さよならを心待ちにしておりました
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あっ…雰囲気に浸ってぽえむってる場合じゃないよ。現実見て!やばいことおもいだしちゃった!
そうだ、そうだよ。ブローチ、かなり使い込んでしまったけど。返した方がいいかもしれない。
だってもう、フラン様お相手がいるんだよ!それも超美人かつ敏腕な商家のお嬢さん!
幼少期の誕生日祝いと言っても、婚約者としての贈り物だよ?
そんなのつけてる女が。……ほぼ直接会うことはなくなるとは言っても、フラン様がいる城勤めだ。絶対嫌な気分にさせてしまう。
あっぶない……今気づいて本当によかった!時間が経つごとに言い出せなくなるところだった!
なんかもうブローチ、メイドのカロンが工夫してくれて、最近では髪留めにしたりと、常につけているのが普通になってたんだ。
フラン様の言うことを真に受けた訳じゃないけど。たまにコーディネートの問題で違うアクセサリーをメインにつけてると、婚約破棄したので?私にもチャンスはどうとか、でとんでもなく鬱陶しいのが湧くんだよ…!蚊遣り煙を焚いてやろうか……!
そんなに私に隙が……いや、違うよね。
色々出尽くした感あるけど、もしかしたら出涸らしくらいは役に立つかもしれない私だ。それだけ私が、フラン様の名前に守られていたんだ。
「ふ、フラン様!少しだけ、お時間を頂けますか…!」
「どうした、アン?」
秘密の部屋からの帰る時は、道を覚えないために、いつも違う廊下を辿る。細い廊下だ。周囲はまだ入り組んで、誰もいないかなり離れた場所に護衛が控えているだけだ。
ぱち、と胸元に留めた橙色は、日光で変色でもしたのか。あの日よりも濃く、深い色合いだけど。きらきらした美しさに変わりはない。
立ち止まったフラン様に、そうっとブローチを差し出せば、心得たように手袋を嵌めた手が受け取ってくれた。
懐かしいな、と指先で弄ぶ。そうしていつものように、気怠そうに笑った。……悪い笑顔だ。
「役に立っただろ?」
「ええ、いつも守ってくださいました。これからは、一人で立ちます」
「………それが、できるとでも?」
厳しい言葉に身がすくむ、ということはない。覚悟は当に決めていたからだ。
「はい!フラン様が、いつも励ましてくださいましたから!」
じゃなければ、とうに面倒くさくなって、適当に死んだことにでもして逃げていた。
ヤバい連中から身を守らなければという目的が、得た知識を活かしたいという目標に変わって。
……どんな形でもいい。この方を少しでも支えていきたいと思えるようになるまでは、かなり時間がかかってしまったけど。
フラン様がそうかよ、と深く息をついた。いつものように、撫でてくれようとして頭の方に伸びた手も、今日が最後だ。そう思えばこみ上げるものがあって、誤魔化すように目を閉じた。
「なのでこれからはフラン様と、アマルカ嬢の幸せを、一家臣として全力で応援しますね!身分で二の足を踏んでいらしたのでしたら、私の養子にするという手もありますから!!」
「………はあ?!」
そう、私が警備面の問題で通えなかった学校に、フラン様は通っていたのだ。まあ、王子としての仕事もあったから、かなり出席日数は少ないけれど。
その学校は本当に実力主義で、市民、農民問わず、能力さえあれば通える学校だ。
……その高等部から彼を支えるように。彼と同学年である、市民のアマルカ嬢がつかず離れずいるのを知っていた。
アマルカ嬢、ほんとにきれいな方なんだよ。すっと切れ長の目元、長くてまっすぐな黒髪、大理石でも削って作ったの?ってくらい端正な顔をしていた。
彼女、有名な商人の家のお嬢さんなんだけど。昔からキャラバンと一緒に方々を旅していたらしい。弓の名手で、そこに魔法も応用できた。前線に立って戦えるほど能力がある。
近くにいることが多い彼らは、人前で無闇に言葉を交わすことはない。しかし学生の身分と言えど、彼らは大変な実力者だった。国の有事とあれば、騎士によって真っ先に現場から遠ざけられる私と違って、必ず2人が解決に打って出る。
危なげなく事件の解決を重ねるうちに、背中を預け合い、わずかに絡む視線だけで思いを読み取れる彼らこそが、絆を深めた恋人であると。自然な成り行きで周囲は認めていたのだ。
それは、2人がたえまなく市民のために骨を折り血を流しながら、培ってきた信用に他ならない。
老若男女問わず、彼ら2人の恋を許してはくれないかと、私に言いに来る人は多い。
私という婚約者があるのに、噂になるほどの彼ら2人の仲を、憂慮していると伝えてくる人もいたけど。そもそも私が口出しできる立場にないと、話せないのは歯痒かった。
幼くして厄介なのを押し付けられたフラン様に、好きな人ができたのが嬉しいのは私も同じなのに。流石に表立って応援できないのだ。
なにせフラン様が直接見出した方だし、私もアマルカ嬢とは商品開発の関係でよくお話しする仲だから、人となりも能力も多少なら知っている。あんなに肝が据わった、フラン様に追随できる程に、能力的にもずば抜けた人は見たことがない。きっと、フラン様を助けてくれるだろう。
アマルカ嬢の家柄など、貴族の養子にでもなってしまえばどうとでもなる。いざとなれば、冗談のような経緯で伯爵となった私が反対を蹴散らし、後見人となる覚悟もしていた。
そうでもなければ、これまで私につき合わされた、フラン様が報われない。
アマルカ嬢とのうわさが聞こえてすぐ、絶対に彼の恋を成就させてみせると、陰ながら誓っていたのである。
やっと婚約破棄が決まって、本当によかった。
本当に、フラン様は素敵な人なのだ。彼がかけてくれる親愛を勘違いしないで済む前に。……迂闊な私のせいで散々迷惑をかけたフラン様を、無事なまま、本当に彼が愛する人の元へと送り出せる。
これまで私こそが第2王子の婚約者であると周囲へ偽るためだけに、彼の時間と国の税金を割かせてしまった。
私自身、迫る危機から胃を病みながらも、彼の為に守りの魔法を紡いできたけれど。正直役に立てたという自信は全くない。王子たる彼は国の正式な魔法研究機関が守っていたし、彼自身がたいへん鍛え上げられた剣士であったたたたたた!!
「なるほどなぁ……どうりで」
酷く呆れた様子のフラン様に、めっちゃ頬っぺた摘ままれた……!
え、え、なんか変なこと言った?
「わかった。お前ならその状況じゃ、略奪よりも身を引く方に行くよな!だからこそ気をつけてはいたんだが………だがなぁ。お前に余計な事を教えたのは、お前が俺より信じたのは、誰だ?」
「へ、ふ、ふらんさま」
「まあ今更手遅れだがな」
かん、かん、かんと。甲高く3つ。
城にまで響く鐘は、たしか、処刑を知らせるものだ――。
え、誰が?
「始まったか」
「………え?」
「言ったろ?もうあんな目には遭わねぇってな」
なんか物騒な話が始まりそうでしょう?
でもこの時私、フラン様が愉快そうに笑うのに見惚れてた。
いつも疲れたような垂れ目の彼が、こんなに朗らかに、心底嬉しそうに笑うのは、正直希少だったのだ。
すり、とフラン様の指先が、私の手を捕まえて、肌を這うように指をからめられ、た?
事実を認識して、ぶわ、と顔に上った熱に、思わず悲鳴を上げた。
悪戯っぽく笑うと、ことさら威厳を含ませてフラン様は言う。
「ウォーフル伯爵!」
「は、はい!」
「お前。王妃になるつもりはあるか?」