第三話 初恋の話
「僕が中学二年の時にその人とは出会ったんだ」
「大分前だな」
「僕がこっちに引っ越してきた頃の話だ」
「って事は、三年に差し掛かるくらいの頃だな」
颯太がこちらに引っ越してきたのは、中学二年の春休みの頃である。妹の明里はまだ小学六年生だった頃の話だ。
「知ってると思うが、その頃はメンタルがやられてて、引っ越しが終わった後、御利益があるって言われてる神社に一人で行って必死に祈ったり、ふらふら家の周りを歩いてた」
「神社って颯太の家の近くの?」
「ああ」
神社の名前は知らないが、父親が御利益があると言っていたのをはっきりと颯太は覚えている。
「そうしたら、駅の近くにいて一枚の広告を見て、海に行きたいと思ったんだ」
「たしか、この電車の終点だよな?」
泰斗は路線図を見ながらそう返す。
「ああ。中学生の全財産を振り絞って電車に乗った」
「ちゃんと帰れたのか?」
「ギリギリな」
苦笑いを浮かべながら颯太は話を続ける。
「それで、終点の駅で降りて海に行って、砂浜に座って海をぼーっと眺めてた」
鮮やかな海の青色と砂浜の薄黄色が、颯太の記憶にはしっかりと写っている。
「それで、海に向かって叫んだんだ」
「なんて?」
「そこは想像にお任せする」
急に自分語りをしている事への恥ずかしさが込み上げてきた気がした颯太。
「それで、初恋の人と出会ったんだ」
「もしかして、颯太が好きになったのは一目惚れか?」
「いや、相手が話しかけてきた」
「海に向かって叫ぶ、変な奴に話しかける人なんているんだな」
「世の中にはいろんな人がいるんだよ」
颯太は窓の外の景色をじっと見据える。
「それで、いろいろ相談に乗ってくれたんだ」
「その日だけでか?」
「まぁな。いろいろ葛藤を何かにぶつけたかったんだろう」
実際に、颯太は叫ぶくらいにモヤモヤしていたのだから、当然だろう。
「それで夕方くらいまで話して、『また明日、会えたら会おうね』って言われてそのまま帰って、次の日に自転車で海に行ったら、その人は現れなかった」
「それからは?」
「毎日海に行っても、いなかったよ」
「つまり、颯太は一目惚れっていうやつか」
「違う。話を聞いてくれたからだ」
泰斗が重くなりそうな雰囲気を、茶々を入れてなるべく軽くしよう、と試みているのが伝わる。
「でも、出会った日から毎日夢に出てくる」
「どんだけ、想いの力が強いんだよ」
泰斗は少し笑いながらそう言った。
「それで、どんな人なんだ?」
「僕より年上の高校二年生だったな。黒髪のロングだった」
「今でもその人のことは好きなのか?」
「今は感謝してるって言った方が正しい気がするな」
一時は、颯太は彼女の事が好きだった時もある。だが、月日が経つにつれ、自分を救ってくれた彼女に恩を感じ始めていた。
「名前は?」
「名前は、香月優衣」
「いい名前だな」
颯太は無言で外の景色を見つめる。
「さて、こんな昔の事を話したんだ、砂川も彼女と仲直りしろよ」
「ま、最初からそのつもりだけどな」
話しているうちに降りる駅まであと少し。駅までの間は沈黙で終わった。
二人は改札を通過して歩道を歩く。周りを見ると、道には高校生達が高校へと足を進めている。駅から五分程歩くと校門に着く。
朝だというのに、厳しい日差しが二人を照らしつける。それだけではなく、颯太は誰かの視線の集中砲火を浴びているような気がしていた。
「なんか、熱い視線を感じるんだが」
「やべ、俺の彼女がこっち見てる」
泰斗が向いた方向に目線を向けると、むすっとした顔を見せている、泰斗の彼女がいた。
「怒ってる顔してるな」
「本当に仲直りできるのかなー」
そんな事を話しながら二人は校門を通過し、靴を変えるために昇降口に向かう。
「砂川にとっては簡単な事だろ」
「いや、そうでもないぞ」
「嘘をつくな」
「いや、マジだって」
昇降口につき靴を履き替え、二階の教室に向かうため階段を上る。
「まぁ、頑張ってくれ」
「ああ、頑張るよ」
「じゃあな」
クラスの違う泰斗と颯太はここでお別れだ。
颯太は自分のクラスである、二年C組に足を踏み入れる。窓は全開にされており、心地よい風が入ってきている。
颯太は自分の席に着くと、教科書や筆記用具を出して机に入れた。やる事がないので、颯太は窓の外をぼーっと眺めている。
「おはよ」
颯太の席の右隣の席から声をかけられる。
振り返るとブロンド、一般的に金髪と言われる髪をしている女子が席に座って授業の用意をしている。実際には明るい茶髪と言った方が的確だろう。綺麗な顔立ちからは、清楚で優しい雰囲気が溢れ出している。
名前は古賀綾菜。颯太とは高校一年の時に知り合った。その綺麗な髪色は、スウェーデン人の父親と日本人の母親から生まれた、ハーフの賜物だと言える。
「ああ」
短く挨拶を返す颯太。
「いつも通り暇そうにしてるね」
「僕は古賀の話し相手してるから忙しいなー」
「そーですか」
少し呆れたように綾菜は呟く。
「そういえば、古賀には彼氏はいるのか?」
「急にどうしたの?」
「今日電車で砂川とあいつの彼女の話になったから、なんとなく聞いてみた」
「いないよ」
きっぱりと断言する綾菜。
「なら、ほしいと思うか?」
「まぁ、そりゃそうでしょ」
「だよな」
それもそうだろう。高校二年生は青春真っ只中なのだ。
「古賀はすぐに彼氏できそうだよな」
「えっ? なんで?」
「だって、可愛いだろ?」
疑問を浮かべた綾菜に対してド直球で回答をする颯太。
「そんな事はないでしょ」
「いや、そうだって」
「ありがとう。でも、颯太に言われてもなー」
投げた直球を同じ軌道を辿るように返されたような気がして、颯太はやり返されたように感じていた。
「健全な男子の目から見てるんだぞ。少しは自信にしろ」
「はいはい」
どうでも良さそうに綾菜は返事をする。
「颯太は彼女いないんだよね」
「残念な事にな」
そうしているうちに校内にチャイムが鳴り響く。今まで話していた生徒たちは一斉に自分の席に戻った。担任が教室の前の扉から入り、教卓の上に出席簿を置く。
「はい、席に着けー。ホームルーム始めるぞー」
いつもと変わらない高校生活が今日も始まった。