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基本他力本願でやっていたから仕方ないね

◇◆◇◆◇

クライト様が回復したことで、薬草飴が呪詛祓いに使えると知れ渡り、ただでさえ高い砂糖が余計に高騰した頃の話だ。


王家が直々に砂糖を買い占める中、入手困難になった私は、素直に失敗したなー!とは思ったんだ。


早急に違う方法を見つけないと、定期的に甘いものが食べられない。市民に砂糖が渡らなければ、新しいお菓子も生まれない。娯楽の少ない中で、うちの料理人の料理が楽しめないというのは、私にとってはかなり由々しき事態であった。


まあ魔法に至るへりくつはともかく。飴を直接作ったのが、特に魔法を使える訳でもないうちの料理人であることに気づき、慌てて月とカモミールのドルエ紋を元に焼き鏝だとか型抜きだとかを作ったところ。ドルエ紋が入ってカモミールを練りこんである何かであれば、十分に効果があると証明できたから、程なくして砂糖の値段も落ち着いたけど。


「魔法って基準、がばがばでは…?」


「お嬢様がそれ言っちゃダメでは?」


「でもねぇ、ジャスミン。流石にどうかと思うのよ。焼き印一つで適当に魔法ができるって」


うちの唯一女性な料理人ジャスミンは、あー…ね!と言った反応だ。この世界に魔力がどうのとか、そういう話はないんだろうか。


精霊がどうの、神がどうのと言うけれど。手順さえ守れば、特に貴族でもないひと達だって魔導具を作れてしまうからがばである。


これまでの経緯から、魔法っぽく作れたら別に材料も何でもいいし、誰でもいいんじゃないかと思われた。


つまり工夫次第で研究費用を極限まで抑えることもできる。


それっぽく研究していると見せかけて成功しないでいれば、やっぱりガキのまぐれかと、徐々に興味と愛想を尽かせることも出来るのではないかと考えたのだ。


そしたら早急に独り立ちを勝ち取り、穏便に婚約も撤回できるだろう。あの勇気のある第2王子だって、こんな面倒な話につき合わされることもなくなるはずだ。


お世辞にも私の今世の顔も、手放しに美人とは褒められないし。立ち居振る舞いも上位の貴族として研鑽を積んできた方たちには劣るからね。この世界の平均寿命も短めなのに、貴重な時間使わせたくないじゃん?


と言う訳で、詳細はぼかして流石に私に王子の婚約者はちょっと、な感じの父に相談したら、あっさりGoサインが出たから。大手を振って、私は何も生み出さないために適当な研究を始めることにした。国からの助成金も、適切に理由をつけて断ったので、税金を無駄にすることもない。


でも王家はまた新しい何かを?と思ったのか、材料を真っ先に仕入れる交渉権はくれちゃったし。砂糖で儲けた商人たちも、新しい商売を見つけるきっかけになると思ったんだろうね。うちの国では手に入らない材料とかを持って来てくれた。タダで。返せるものがないから、まじでやめてほしいんだけどね。


とはいえ私は魔法を発展させるより、伯爵として領地経営に必要な知識だとか、社交の方を重要視していた。ビギナーズラック的におかしなのは作ったけど、実際に作業したの別の人だしね。一度の成功で魔法に将来を振り切る気はかけらもない。


それにどうも、魔法は他力本願と言う意識が拭えなかったというものもある。機械と違って、なんでそう働くのか全く理解が及ばなかったからだ。


周囲に話は合わせていたけれど、皆が見える精霊、とやらが私には未だに見えていないしね。妖精がいなくなったときに、どうする気でいるのかなとだけ思っていた。


まあお偉いさんの中には、他国をけん制するために兵器を作れと、しつこく言うやつもいたけど。フラン様が片端から丁重に蹴散らしてくれたの本当…本当にさぁ!かっこよかったんだよ!


婚約者だからって、警備は完璧にしてくれたから。狸爺共が寄ってきても、すぐに何らかの手段で逃がしてくれるのだ。おまけにその後必ず、2人だけのささやかなお茶会をしたり、王家の庭を案内してくれたり。アフターケアまで完璧だった。恐縮したら、婚約者だろってさ!


顔はのんびりしてるのに、中身は勇気があるし。どんな大人相手にも物怖じしないで、きっちりと場を締めるフラン様かっこよすぎでは?うちの王子様、最高なのでは?推す。


……話がそれた。


なので研究は基本片手間で、人を使ってやっていた。


呪詛の件も完璧にひと段落して、魔法がたしなみ程度になったうちの貴族には、割りとよくあることである。


でも何せ片手間にする研究だからね。


鳥の化身を持つとも言われる太陽神、その眷属の鶏から精を受けていない卵(無精卵)をさずけて頂き、太陽神の恩恵で実を結ぶに至った果実(旬の果物)と穀物(小麦粉)を、風と氷の精霊のお力も借りて凝固させた牛酪 (バター)を、火の精霊の力でいい感じにまとめ上げた、速攻で効く魔導具をね。私専用の料理人ジャスミンと目指していたけど。


そんな魔導具生成の過程でうっかりカスタードクリームをたっぷりつかった、ぴっかぴかのフルーツタルトだとか、バターをたっぷり織り込んだつやっつやのパイが失敗作として仕上がることもある。


これまでの理論的に、方向性は間違ってない気はするけど。全部特に効果がないおいしいお菓子になってしまったのは、私の不徳の致すところ。ジャスミンとも困ったねこれ、と言いながら消費するしかない。


まあ魔導具の研究って失敗がつきものだし。成功は失敗から生まれるものだから問題ない。だいたいね、これまでのように、都合よくピンポイントに毎度成功が続くはずがないんだよ。


個人的にはこの過程で薪なしで、持ち運んで使えるオーブンとかまど、冷蔵庫が生まれたし。バターを人的な負担が少なく量産できる方法が分かったから満足だ。新しいお菓子のレシピがいくつも生まれたからよしとした。


先立つものはいくらあってもいいかなと。あらゆるレシピの特許を申請したら、小金が入って街もお菓子屋が増えたし。商人もとりあえず元は取れたと思ったのか、今後もご贔屓にとまだ色々持ってくるしね。なんでだよ。


だけど一つだけ問題があった。


私はその当時5…6歳、くらい?当然一人で失敗作なんて処理しきれるものじゃないので、料理人のジャスミンどころか、家族と他の使用人も巻き込むしかなかったのは反省している。


魔道具としては失敗していたけど。幸い腕の確かな料理人が作って、一切れでも栄養たっぷりだから、食べた人はお世辞でも元気になったらしいから許してほしい。


でもいい加減試食につき合わされるのも辛くなったのか、自分に宛がわれた分を家に持ち帰りたい、と土下座で懇願してきた使用人もいたけど。


試作品まだあるよぉ…食べてよぉ…とワンホール捻じ込んだりもしたのは流石にやり過ぎだった。断られるかと思ったけど、仕えてる家のお嬢さんから押し付けられたら、表面上は泣いて喜んで受け取らざるを得ないよね。ごめんなさいね。


気を遣われて後で家族の病気が治ったとか、元気が良くなったとか言われたけど。ちゃんと話を聞いたら、全然栄養足りてれば何とかなる範囲だったからなぁ。


きっと、ジャスミンの料理の腕と、新鮮なフルーツの口当たりがよくて、食欲ない病人とか偏食なお子さんでも食べられたとかその程度だろう。何一つ根拠のある効果じゃないから、王家にもそれは伝えてなかった。


だけどあんまり魔道具が失敗続きだったから。


杏シロップでつやを出した、ナッツのベイクドタルト、という失敗をした辺りで、次はいつ失敗する予定だと。手帳を開いた父から、直々におしかりを受けるようにまでなってしまった。


時折母からも話を聞くのか、後で再度このレシピを検討してみなさいと指導を受けたりもする。


その後も反省を活かしても失敗した、クルミキャラメルのクッキーサンド(魔道具)を、ちょっと首都付近で忙しい父にまで送りつけはしたけど。子どもだから多めに見てほしい。


そんなことしながら6歳までは、本来貴族として必要な勉強と、申し訳程度の花嫁修業だけをして、魔法の事なんか忘れていたのだけど。


ドミニク兄様と家の庭で肝試しで遊んでいる時に、そういえば前世で悪いものを祓う系のあれ、あったよなぁっておもったんだ。


あのなん…なんだっけ製品名ど忘れした……シュッとする、消臭剤的な液体。うん。はい。もしくは油汚れには何でも効くせすきなんとかってやつ。


ちょうど魔導具研究のついでに、使い勝手のいい電子レンジっぽいのが出来たのはいいんだけど。日々の手入れの仕方が難しくて、ちょっと臭いうつりが気になりだした頃合いだった。


まあ香りがよくて、消毒と消臭ができて、日持ちするのがあれば一番だよね。魔導具にならなくたって、日常生活で使えるし。おっけー、変なものは出来ないでしょ。


そう思って、馴染みの薬屋にも声をかけたら、ちょうど暇していたらしい。のりのりで請け負ってくれた。一週間後にはちょっといい感じにいい香りの消臭剤が出来た。


作り方はよくわからない。しゅっとするスプレー的なのは、ガラス細工職人と、鍛冶屋がタッグ組んで作ってくれたのだ。


私も真面目に成分とか考える薬屋の横で、無駄に水晶屑を敷き詰めた盆に薬草を載せて、月の光に当てて一晩、とか手順に捻じ込んだ甲斐があったと言うものだ。


ここら辺の入れる必要ある?みたいな手順を、合理的に生きている一般人に説明するのがめちゃくちゃ恥ずかしかった。


結局貴族の界隈ではやるんだよ、と適当にごり押したけど。一応申し訳程度に魔法要素を入れないと、魔法研究としても認められないのだから仕方ない。


でも本当これすごいの。薬屋さんのセンスと嗅覚がすっごい。下手な香水とか目じゃない。ハーブとお花のいいとこどりしたみたいな匂い。爽やかで、むっとしたのもすっきりする感じ!ほのか微かで、嫌な臭いにならないし!レビューがくそ?知ってる。


上がったテンションのまま、照れる薬屋にまくし立てていると、薬屋の4歳の女の子が寄ってきた。


目をキラキラさせて、お姫様みたいな香りだと可愛らしかったので、ちょっと口が滑って大嘘ついたのは反省している。


使ったハーブが案の定カモミール(飴のせいで大量に育ててた)とかだったので、月の女神と、汚れを清める水晶の力も借りたカモミールで匂いをつけることで、女神が加護を授けてくださり呪詛が祓えるよ云々ってね。


信じちゃったんだよね。お嬢さん。


まさか信じるとは思わなかった。嘘でしょ、だいたいこの歳から、この手の話って鼻で笑うようにならない?純粋過ぎるでしょ。


意地悪い貴族の冗談を止めるかと思われた薬屋と鍛冶屋まで、神妙な顔で頷いていたから恐い。


アンタら月光と水晶云々の下り、一昨日までは腹抱えて笑ってたでしょ。特に報告なかったのに、現場で何か起きてたの?こわいなぁ!こうやって何が根拠かもわかんない、土着のおまじないと信仰って増えていくんだろうな~!


まあ人に作らせておいて消臭以外に効く訳ない、と思いつつも、近所の女神教会の壁にあった呪詛でついてる染みに、通りすがりに無許可でかけてみた。


そうしたらものすごい悲鳴と共に、綺麗さっぱりと染みが消え失せたから恐い。


だって布で拭くまでもなかった。かけたところから逃げ出すように染みがぶわっと飛び立って、そのまま通りに躍り出たかと思えば、日光を浴びて霧散したのだ。


その声に教会から猛ダッシュで来た年老いた神官に、逃げるべきか悩んだけど。


染みのない壁に気づいて、泣き叫ぶ神官はどう宥めても話を聞かない。足元で小一時間泣かれている間に、お昼ご飯の時間になってしまったから。仕方なく曖昧に微笑んで、残った消臭剤と、それを作れる店を紹介だけして逃げたのだった。


あとは何とかしてくれと、執事のトンプソンに目配せしたら、いいよって親指立ててたからね。多分何とかなったんだろう。世渡り上手でお茶目なおじさんだから、こういう面倒事の治め方がとってもうまい人なのだ。


もう情報を後出しするほど面倒なのも分かっていたから。早々に父様に報告して、早速王家にレシピを献上したところ、大変お気に召したらしい。


長年続いた国内外の呪詛戦争で薄汚れた国を磨くべく、早速量産することになった。


そのために新しい雇用も生まれてハッピー、ということで話は終わっていたはずなんだけど。


「月の教会からお前を巫女認定したいと打診が来た。明日には教会に来いと」


「ぴっ」


呼び出された父の書斎で、ライオンみたいな顔のお父様が歯をむき出しにして笑っていた。多分ロクでもない話だと思えば案の定だ。


巫女なんて全く嬉しくはない称号だ。つまりありがたがって拝命し、今後は教会で飼い殺しにされろ、を丁重に言い直されている。大抵、ちゃんと魔法じみたことができた人間が目をつけられるのだ。


名誉である、というより訳わかんない連中に頷くまで執着されると厄介なので。嫡男でもない子どもなんて、結構簡単に多額の支度金と引き換えに売られるんだけど。


お父様はにやりと笑って書状を暖炉に突っ込んだ。


「ウォーフル伯爵相手に随分な挨拶だなと丁重に断っておいた。もう二度と連中が、うちの門をくぐることはないだろう」


こん、と指先でつつくのは、父が独自に作ったえげつない効果の泥玉である。


大抵カルセドニーに用いられる威力のそれだ。登録された人物や組織の連中が勝手に潜り込んだら、自動的に攻撃の効かないゴーストじみたのが、侵入者を排除できるまで攻撃する。


あ、本気だなって分かった。


「お父様しゅきぃ…」


「父もお前を愛しているよ。でも、また魔導具を失敗したんだって?」


「ごめんなさいお父様!ちょっと理論が甘かったみたいなの」


「失敗はつきものだから仕方ないけどね……話は変わるが、トンプソンが良い紅茶を手にいれたそうだ。だからこの日の…この時間だけは、絶対にいつものように失敗してはいけないよ。ドミニクもお前も、この日は習い事が休みで大変ヒマだろうが、大人しくしていなさい。トンプソンも結婚記念日と言うから、何事もなく帰りたいだろうしね」


「……つまりその日は絶対に失敗してはダメなのね?わかったわ!ドミニクお兄様もせっかくのお休みですものね、気をつけます!トンプソンも記念日に気の毒なことにつき合わせたくないですもの」


「いい子だ」


頭を撫でられながら、元気よくお返事したけど。まあまだ両手で足りる年齢の子どもが、親の言いつけを守らないなんてこと、よくあるよね。


家族4人食べても十分な量どころか、執事にも消費を押しつけるほどの失敗を、よりにもよってな日にやってしまうことはある。まあ、お約束と言う訳だ。


言いつけられた前日に、計ったようにキッチンにたっぷり届けられた卵と小麦粉と砂糖とチーズとトマトに、自制なんて利くはずがない。


ジャスミンと嬉々として魔導具を試作していたら、執事のトンプソンにも家に持ち帰ってまで処理を手伝ってもらうくらい、失敗作を作ってしまったのは反省してる。


カスタード、チョコカスタード、ピザまんもどきと肉まんとか。


巷をにぎわす焼き印もしっかり入れたから、いい感じで白い生地に何が入っているかの目印にもなったし。商人の持ち込んだ大陸で用いられているという大きな蒸籠に、小ぶりの饅頭がみっちりと並んでいるのは壮観だった。


まあ案の定魔道具としての効果はなかった気がするけどね!今日もいい失敗した!


だけど熱い饅頭…んん!失敗作を処理がてらの家族とのお茶会は、大変楽しかった。


ドミニク兄様は、甘いのより肉まんとかピザまんの方が好きみたいだったけどね。筋肉がつきやすいように戦神のマーク入れたら、とっても喜んでくれたけど。休みの日だってのに鍛錬に行っちゃった。


商人が持ってきた、チョコレートを混ぜた新作のチョコカスタード饅も、はーとまーくの焼き印を入れたせいで変な効き方したらしい。


最初こそかわいいおいしい、と和やかだったんだけどね。いつの間にか熱く視線を絡めた父と母が寝室に消えて、数か月後に母が懐妊……かなり話が脱線した。


何の話してたっけ。そうそう、未だにしつこく結婚を迫ってくる神官のことだ。


この国は多神教の国なので、ほんともうあちこちに色んな神様の教会がある。そしてそれぞれが自身の神様が一番なので、異教徒に対する当たりが強い。


うちにある宗教の内、ちゃんとしているところなんて数えるくらいだけど。中でも月の女神を崇拝する教会は、最初こそマイナーで信徒こそ少なかったものの、本当にちゃんとしているところだったはずなんだけどね。だからこそやっかまれて、壁にあんな呪詛を貼りつけられたんだけど。


瘴気を祓うとされる女神(笑)という侮りを受けていたところに、しゅっとしたらぶわっと取れた。おまけに信仰する女神に類する植物の力によって。


何でここまでばれているかって、薬屋がレシピは固く守っても、作成者と由来に関してはがばがばだったのだ。少しでも話を聞きたいと縋った神官に、薬屋のお嬢さんによってあの大嘘女神譚がふきこまれたからだ。


善良な神官すら知らなかった、女神由来の伝承とその効能を正しく使える人間がいるのだと。教会の信徒たちにもこの情報は知れ渡り、もうあそこの家のお嬢さんは月の巫女じゃん、となったらしい。


身から出た錆ってこういう時に使うので用法合ってる?


大変感謝されてるけど、この国の貴族が何かの宗教に肩入れするのはほんとよろしくない。


法律を作って国家を運営する立場にある貴族と、呪詛が蔓延した際の心のよりどころとなり、市民と一部貴族の熱狂的な支持を得てそれぞれ口出してくる教会。


パワーバランス的に、なんかこう…本当に説明するのも面倒なことになるらしい。


まあ、実りを多くもたらす太陽神が一番人気だけど。人気が低いところでの、足の引っ張り合いが酷い。


月の女神は太陽神の妻、とも言われているのに。死の象徴がどうとかで、最近までちょっと貶められていたしね。


だというのに、この前の薬草飴と、今回の消臭スプレーで月の女神により助けられた人たちが、軒並み信徒になった。


安価で実益がある宗教にハマる。それは貴族も例外じゃない。


「貴方が私の母を救ってくれたのですね……!ああ、ああ、直接お会いできるなんて…!」


巫女様、と5…6歳?の私にひざまづくやべぇ人は、紺色の巻き毛に青い目の超絶イケメンだった。20歳くらいのだ。


……だけど、前述のとおり言動がちょっとおかしい。ぎしぎしと力を込めて握られた両手が、痛い。


「すべてを清める霧に当たり、我が家を蝕んでいた魔女はすぐさま事切れました!乗っ取られていた母も安らかに眠れることでしょう……!すべて、全て貴方様の導きによるものです!ああ、感謝します、月の女神の使徒よ!白き獅子よ!貴方がいなければ、私は狂う所だった…!お迎えに参りました、さあ、すぐにでも出発しましょう!貴方を祀る準備は整っております!」


前とかなり似通った状況だけど。以前よりも落ち着いていられたのは言うまでもない。


何せ場所は王家主催の茶会、当時すでに名目はフラン様の婚約者である私。


あとは分かるな?


「私の婚約者に何をしている…」


ぬるりとイケメンの背後から、槍の穂先が胸の前で交差した。


異変を察知してやってきた騎士の槍だ。離された手にこれ幸いと後退りすると、後ろから肩を包まれた。


地を這うような声に思わず背中が跳ねたけど。見上げればフラン様がいたので、すぐに緊張は解けた。


でも私が怯えてるのに気付いて、笑って抱きしめてくれたフラン王子って何歳?この時9歳?どうかしている。


白昼堂々の誘拐未遂に、またお前かといった顔をされつつ続々と騎士たちが集まってきた。毎度お世話になっております……!


「ふ、ふらん様!」


「大丈夫か、アン……貴様、よくも私のアンの肌に触れたな」


期間限定な婚約者だけど。フラン様はいつも大変優しい。綻んだ顔が、私の握られて赤く腫れた手にちょっと難しい顔になった。


すぐにあのイケメンに向き直るとか、フラン様の胆力はどうなってるんだ。だってその途端にひえ、とかイケメンに槍突きつけてる騎士たちから聞こえたよ。


でも気持ちは分かる。先程まで流暢に語っていたイケメンの形相が恐いからね。ぎょろりと目を見開いて、憎しみすら感じる目でフラン様を見ている。


いや、カルセドニーもそうだけど、どいつもこいつも不敬が過ぎない?


この方、たかだか子爵…じゃない。伯爵とはいえ、成り上がりの小娘に優しさが過ぎるいい王子じゃないか。かっこいいんだぞ、まだ小っちゃいくらいの歳なのに!


「………わたしの?」


あ、そこ聞いちゃいますかぁー!やだなぁー!気が引ける!


「婚約者だ」


見せつけるように肩を抱くテクニック、為政者教育に含まれてたりするの?なんか、年々威力が上がっているのは気のせいじゃないよね。


なおイケメンは月の女神の巫女に処女信仰的な想いがあったようで、この後槍も意に介さずに暴れていた。


何言ってたのかは知らない。すぐフラン様に目を閉じてるように言われて、耳は手ずから塞いでくださったからだ。


その後、詳細は聞かされてなかったが、呪詛が死んだ彼の母の皮を利用して好き勝手やってたらしい。それを間接的にどうにかした私が、彼の理想を外れる身になるのを極端に恐れたみたいだよ。知らねえよ……。


結局第2王子に対する態度が不敬どころの騒ぎじゃなくて、この後即座に連行されて、牢屋にいれられたみたいだけど。


裁判の場で月の女神の聖痕を示したとかで、無罪放免になったらしい。裁判官も月教会の信徒だったからだ。散々世話になっておいてあれだけど、ちょっと女神嫌いになりそうだった。


いや、女神が悪い訳じゃない。この国の司法制度が、個人の信仰で左右されるのがどうかしているんだけどね。というか、呪詛の対応に追われて、あんまり文化が成熟してないから仕方ないのかな……。


呪詛なんて国が死に絶えてもおかしくない戦争を一抜けできたのは、確実に月の女神の威光によるものだ。だけど、いくらなんでも月教会の連中が、司法にまで口出すのはおかしいでしょ。


正直腹が立ったので、この後から月の女神以外のマイナー神由来の魔導具も作り、全力で広告塔をしてやった。月教会の発言力をごりごり削ってやろうと目論んだのである。


心の広い神様達が、一体どこで聞きつけてくれたのか。根拠のない由来でも上手い事ノッてくれたから出来たことだ。


案の定私を巫女に、と言う連中は、あらゆる宗教で増えたけど。彼らはあくまで相いれない異教徒同士だ。巫女を共有するなんて考えもしない連中は、散々裏で殴り合いの末、私に関しては不可侵協定を結んだらしい。


あまり時をおかずに、私を巫女認定する、なんて話は全く聞かれなくなったのだった。

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