第二話 電車内の雑談
次の駅に到着して、扉が開く。電車に乗っていたサラリーマンのほとんどがこの駅で降りる。ここでも、颯太と同じ高校の生徒たちが乗り込んでくる。
なので、電車のほとんどが高校生で埋まるのだ。
「よっ、颯太」
颯太の背後から声をかけ、右隣に立ち吊革を掴む。颯太はそれが誰だか分かっている。
いつもこの駅で電車に乗ってくる、颯太の数少ない友達、砂川泰斗だ。
モデルと言われても疑わないほど爽やかなイケメンで、女子からはカッコいいとよく言われているらしい。
「朝から澄んだ顔してるな」
「颯太は憂鬱そうな顔してるな」
「砂川がおかしいだけだ」
「ひどいな」
颯太より身長が高く筋肉質な体つきをしており、その体はバレーボール部で鍛えられている。
「そういえば、今朝は彼女が近くにいないんだな」
「あー、ちょっとすれ違いがあって距離を置かれてるんだ」
「彼女持ちは良いよなー」
颯太には彼女など出来たことがない。恋をする事など、この先あるのだろうか。
「俺も色々大変なんだぞ、これでも」
「どうせ、少し経てば仲直りしてるんだろ?」
「まぁ、そうだな」
苦笑いをしながら答える泰斗を颯太は呆れたような目をして見ていた。
「その青春を半分貰いたいくらいだ」
「颯太にも彼女はできるって」
「生憎、僕にそんな伝手はないんだ」
「前、好きになった女子いたって聞いたけど」
「それはそれ、これはこれだ」
なんとなく誤魔化そうとする颯太。
「なんだそりゃ」
泰斗が少し笑う。電車が少し揺れ二人とも手に力を入れる。
「なぁ、あれって」
泰斗が一枚のポスターを指差す。ポスターの全面を飾っているのはグループアイドルだ。デビューしたてだが、今一番勢いがあると言われており、コマーシャルにも引っ張りだこなんだとか。
「そういえば、テレビで見たことあるな」
「たしか、スポーツドリンクのコマーシャルに出てた気がする」
ポスターを左から順に見ていく颯太。ふと、右端のアイドルに目を止めた。
「あの一番右の子可愛いな」
綺麗な茶髪のロブで、弾ける笑顔がとても印象的だ。センターではないものの、ファンからは人気がありそうだ。
「俺も同じこと思った」
「それは浮気を僕に公表してるのか?」
颯太が少し茶々を入れる。
「そうじゃねーよ」
泰斗はさらっと流し、話を続ける。
「アイドルって大変そうだよな」
「そりゃ、それなりには大変だろうな」
「ファンの為に笑顔でいたり、発言とかひ気をつけないといけなかったり、俺だったら途中で投げ出したくなるね」
「その人がやりたいって思ってやってるんだし別に良いだろ」
二人が話をしているうちに次の駅に止まった。乗り降りする人が少なく、電車はすぐに出発した。
「そういえば、今日シフト入れてるか?」
「僕は入れてないな」
「丁度いいな。今日は部活もないしどっかで遊ばね?」
「あー、今日は無理だな」
「なんでだ?」
「今日、晩ご飯の材料買わないといけないし、作らないといけないからな」
「そっか、じゃあまた今度」
少し残念そうに泰斗は言った。
「遊べないなら何しようかなー」
「彼女の機嫌でも取ってればいいんじゃないか?」
「そうするか」
颯太は冗談のつもりだったが、間に受けられてしまったらしい。
「具体的に何があってすれ違ってんだ?」
「あー、夏休みのデート場所で揉めたんだ」
「それは、僕に喧嘩を売ってるっていう事で合ってるか?」
「颯太が聞いてきたんだろ?」
「幸せ野郎だな」
茶々を入れるように嫌味を言う颯太。
「なんて答えたらいいんだよ」
「僕が笑えるような理由だったら笑って終わってただろうな」
「颯太は笑いながら嫌味言ってくるだろ」
颯太は少し笑いながら外の景色に目をやる。変わらず住宅街が見える。
周りを見てみると女子高生のグループがやけに盛り上がっている。スマホを見せ合って何をしているのだろうか。
「今時の女子高生はよく分からないな」
「急にどうしたんだ?」
「スマホを見せ合って何が楽しいんだ?」
「んー、お気に入りの画像を見せ合ってたりするんじゃないか?」
「そんなの何が楽しいんだか」
小声で小馬鹿にするように呟く。
「颯太はスマホじゃないもんな」
「今朝、妹に今時スマホ持ってない人は原始人だ、って言われたな」
「そんな時代になったんだな」
「僕は旧石器時代にでもいるんだろうな」
時代は新石器時代のようなものなのだろう。スマホが当たり前だという時代なのだ。
ガラパゴスは時代遅れなのだ。
「僕は電話とメールさえできれば何も不便じゃないけどな」
「俺もその二つがあれば全然平気だな」
「時代の流れはすごいもんだ」
「そうだな」
しばらく沈黙が続く。電車の揺れや周りの話し声がよく聞こえる。
「なぁ、颯太が前好きだった女の子って、どんな子だったんだ?」
「唐突だな」
「さっき話してただろ?」
「あー、誤魔化したやつだな」
颯太は少し嫌な顔をしながら答える。
「それで、どんな子だった?」
「前に少しだけ話しただろ?」
「そうだっけ?」
泰斗はとぼける様子で言葉を返した。わざとかどうかは分からない。
「覚えてないのかよ」
「政治家で言うところの『記憶にございません』だな」
「仕方ないな」
颯太は呆れた顔をしながら話し始めた。