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証言:アードルフ・ウォーフル 2

結論から言えば、庶民から槍働きで身を立てた俺に、そも魔法など関わりすら薄かった。何とかゲームのイメージを元に、魔法を練り上げようとはしたが、不細工な粘土細工はぐねぐねと身をよじるばかりだ。しんわのもと、は流石にゲームのギミックでしかなかったようだ。


気ばかり焦っても、時間は過ぎる。ゲームに詳しい時間軸は示されていなかったが、アンリエが3歳の時にクローニャは他国が安寧を得るためにと執り行われた実験……呪詛に粛々と侵されていった。


井戸水すら汚染され、収穫間際の麦が枯れはて、病を得て、体力のない者は次々と命を落とした。国を挙げて懸命に抵抗はしているが、呪詛を生み出した者さえも解く術を見いだせていない。


呪詛をかけた者をころすことで解けることもあるが、その弱点を消すために生み出された今回の呪詛は、かなり大掛かりだった。


関わった者が10人は超え、全員殺すまでは解けぬ呪いだ。規模は広く、受けた被害も桁外れだ。国からは領地に留まれと命があった。


クロ-ニャを取り巻いた輪が縮まるような呪詛………それが他の領地に逃げ込んだ領民に付着していたらしく、避難民を受け入れた領地からウィルスのように広まってしまったせいである。


夜が明ける前に俺の領地まで呪詛が達するだろう。……本来のゲームでは、クロ-ニャが踏みとどまれた危機である。俺の妻サルファが、この呪詛を作ったロンファン国の民で、単身術者共を葬ったためだ。


今日の深夜、俺は術者すべての暗殺を決意していた。ゲームのサルファが、人知れず成し遂げたその偉業、夫の俺が臆してどうするんだ。


ていうか、全然帰ってくる気しかないからな。救国の獅子舐めんな。クソ術者とか全然皆殺しだし。


「おいしい……!」「うまい……!!」


「ドミニク、アンリエ。もうちょっと落ち着いて食べなさい!肉は減りますが、皿の上からは逃げませんよ」


「母様食べるのが早すぎるんですよ!俺の肉ぅ!」


「にいさま、ソースがふくについてしまいますよ」


「ありがと、アン」


ハーブをすり込んで焼きあげた骨付きの羊肉は、本来祭りか年越しでもなければ喰わない馳走だ。新鮮なベリーをすりつぶしたソースをかけて喰う。


家族みんな、肉は好きだ。いつも通りの食卓だが、しかし豪華な食事に浮ついた気持ちになれた。つかの間に不穏な空気を忘れることができた。


使用人にも羊肉を振る舞って、夕食の支度が済んだら、今日は家で過ごすように伝えていた。貴族とは名ばかりの俺たちに、よく仕えてくれたもんだと思う。


執事のトンプソンは、はあ別にやめませんし退職金とかいりませんしと切れ散らかして帰っていった。コックのスナイは明日はオムレツとかりかりのベーコンにするとのことだった。御者のローリィは何も言っていないのに、俺の愛馬の支度だけは済ませて帰った。逃げ出しやすいようにと退職金を用意していたのだが、誰ひとり受け取ってはくれなかった。


サルファは淑やかに、しかし慣れた手つきでするすると骨から肉を剥いでいく。ドミニクは骨を片手に食いつきそうな勢いだ。アンの小さい手では、まだナイフとフォークがうまく持てない。


今こんなにも幸せそうに、ふくふくと笑う俺の家族が明日にはどうなるかもわからない。


いいや、なに弱気になってんだ。アンに苦渋を舐めさせて死なせたくはない。生き残ったはずのドミニクも、ゲームでは何も言及されていなかった。サルファは……どうだろうな。ひとり生きられる技術はあるが、どうにも危うい彼女だ。目を離す訳にはいかない。


肉に食いついて、きらきらと笑う兄妹と、口の端を緩めるように微笑む妻は、俺の宝物だったんだ。


……いやぜってぇ死ねねぇわ。むしろ他国のクソ連中が真っ先に俺らのために死ぬべきじゃない?そこ間違えたら駄目だろ俺。


家族の笑顔で、着々とやる気を育てた俺は、サルファに睡眠薬を盛って家を出た。


愛馬を駆れば程なくして、呪詛に浸された付近に出たんだけどな。


「…………呪詛が、引いている?」


お前散々呪詛解く方法ない、とか言ってだろって突っ込まれそうだが、そうとしか言いようがない。


ほんわりと淡い光が汚れた部分を消毒するように撫でると、黒い泥のようなものが波打ち、流れていく……それは元凶のロンファン国の方へと押し戻されている様だ。


慌てて先日視察した畑まで行ったのだが、月明かりに照らされたのは、泥濘に沈んだ畑ではなく、金に光る麦穂だった。


これじゃあ、まるで魔法みたいじゃないか。


結局、俺の領地は何ら被害は受けず、受けた被害も謎の光によって清められていった。どころか、他の領主が治める領地も少しずつではあるが、回復していっているらしい。そしてクロ-ニャが受けたのと同様の被害を、ロンファン国を蝕んでいく。


なんだこれ、と誰しもが思ったが、誰も魔法に詳しくないので原因すら見当がつかない。


王都からクソガキ研究者が俺の娘を泣かしに来るまで、それがアンの魔導具によるものとは誰も気づかなかったのだ。


庭に隠してあった艶々と光沢のある白に、鮮烈な赤が混じる宝玉は、アン曰く光る泥団子らしい。ドミニクが屋敷に持ち込まないようにする方便のつもりだったと語った内容は、あのゲームには全く出てこなかった『しんわ』であった。


宝玉を前にして、かなり薄れていた記憶をたどるようなアンの話に、呼応するように光るものがあった。


素朴な花の冠を飾った、月の光のような美しい女が慈愛をもってアンの傍らに優雅に腰掛けるように。ごうごうと燃え盛る羽をもった迫力に満ちた雄々しい鷲が、アンが座る椅子の背もたれで羽を休めている。


これまで見たことがない造形だ。………神、と呼ぶには足りないが、精霊と言うなら差支えのない風貌と威厳を持っていた。


「アン、見えていないんだな?」


「何が?」


きょとん、とこちらを見たアンの目を、月の精霊がそっと両手で塞いでたおやかに微笑んでいる。







「分かってんだろ、アードルフ。ここに呼ばれた理由が」


簡素で素っ気ない装飾の一室で、いつかは戦場で馬鹿しか言わなかった元上官殿、現王様がふんぞり返っている。


この国王の名をモーリス。茶髪垂れ目の優男だが、案外どこかやべぇ男なのは戦場で知っている。呪詛で前の王と王太子が死に、こいつが王になるまでは、軍で働いていたからだ。


かつては俺の直属の上司であった。褒賞代わりに敵国の女を娶るのを爆笑一つで許したのは、この男だけである。


場所は王家の完全プライベートの一室、と言えば聞こえの良い石造りのただの尋問部屋だ。だーれが好き好んで呼ばれるもんかよ。


普段好青年、といった佇まいのクソ王のにやにやと笑う顔は、もうこうした場でしか見なくなったが、特に感慨はない。こいつのえげつねぇ策略が、俺の家族に向かうと思うとぞっとするくらいだ。絶対コイツ友達いないわ。性格悪いもん。


「分かっちゃいるが認めたくはねぇ~~!」


「諦めろ。そんでお前の娘をうちに寄越せ」


「死んで~~~?やらねぇよくそが~~~~!」


「お前本当変わりないよな。形くらいは敬って見せろや。王以前に上官だぞ」


「正直お前敬いたくなくて、直接ご尊顔拝謁賜る機会の少ない男爵に甘んじてるとこあるわ」


「娘はあんなにかわいいのにお前ときたら」


名前すら覚えていないくせして何ほざいてやがる、と思わなくもない。


まあ宝珠だけなら何とかなったんだ。ビギナーズラック。幼児のすることだ。城に呼ばれて尋問されたところで、いくらでも言い逃れすることができた。だが、今回ばかりは難しいだろう。


一応褒美にとアンが形ばかり子爵の位となったが、領地がある訳でもないしな。形ばかりだ。アンに群がろうとしていた連中も、アンの願いもあって宝珠の作り方を公開すれば、あっという間に引いた。


槍働きしかできない男爵、敵国から攫われた一兵卒の妻から生まれた娘を、使い道のない三男辺りに嫁がせて搾取しようとする連中も、この時点ではそう多くはなかったんだ。


だが、アンが甘いものが食べたいからと、魔法研究に言い訳に作った飴が悪かった。あの一件で信仰を集めた月の女神は、自身の力を誇示するとっかかりがアンにあると思ったのだろう。精霊を通して、つぶさに動向を監視していたのだ。


今回、かなりふざけてうちの料理人にしか語っていなかった神話と魔法理論が、人体に巣食った呪詛を。………クライト王太子を、完全快復に導いてしまった。宝珠ですら効かなかった、名指しでかけられて、人体に巣食った呪詛すらも、あの飴は祓ってしまったのだ。


完全にアンの力が、周囲にバレたと言っていい。


貴族、教会…ほぼ全てが身柄を得ようと難癖をつけてくるだろう。だがそれとこれとは話が別でな。こいつ即答するとほんと調子乗るからやなんだよ。


「アンはほぼほぼ庶民だ。正直、学習環境的に上位貴族の嫁が務まるとは思わねぇ。お前なら俺の娘がそこでどういう目に遭うかわかってんだろ」


「……アードルフ。お前の娘が危険だという話をしているんだ。あの子が人並みに生を全うするために、国を犠牲するつもりか?」


「安心しろよ、そんときゃ出奔するからな。ぶっちゃけ出身ここじゃねぇしどうでもいいわ」


「お前ほんとうこの!どこ行ったって同じだ馬鹿!」


クローニャ国の王曰く、アンは全く見えないからこそ、既存の粘土細工のイメージに左右されずに神々を造形し、力を持たせることができるのだろう。とのことだった。


神を神たらしめるのは、人による信仰である。神話を語り、信仰でもって力を持たせてくれる人々に、神々は慈悲と言う形で魔法を授けた。


彼らを語る神話が、呪文が、魔法様式が、技術が、手が込むほど神々は大きな力を得ることができた。


それを人々が蔑ろにしたからこそ、神々は衰え、眷属である精霊は死に絶えた。卵と鶏どっちが先か、と似たような話だが、全て循環していたのだ。どこか断ち切れれば成り立たない。


再び魔法を使えるようにするなら、強い力がある神々がほんとすごいやばい、との作り話を、誰かが心から信じなければならなかったのだ。かろうじて以前の神々の姿を覚えていた教会と、魔法研究所が何とか新しく練り直そうと腐心していたそうだが。結局誰も呪詛をどうにもしてくれない神々を信じなかった。


まあ、ゲーム以外はあんまり前世を覚えてない俺でも、まあなとしか言いようがない。数は減ったが、普通精霊は誰でも見える。何らかの由来ある場所では神々が見えることもある。それで見えるのが、個性的というとこしか褒め言葉のない粘土細工。誰が信仰するものか。


じゃあ何故、アンにはそれが可能だったか?


あまりに出来のいい、白く光沢を放つ宝珠にしか見えない泥団子。

3歳にしては口の達者だったアンによるかなりそれらしい神話。

目の前で不出来な粘土細工が、美しい月の女と炎の鷲に変貌するのを目撃した幼いドミニク。


条件がうまいこと揃い、あの場に呪詛でも清めて原状回復まで出来るはいぱー月の精霊と炎の精霊が爆誕してしまったらしい。国すら覆ったあの威力で精霊クラスである。どうかしている。


おまけに『見えない』アンの作り話はあらゆる神々と精霊にも応用できたのだ。今魔法技術は、アンに左右されていると言っても過言ではない。


まあ神によってはそこそこ好みにうるさいが、消失する可能性がある今、うかうかと信仰を得る機会を逃す神はいないだろう。


「お前の娘が貴族じみてないのは知っているさ。あんな気楽にこんな魔法をほうり出されてはな。だからこそ、簡単に人から使われるようじゃ困ると言っているんだ。あの子が他の貴族に振り回されて、実験的にでも神々に不老不死を願ったら?呪詛をも越える恐ろしい魔法を編みだしたら?……情に流されて安易な真似をやりかねないだろ、何せ女を攫った男が父親だ。男に狂わない保証がない」


「わかる。俺の娘超すごいんだよ」


「話聞いてる?」


「頭は使える子なんだよ。自分で魔法を作る分には、防衛しか考えていない。強威力魔法開発の必要性の議論で、研究所員を負かす4歳だ。不老不死にしても、人が手を出していい領域じゃないのは理解しているよ……ここに王家のバックアップがあれば、心強いんだがな?」


何せほんわかした魔法理論を、さっさとこの国の者なら誰でも使える技術に落とし込んで、まるっと研究結果を王家に献上したのである。クロ-ニャの魔法技術は格段に向上したと言っていいだろう。


正直、厄除け宝玉だけで7代くらい遊んで暮らせるレベルで金が入る技術なんだが、アンはいつ使えなくなるかもわからない、誰かから借りてる力で?とかなり嫌そうだった。


ウォーフルの規模でこの技術を抱える危険性をすでに考えていたのだ。普通浮かれたっておかしかないのに、俺の娘頭良すぎない?おまけにすごく先見据えてない?見た目は俺だが、性格はサルファに似たかな……!うれしい。


「………わかった。うちのフランの擬装婚約者と言う形で話をまとめていいな。その方がこっちも監視できて庇いやすいんだよ。んで、うちで勉強しろ。流石に伯爵の身で今までのような扱いには出来んぞ。呑まないなら身柄を研究所預かりにする」


「伯爵にしないってのが一番丸く収まらねぇか?」


「兵士だったお前に、適切に栄誉と報酬を支払われない状況が、何を呼ぶか説明しなければならないか?」


「こどもだからって懸念する連中がほとんどだろ」


「多少は社交界に顔を出せ。身分が底上げされた方が、嫁に迎えやすいって大半が歓迎しているぞ。……まあ、その後の扱いは予想できるが」


まだ人らしく生かしておきたいんだろ、と微笑むこいつが、まだ人道的な方ってのが信じらんないけどな。はーやだやだ。


まあ、フランがアンを気に入るとも思えない。王家の方針として忠誠誓わせて飼い殺し、ってのはあるかもしれんが、無理やり適当なのに娶られんだけましか。


「仕方ねえな。いいぜそれで。伴侶はアンリエが選ぶ、ってのが確約されてりゃな。お前だってグリルビークのとこにやりたくはないだろ?今伯爵だからなー侯爵に迫られたらどうなるかなー」


「お前俺には大口叩ける癖にしてな。いや、確かにそうなんだ。褒美って形でつけ加えとく。あそこだけはまじやめろよ」


「カルセドニーはアンの好みじゃないってさ。安心しろよ」


「むしろあのくそ暗狂人小童がいいってやついる?」


呪詛で身を立てた家だ。要求が通らなけりゃ王家にすら牙を剥きかねないあの連中を、完璧に無力化したアンのしんわだ。連中が脅威に思わない訳がない。


「まあ、どう転んでも男爵家の貧弱猫助が第2王子の嫁でも王家に入る、なんて話にゃならんから。精々文官程度に使えるレベルになりゃ御の字だ」


「まじ?助かるわー、うちの可愛い娘を国呑み大蛇モーリスのとこは流石に勘弁だったし。あ、これ手土産ね!一応面子は保たれるだろ!これ概要ね!」


「態度まじ不敬だけどもらっとくわ………ってえっぐ!どうなってんだお前の魔導具!どんな育ち方したらこんな発想出るんだよ!」


「いやーアンに習って作ってみたんだよ。正直威力だけを厳選した」


「お前ほんとう……本当にお前って……」


その日はげらげらと笑って、契約書の内容で揉めつつも、最後には和やかに解散したのだ。


その後な。第2王子の婚約者、って肩書きがすげぇ便利だったんだよな。それだけで大半が逃げた。カルセドニーの小童による直接の襲撃は、泥玉で防衛出来ていたし、まだ幼いアンは社交界に参加するにしても、王家主催の茶会が精々だ。


その間も着々と何もしない、を目標に当り障りのない研究を始めていたんだけどな。でも工夫を知る一人の人間が、本気で一分野を研究した時に、何も生み出さないなんてある訳がない。どんどん魔法研究の副産物、失敗作、と言い訳しながら、役立つ物が発明された。


アンが創り出すまで忘れてたが、正直レンジもオーブンもすっげぇあると便利。小さくして戦場でも使えるから、食事レベル向上して戦意も増したし。街の小さな店でも菓子屋を営みやすくなった。


料理人のジャスミンと共同開発のレシピなんかも大層評判が良くて、甘味なんか貴族以外口に出来なかった小国の一領地が、今や街の菓子屋すら大国に負けねぇレベルのすげえケーキだの作っちまうしな。


菓子も一応魔法が練り込んであるからこわいんだよ。


かなり多様な効果があった。一口で鑑別できない毒すら消え去り、高熱が引き、疲れが吹き飛ぶ。栄養を摂りこむのも難しい病人でも、するんと身体に馴染んで回復の一助になっていた。


一口がハイカロリーな物に調整すれば、やせ衰えて量が食えなくても、少し口にできるだけで消耗が抑えられたし。少しずつ量を増やしていくことで摂取量も増えるからな。


回復の為に本人が努力する、って前提はあるが、菓子が魔法のように効いていたのは間違いない。病気の身内がいる使用人が乞えば、普段の働きも見て下げ渡していたから、余計アンの人気は高まった。


まあ、泣きながら礼をいう使用人たちに、アンは完璧ただの菓子だぞって顔してたがな。


重病人が生き延びやすくなって、栄養摂取方法も見直された。医療技術発展に寄与した、とは直接医師会から礼状だって頂いている。呪詛を弾いて、何もない領地を一大観光地に変貌させた立役者。


………そんなアンに、未だになんの自覚もないってのが妙、なんだよな。


俺は結構アンのプロデュース能力も込みで、明確に良かった点をホメるようにしていたし。妻もかなり褒め上手だった。アンも自分より下の身分の人間の働きに報いる、という点を、貴族からも、市井からもかなり評価されていた。


誰かが役に立つ働きをした、ということを理解はでき、正確に評価できる人間なのに。自身の事にはどうも評価が歪みやすい。


ドルカ紋、ジャスミンレシピ、月聖水……アンが言い出しっぺで、的確に指示を出さなければ生まれなかったと思うんだけどな。全部手柄を譲ってしまうから、むしろ譲られた側がとんでもないと発狂しているくらいだ。


妙に心酔した連中も多いから、アンだけの特別製法、みたいな商品を献上されるのが困りものである。俺めちゃくちゃ嫌われやすかったからなぁ、こういうののお返し方法、アンに教えられないんだよ。まあ、アンが自分の作った物を愛用している、ってだけでいいと押し切られたんだけどな。


自身の魔法研究を分かりやすく領地へと還元するせいで、招き猫じみて領民から慕われていたから、アンの評判は王都にも届きやすくなっている。


第2王子との婚約が隠れ蓑であるのを悟った家からは、ちょっと見合いについて探りが入り始めていた。比較的まともな連中も混じっているのが幸いだ。


あとは油断せずに貴族としての振る舞いを覚えて、身の守り方を覚えていけばいい。結婚したくなけりゃ、国を出て隠遁したってかまわない。そうできるだけの技術を、俺は子ども達に仕込んできた。


だってぇのにな!


「父様!お仕事お疲れさま!」


「アン、その胸のブローチは……」


9歳になったアンは、約束通り城で学ぶことになった。フラン王子とお話しする機会が出来た、と嬉しそうに話していたのはちょっとひやっとしたけどな。


ゲーム通りに盲目にならないかが不安だったが、アンから聞くフランの評価はそう夢見たようなものじゃない。クソ王に騎士団の仕事を増やされたのもあって、ひと先ず様子を近くで見ることにしていた。


今日は家に帰る日だ。大きくなったアンは、赤ん坊の時のまるみがなくなってきた。ふわふわとした白い巻き毛に、金の三白眼。ちょっときつい印象になると思うだろ。


でも、俺を認めてにぱっと笑う顔が本当可愛い。猫みある。一生懸命勉強しているようで、振る舞いだってどんどん洗練されていたしな。


俺の娘は今日も可愛い。だけど朝に顔を合わせた時にはなかった、つやつやとした『オレンジ色』の宝石が気になる。


この世界では、どこにもないはずの色味の『石』が。華奢な金細工に絡めとられて、胸元に輝いていたのである。


あ、なに?フラン殿下が、鉱山でモンスターを倒した礼に、変わった鉱石を分けてもらった。ほーん?んで、虫除けに使ってくれと贈ってくれたと。ふーん?


話は変わるけど軍でも呪詛に使われる材料のな、鑑別の仕方を叩き込まれるんだよ。


鉱石みたいな悪いものを吸い取りやすいそれは、特に格好の材料でな。よく戦利品として持ち帰られることもあるから、おかしい部分があれば即処分できるようにしてるんだ。


断言する。こんな石は自然に発掘されるはずがない。人工的に色をつけた水晶だ。石の中に薄らと見える陣にアンは気付いていないようだが、


………貴族がよく使う、まだ少しだけ信仰が生き残っていた魔導具の作り方だ。


時に心変りを制し、動向を監視するそれは、奥方達によってこっそりと愛の女神の信仰が受け継がれていたからだ。


心変りのブローチ。持ち主として陣に名を刻まれた人物が手にしたとき、一番想っている人物の色を映す。心変りによって、その都度に色は変わる。特に洗脳を目的としたわけじゃないが、それによって夫への手練手管を変えると聞いた。


オレンジは、国王からフランが引き継いだ目の色だ。国内でも珍しい目の色である。


「………そうか。だいじにしなさい」


そう言うだけで精いっぱいだった。こんなものを贈るのは、正直かなりのマナー違反だと思うんだがな。


ゲームではラスボスだったフランは、呪詛による国の滅亡がなかったせいか、かなりローテンションの実力者として成長していた。


ゲーム同様の気怠さがあったが、謎の親しみやすさがある。見習いとして騎士団入りしたドミニクとよく鍛錬していたし。身体の弱い王太子に代わってよく働いていた。その合間でも、窮地に陥りやすいアンをよく気遣ってくれる子だ。父親の奇行も窘める胆力がある。


モーリッツの野郎は、あんな出来た息子に何の入れ知恵をしたんだ。ドミニクより老成した感はあるが、あの子はまだ12歳ほどだ。彼自身が監視のために、とは考えにくい。


何せ心変りのブローチは、変なのも、まともな連中も一緒くたに弾いていく。


変な奴らにもな、強い弱いはあるんだよ。手を出せば当然フランを敵に回す、と知れば寄ってくるものは減る。確かに虫除けにはなるだろう。


だが、心変りのブローチが贈られて、それを躊躇なく身に着ける間柄の人間がいる、ということを示せば、常識があってまともな……アンの好みの連中が寄って来なくなる。


「狡い手を使いやがって……」


モーリッツ。あいつまじで俺の娘を搾取できる研究員か、使いやすい駒にする気か。


……俺はあくまで、あらゆる選択肢を用意した中で、アンに道を選んでほしいのだ。最初から結婚出来ない状況に追い込むのは違うだろう。早急にアンが独り立ちできるようにして、ブローチは箪笥に仕舞わせなければ。


だが、そう決意を固めたこの時の俺は知る由もない。


槍一本で成り上がったと言えば聞こえはいいが、嫁を攫い、娘に助けられ、息子に支えられ、どこまでも単純に生きてきた。予想もつかない悪事に、俺は気付くことができなかったのだ。


あのブローチでもって、アンの想い人の見当をつけ、最終的に自分しか選べない様にとあらゆる策を弄していた『子ども』の存在を。


まさか一度で石が自身の目の色に変わるとは思っていなかった『子ども』が、よりアンへの執着を深めていたことを。


どこまでも行けたはずの娘の首に、気付かれぬよう、がんじがらめに首輪が巻き付けられていたことを。


じゃなけりゃその場であんなブローチなんぞ叩き壊していたよ。


城に招くようになって、直接アンの人柄に触れ………マジで土下座してアンを王家の嫁にください、とかぬかし始めた掌くるっくるなクソ王への怒りのせいで、頭が回らなかったと言い訳はしたい。


あの野郎元は犬派だったとかどういう意味だしばくぞまじ。


誤字脱字報告ありがとうございました!本当助かってます。

国王もフラン王子も、特に転生とかしてない普通に年を取っている人です。

ただウォーフル家が何となく振る舞いが幼いのでつられているだけです。

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