないでいた。
「え、そんなに驚く事じゃないでしょ?」
「いや、そんなイメージがなかったからな」
「ひどいな〜」
綾菜が頬を少しぷくっと膨らませる。
「毎日って大変じゃないか?」
颯太には今の生活で手一杯だ。
「別に大変じゃない」
不機嫌そうに綾菜は答える。綾菜にとって先程の発言が気に障ってしまったらしい。
「さっきの発言は悪かったって」
「本当に思ってる?」
「ああ、悪かった」
「じゃあ許してあげる」
綾菜はまだ不機嫌そうだが、一応颯太に許しはもらえたようだ。
「せっかくだし、颯太の分も作ってきてあげようか?」
「いや、二つ作るの大変だろ?」
「作るんだったら、一つも二つも変わらないよ」
「でも、古賀に負担をかけるわけにはいかないしな」
颯太はよく弁当を母親が作っていたことが記憶にあるが、よく大変だと言っていた。それを知っているからこそ、颯太はそう言ったのだ。
「ねぇいいでしょ?」
若干の上目遣いに颯太は少しドキッとしてしまった。少し頬が赤らむ。
「じゃあ、お願いする」
「うん、任せて!」
綾菜は腰に手を当て、意外とある胸を強調した。張り切っている証拠だろう。
「颯太ー! 綾菜ー!」
廊下から聞き慣れた声が聞こえる。泰斗の声である。昼食を食べ終わったのか、颯太達のクラスに入り、颯太の近くの席の椅子に座った。
「お前食うの早くねぇか?」
「颯太が遅いだけ……ってもう食い終わりそうじゃねえかよ」
泰斗は颯太の手元にある、レジ袋に目線を落としながらそう言った。
「何しにきたんだ?」
「暇だったから、颯太達の様子を見にきたんだ」
泰斗の相変わらずの爽やかな笑顔に颯太は思わず嫌味を言いそうになってしまう。
「教室で二人で食べるって悲しくないか?」
「別にそんな事はないよね、颯太」
「まぁ、全然悲しくないと言ったら嘘になるかもしれないけど、これはこれで楽しいな」
颯太は実際一人よりは全然楽しいと思っている。それも綾菜のおかげだ。
「今度から俺もここで食おうかなー」
「彼女と食べるんじゃないのか?」
普段から彼女と一緒に昼食を食べているのを颯太は何回か目にしている。
「まだ、機嫌直ってないんだよー」
「颯太から聞いてたけど、そんなに怒らせるようなことしたの?」
「デート先を決める時に揉めたんだよー」
はぁ、と泰斗から溜息が一つ溢れる。
「泰斗は青春してるね」
「まったくだな」
まるで、恋人同士かの様な息の合った二人の連携。
「颯太のは恨みを感じる言い方だな」
「そんなつもりはないけどな」
「嘘つけ」
泰斗は少し笑いながらそう言った。
「泰斗ー、顧問が集まれってさ!」
廊下から泰斗を呼ぶ声が聞こえる。同級生のバレー部員だ。
「ああ、今行くー」
泰斗はそう返事をして、椅子を元の席に戻す。
「じゃあ、またバイトでな」
「ああ」
「またねー」
泰斗は教室を出て、同級生と話しながら何処かへ行ってしまった。
「あいつも大変なんだな」
「一応、バレー部の主力選手らしいよ」
「あいつらしいな」
「だね」
時計を見ると、昼休みは半分程過ぎていた。