証言:アードルフ・ウォーフル 1
この世界が前世で好んでプレイしていたゲームだと気付いたのは、俺がとある女弓使いに妊娠を告げられた時である。
俺の嫁は真っ黒い短髪で、ぞくぞくするような切れ長の青い目。薄い唇が、何の柔らかさもなく引く結ばれている。容赦なく敵方の大将ばかりを射貫いた。そんな情け容赦のないかわいい女だ。
正直に言えば一目惚れだった。まあ、ぶっちゃけ彼女は戦争中の敵国の一兵卒だったんだけどな。死んでた中に俺の友人はいないので関係ない。
場所を変えずに射るせいと、ばたばた倒れていく味方のお陰で位置は割り出せた。戦の混乱に乗じてささっと攫って、暴れる彼女を嫁にしたのだ。
たまたま出会って話が合ったお偉いさんには、指定するだけ敵を討てばいいよとお墨付きも得ていたからな。条件は文句なく達成できて、無事に敵国の兵士をわが家へ迎え入れることができた。
当然何人かには睨まれたが、元より槍働きだけで成り上がった身。どうだっていい。何か煩わしいことがあれば、また槍だけ担いで出ていくだけだ。
……しかしこんなふざけた馴れ初めと言うのに、割れそうな頭の痛みに、その場でうずくまった俺を介抱してくれたんだから出来た嫁だ。おかげで前世俺が何者かだったかなんて、かなりどうでもよくなってしまった。
この女の胆力であれば、俺の首を取って、母国に帰るのも出来たろうにな。
しかし、そう皮肉を口に上らせる前に、俺の口をついて出たのはただの懇願でしかない。
俺は、さらってまで求めた妻の最期を知っている。
「頼むからクローニャ国の為に死ぬなよ、サルファ。有事には俺たちのガキだけ連れて逃げろ。いや、俺のガキを育てるのが苦痛ならば、捨て置いても、他に預けたってかまわん。………死ぬな、死んでくれるなよ」
額にあてられていた、冷たく、それでも柔い手を捕まえて握りしめた。一瞬怯えて跳ねた指先が、おずおずと握り返してきたせいで、言わなくていいことを言ってしまったと思う。
「お前をあいして、いるんだ。……それにお前が応える必要はないがな」
RPGゲーム、『クレイクラウンファンタジア』。
古い、古いゲームだ。登場人物は荒いドットで何となくしか顔が分からないし、実写のような粘土細工で、悪夢かよと言いたくなる造形の精霊と神々が描かれている。
物語としては王道も王道。呪詛に満ちた世界を恐怖のどん底に突き落とす魔王を、主人公が倒しに行く、という筋書きだ。
ふんわりとした世界観に、たまにボディブローのように重たい設定がはみ出すスルメ系おつかいゲームである。
魔法もアイテムも恐ろしいほど数があって、コンプリートするには一度のクリアではまず不可能というのに。データもふっとびやすいハードに何度涙を呑んだことか。
一風変わっているのは、無敵の魔王の牙城を崩すため。まともに魔法を使うには『見えない主人公』が『しんわ』を創造しなければならない部分だろう。
『しんわ』の素を、人を助けて、厄介を解決し、敵を倒して、新しい何かを見つけることで手に入れる。それを『神々』と『精霊』に練り込んで、新しくうつくしい、強い魔法を創り上げていくのだ。
最終的に、生み出された魔法により魔王は退治され、世界に平和が戻るのだが。そこで飽きて、早々にコントローラーを置いたプレイヤーは幸運である。
おつかい系ってのは、ゲームに慣れれば慣れるほど、新しいクエストを見つけてしまうものだ。そして達成しないといけない使命感にかられたが最後だった。
このゲーム、周回する程に新しく知りたくなかった事実が浮き彫りになる。
自分は何のために戦ってしまったのかと、自問自答してしまうRPGだったのだ。ぜってぇこのゲーム作った奴らは性格がねじ曲がっている。
何せ魔王は元々はフランという、一人の人間である。もっと言えば、最初に乗っ取られたとされるクローニャの第2王子であった。
かつて大国に挟まれた小国クローニャは、呪詛研究にはうってつけの材料にしか過ぎなかった。言うなれば隣接する国全てから、緩衝材…いやサンドバックにされていた訳だ。
寄ってたかって他国侵略の為に生み出された呪詛をかけられ、あっという間に国は絶えた。しかし恨みを呑んで死んだ人々は次々と怪物に変じて、魔王となったフランの号令で復活を果たした。そこかしこにある呪詛を吸い、無尽蔵に増えながら、国々を弾圧していたのである。
彼らを化け物にした国々に救済を懇願された主人公は、その特殊能力でもって魔王を倒さなければならない。
周回する程めでたし、と言う言葉も、喜ぶ人たちからの礼も上滑りするし。主人公が知る事実が増えるほど、もの悲しいEDにシフトしていった。最初から最後まで何もかも諦めたように気怠い魔王を、どうにか殺さずに済む術はないかと、あがいてしまうゲームでもあった。
なおそんな術はなかった。尖った芸風が災いしてか、制作会社が倒産して続編どころかリメイクすら絶望的なので、おまけ要素的にも魔王フランの救いは全くないままである。
コミカライズ?ノベライズ?ゲームシナリオより増えた画面と文字数は、両方とも世界に魔王の真実を広めようとした、主人公の処刑描写にあてられてたよ。この野郎。
……さて、もうお気づきだろうよ。俺はそのゲームの、よりにもよって魔王側の登場人物に成り代わってしまったらしい。
それもかつてクローニャ四天王と呼ばれたきゅうこくのしし、アードルフ・ウォーフル。
白髪金眼の獅子のような顔、粗暴な振る舞いの、槍を使う筋骨隆々の偉丈夫である。主人公と敵対し、意味深な言葉を残して死ぬだけの男だ。
この男は主人公と同じ全く『見えない』が故に、新しく凶悪な魔法を作り出せるラスボス手前のボス、『くるいじし アンリエ・ウォーフル』の父親だった。
見た目女豹のかなり露出の激しい魔族アンリエ・ウォーフルは、過去に母を亡くすきっかけになった人間どもを侵略する魔王フランに心酔していた。よくいる便利に使い捨てられる女キャラだ。
行く先々で民を苦しめ、主人公たちを翻弄し、呪詛でもなんでも使って彼を守っていたのに。主人公を仕留めきれなかったせいで、どうせお前では無理だと分かっていたさと。辛辣な言葉を投げかけられて死ぬキャラだった。
あんだけ自信と気品と誇りに満ち溢れていた悪役アンリエだったのに。
丁寧に献身を踏みにじられて、すすり泣きながら許しを乞い、砂のようなエフェクトに紛れて消える最期。
裏事情を知り、魔王に肩入れしたいプレイヤーですらも、ちょっとこれはと悩まされた。
「うー……むっ、ぶぶぶぶ……」
生まれ変わる前の記憶は、ゲーム以外の記憶は曖昧だ。元は平成を生きた、という記憶だけはあるものの、それで死ぬほど悩まずに済んだのは、今が楽しくって仕方ないからだろう。
今のところゲーム通りに進んでいるから、状況は絶望的だけどな。
…………まあなんだ。王になったなら大陸統一って憧れるよな。その手段が安易にできる呪詛ってのがいただけねぇけど。そして他国を実験台にする神経は称賛ものだ。
どうも、戦争にたずさわる人間ってのは、どんどん兵器の威力を強くしたがる。程よく調整したら、敵が反撃してきそうで恐いんだろうな。だが、それで土地まで死滅したら意味がないだろうに。
「あー……っぶっぶぶぶぶ」
戦争が進むごとに、魔法も廃れ始めた。元はもっと気楽に使えていたようだが、今や呪文でマッチ程度の火をつけるのも難しい。
誰もかれもが魔法を使えなくなるまで忘れていたが、魔法はあくまでも人々によって神話が語られ、敬意と信仰により力を増した神々からの施しに過ぎなかったのである。
あれだよあれ。どんなゲームでも、惑星を落としたり、最高火力で焼き尽くすような呪文を使っても、敵と一緒に魔法を浴びたはずのフィールドって一切傷が残らないだろ。主人公側にだって、何故か一切被害は出ない。
ここら辺が、今の現実に反映されている。
案外神々も精霊も良心的で、そうなって世を乱さぬ程度に、威力は抑えられていたとは気付かなかった。まあ、人が死ぬほど自分の存在を証明するものが減るから、と言ってしまえばそれまでだが。国同士の戦争では一切大規模な破壊魔法の力は借りられなかったから、山河は荒れ果てずに済んだのだ。
じゃなきゃ戦争なんて、わざわざ武器持ち出さなくても、魔法使いだけでいいもんな。それで物足りなくなって、神々に背を向けたのは、むしろ人間側だった訳だ。直接剣を交えずに相手国を手に入れたいからと、呪詛を研究するようになったのが悪いんだよ正直な。
他国は魔法に見切りをつけたが。うちの国はむしろ、クライト王太子が呪詛に倒れてから、魔法によって解呪できないか研究を始めている。
しかし元々呪詛なんて存在、魔法が使えていた頃合いにはなかった。ろくな魔導具も使えない現状では、きっと間に合わないだろう。新しい魔法でも作らない限りだけどな。
「ふおう!」
呪詛研究に皆かかりきりになったせいで、誰も精霊と神々を気にしなくなった。彼らは人からの信仰という供物もなく、どんどんと力を無くして、出来損ないの粘土細工にしか見えなくなったのだ。そしてみすぼらしい彼らに、より信仰は離れていく悪循環だ。
原作を知っている俺の目にだって、精霊なんぞ色の悪い油粘土でむりやり捏ねた顔しかみえない。
「ぶぶぶ」
「はぁああほっぺたぷにっぷにじゃねぇかよどうなってんだ国宝か……?何でこの世に携帯がねぇんだよふざけんなよ」
「旦那様、お言葉が」
「おっと」
紹介しよう。先程から書類仕事をする俺の左腕に腰掛け、肩を顎置きにばぶばぶ言っているのが俺の娘、件の悪役アンリエ(1歳)だ。
あのゲームでは魔王に心酔した『くるいじし アンリエ』は、ドットでもわかる巨乳の圧と、ビキニアーマーの女豹と言った出で立ちだったけど。
今の彼女はふわふわした猫っ毛と、金色の三白眼が何となく子猫みある赤ん坊である。完全に妻に似た息子と違い、顔はもろ俺に似たけど。幸い厳つい俺と違って、パーツに女の子らしい丸い感じがあった。つまり超かわいい。……かわいい。
俺の苦悩はどこ吹く風で。なんかさっきから肩に噛みつきながら、ぶぶぶぶってやってる。シャツによだれがしみこんでいくのを感じる。抱っこが嫌なのかと思ったけど、小っちゃい手はしっかり俺のシャツにしがみついていた。何したいのか意味わかんない。娘かわいい。
最初こそ、名前をアンリエにしないように、とか小手先の解決を考えていたんだけどな。アンリエが死んだ母親の名前だと、妻に悲しげな顔で呟かれたらもうしょうがないだろ。彼女を一族の墓参りに行けなくしたのは俺だったしな。
おまけに妻がこの一ヶ月で最高のほっぺた、だの。過去で最も優れたあんよ、だの。どこぞのワインのレビューの如く、小まめに娘の成長を知らせてくるのが何もかも悪い。事実かどうか確認すべくゆりかごを覗く度に、おちょぼ口になってなんか言ってる赤ん坊に、父としての威厳は秒で溶けたと言っていい。
今や書斎で娘の世話をしながら仕事を片づけ、毎日のように息子にせがまれて剣を教えている始末である。
ああ、こんな幸せでいいのか?毎日城に行かなくていい木っ端男爵でよかった。無駄に筋肉あってよかった。そして厳ついライオンみてぇな顔を、全く怖がらない息子と娘で本当よかった!
3つ上のわんぱく息子ドミニクが、相当かわいくて仕方なかった時点で覚悟は決めていたんだ。でも娘ってこんなかわいいもん?ただ小っちゃくて舌が回らないだけで、なんでこんなかわいいの?筆舌に尽くしがたいんだけど。正直俺の血だけじゃ成せる業じゃない。無理。
こんなこと絶対引かれるから、妻に言うつもりはなかったんだが、正直口もゆるゆるだ。
うっかり聞いてしまった妻には、顔をしかめて背中を叩かれたけどな。ぺちぺちとしか音が出ないのもかわいい。
お前本気出したら俺でも締め落とせるだろ。照れ隠しだって知ってんだからな。原作でだって、呪詛はかけた本人を殺した方が早いと。他国の人間である自分は呪詛による影響を受けていないからと。一人で飛び出して、死んでしまったお前だものな。
「……呪詛は、こえぇなぁ」
「ですが諦められんのでしょう」
「当たり前だろ」
いつクローニャが呪詛に浸されるか、原作では明らかにならなかった。主人公に秘匿された都合の悪い情報なのだから当然だが、それで諦めるつもりはない。
俺はウォーフル家の人間が、この先百年だろうと幸せに健在で過ごさせる野望があるのだ。
差し当たっては、アンリエの能力が王家にばれないようにしなくては。
「なあアードルフ。お前の娘、俺の息子の嫁にしてみない?」
「いやだよばーか!」
だというのに、何故こんなことになってしまったんだ。