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対岸からでも見ていられない

◇◆◇◆◇


「そもそも、フラン様にあんな無礼な口を利く人とは一緒になれません……」


綿密に計画を立てて、始末する前提で結婚できればいいけど。あの人の言動からすると、最低でも新婚初日に刺さなければ、きっと本懐が遂げられない。


仮にでもフラン様の婚約者だったんだ。無様に失敗して、私が名前を汚すことはしたくない。


「アンリエも大概フランが好ぶっ……ぶっふぉ!」


「おう兄貴、腹減ってんなら黙って食ってろ」


ぱあん、と小気味よい音を立てて、苺のタルトがクライト王太子殿下の口に叩き込まれた。


相変わらず御兄弟で仲がいい…いいことだ。うん。この部屋以外ではやらないしね、流石に。


「アン、この前教えてくれたこのいちじくのタルトは本当においしかったわ!料理長がちょっと手を加えてみたんだけど、食べてみてくれない?」


「わ、かわいらしい!いただきます!」


悶えるクライト王太子を余所に、凪いだ顔で王妃様が新しく来たケーキを勧めてくれた。


うつくしい絵付けの皿には、色んな果物の小さなタルトを、更に美しく見えるように並べてある。お薦めのイチジクのタルトは、細かく砕いたナッツも飾られておいしそうだ。


早速手を伸ばそうとしたら、フラン様がいちじくのそれをさらって、当然のように私の口元に寄せられる。


「……ふ、フラン様、あのですね。お、行儀が」


「おう、手が疲れるから早く食えよ」


そっと窘めたら、お前は何を言っているんだ、という風に普通の調子で急かされた。


催促するようにむにむにと唇をタルトでつつかれる。


なんだろうこれは私がおかしいのか…?


普段何か起こるまでは気怠い顔でテンションも一定な人なので、マジなのか冗談なのかちょっと判別がつかない。ただ食べないと、この人が満足しないだろうことはわかる。


でも国王夫妻の前ですよ…?行儀が悪いというか、普通に不敬では……?


恐る恐る様子をうかがえば、おふたりとも急に天井の漆喰で固めた百合の花が、何本はりついているのか気になったらしい。こっちを見てすらいない。


兄王子に至っては、先程フラン様に突っ込まれたタルトが、変なとこに入って盛大にむせてる途中であった。


あ、これ食べないといけないやつですね。大丈夫空気は読む。よほどのことがなければね。


「い、いただきます……!」


「召し上がれ」


小さなタルトを一口でいくか、数口に分けるかを死ぬほど迷った後。意を決して半分かじりつけば、満足そうに笑った顔はかわいい。でも味がね、全く分からないの!助けて!


咀嚼して嚥下するのを待って、また寄せられたそれに口を開けたけど。


元々小さいタルトの半分、指に触れてしまうのでは、と躊躇してたら遠慮なく口に押し込まれた。とどめのように閉じろと言わんばかりに唇を撫でていく。


「ウォーフルお抱えの料理人には世話になってるが、城の料理人も捨てたもんじゃないだろ?……味は?」


「お、いしかったです……」


「よし」


そう言って満足そうに笑う顔、好きですけどぉ!フラン様、たまに結構天然だよね……!


いや、元々は周囲に婚約者だってはっきり分からせるために、仲睦まじく、って名目で触れることはあったんだけど。


何か、本当に年々こう…むしろ外ではやっちゃいけませんよレベルになっているのは、早めにどうにかしなければ。だってもうそのね、名目すら今さっきなくなっちゃったからね。


さては婚約者っぽく振る舞うの癖になってるな?この部屋から出たら、ちゃんと駄目ですよ、って言えるようになっていないと!主君に悪評を立たせないのも家臣の務めだ。


「だが、連中も最近は顔見せてないんだろ?」


「はい!私が大学に入ったら、実家の方にも押しかけてこなくなったので……」


あれは気持ち悪かった。まず朝起きたら、警備を厳重にするのが日課だったのに。以前はなにがしかの呪詛が張り付いていたのも、いきなり綺麗になくなったのだ。


一体何が、と家族ともども首を捻ったばかりである。ただ、嵐の前の静けさであるとは、家族全員一致した見解だった。きっとろくなことが起きないと、これまでの経験から分かっているのだ。


「しらっじらし……わかった。兄ちゃんの小指は労わってくれおとうっとァー!」


甲高い悲鳴が上がる。兄弟のじゃれ合いは今日も激しい。


クライト王太子殿下は、口でも腕力でも余裕でフラン様に負けるのに。いつも果敢にからかうので、人目がなければ稀によくある光景だった。


「やべえ奴だったからな。流石にお前が連れ込まれた時は肝が冷えたよ」


そう。その後私を襲撃して月の教会預かりとなったイケメンは、女神からの神託があったとより私の身柄の確保にこだわるようになった。教会の近くにある実家への襲撃など日常茶飯事である。だからよく兄に剣を抜かれ、母にも射られていた。まあ到達する前に大抵父の防衛魔法にやられていたけど。


他の教会からも睨まれているし。幸いなことに、何人もいる月教の高位神官はまだまともな人が多かったようで、私を巫女にさらうのは事前に大反対を受けたみたいだけど。


諦めの悪い男は、今度は私と結婚したい、と言い出した。まあそこに愛はないし、巫女にするためでしかない。


一回諸事情で、どうしても私が直接教会に行かなくてはいけなかったんだけど。誰か磔にする祭壇しかない部屋に、引きずり込まれた時はどうしようと思った。


その教会に行くなら必ず声をかけろと。フラン様が派遣してくれていた騎士たちが、すぐに踏み込んでくれて事なきを得たから情けない。


その頃には、結構自分でも対応できるようになってきたとうぬぼれていたから余計にだ。


本来、私が貴族としてフラン様をお守りすべきなのに。思い返せば世話を焼かせてばかりだった。


「………いや、その点で言えば一番傍にもっとやばいのがいっ……!!!」


「安心しろ。もうあんな目には遭わせねぇよ」


「フラン……兄ちゃんの足の小指がだいじょうぶじゃない……」


「折れてもいずれ生えるだろ」


「ねーよ!ばーか!」


「喧嘩しないの!」


「お前たち……いい加減大人にだな……」


……国王一家、この部屋から一歩でも外に出ると、本当に、本当にちゃんとした人たちなのだが。家族だけだと本当にリラックスしているなぁ……そこに私が混じるのが大変恐縮……婚約破棄したのに態度を変えないとか菩薩かな……?


うちは兄ひとり、弟ひとりだけど。合間に手のかかる私がいたせいか、比較的つき合いが穏やかだから、ここまで遠慮のない間柄と言うのも珍しく見える。


思わずこらえきれずに笑っていたら、フラン様が送っていこう、と手を取ってくれた。


「もう話は済んだ。ここにいると、いい加減兄貴がうるさいしな。……いいだろ?父上」


「ああ、構わないよ。いいかい、フラン。アンは私たちの恩人だ。くれぐれも、無事に、送り届けるように」


「で、ですが私はもう……!」


貴方の婚約者ではない、と言えなかった。


剣だこのある彼の手は、いつも少しかさついて、温かい。かわいげなく育った私の手でも、あっさり隠れるほど大きかった。


そうか。もう、私が彼からのエスコートを受けることはない。この手に触れることもなくなるのだ。そう思うと、これまでが過分な扱いだったというのに、酷く寂しい気持ちになるから、人の欲は底なしだ。


「あ、待ってちょうだい!アン!」


「は、はい!」


そんな考えを見透かされたのかと思った。だけど猛烈な勢いで距離を詰められたかと思うと、そうっと優しく空いている方の手を握られる。


「いい?気を強くもつのよ?あと、自信をもってちょうだい!あの日の約束通り、生涯の伴侶は貴方が選んでいいんだから!その……詳しくは言えないけど、絶対に負けちゃダメ!私、貴方の事本当に大事に思っているの……後悔する選択はしてほしくないのよ」


「……はい!」


王妃様のお言葉に、自然と背筋が伸びた。


そうだ。もうフラン王子が駆けつけてくれることはない。ひとりでもちゃんとできるって証明しなくては。王家の力になることも出来ない。情けないところばかり見せた方々に、ちゃんと恩を返すためにもだ。


そういう覚悟を込めて頷いたのだけど、王妃様はなんだか悲しそうな顔をして崩れ落ちた。


「お、おうひさま…?」


「もう本当いい子なんだけど、私だって心の底から望んではいるけど、だけどなんだか手放しで喜べないの!何かが違うのよぉ……!」


「無理だよ。あれは完全に手遅れだ。もうアンはそういう運命なんだよ。変なのを避けても、よりおかしくてやばいのが寄って来るんだから。いっそ身内の強くてやばいのに任せた方が、僕らもアンを庇いやすいよ」


「え?え?」


クライト王太子が割と普通のトーンで気遣うのって、相当珍しいんだけど。いつも穏やかな王妃様まで様子がおかしいし。一体どうしたんだろう?


そもそも身内のヤバいのって何…?未だに独身のカルセドニーとかに嫁ぐのは、流石に避けたいんだけどなぁ。


「我々にはもうアンの先行きを祈ることしかできないのだよ、リージュ。腹を括ろう。せめて私たちは最後までアンの味方でいると誓っただろう」


「え、え?私、どんな方に狙われているんですか……?」


ってことは、これまで名が挙がったやばい奴ではないんだろうか。


今の盤石な体制になった王家すら手出しを躊躇するのって、誰……?


ぐるぐると最近あったやばい連中を思い出していると、フラン様が深々と息を吐いた。


そのままつないだ指先をするりと絡められたので、曖昧な考えなど跡形もなく霧散した。


「あんたらなぁ……放っておけば本当好き勝手言いやがる。……行くぞ、アン。つき合ってられん」


フラン様はいつもの気怠そうな顔だ。それでも迷いなく私の手を取って、何ともそれが当たり前のように言ってくれる。


私など、決して貴方と並び立てる人間ではないのに。


「……はい!」


今日だけだ。今日だけは、少しだけ触れているのを許してほしい。


詳しいことは、きっと父様に直接報せがあるだろうけど。私との婚約破棄が公になるのは、きっと明日以降の話だろう。


そうしたらフラン様の指先を、ちゃんとあの子の元に帰せるから。

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