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本来あるべき人生、おめでとう!

今日も睨んだ鏡に映るのは、光の加減で金に見えなくもない三白眼。


指通りの悪い、白いふかふかした髪。


かわいげのない薄い唇。


背が高くて、しっかりした肉づきの身体。


相変わらず貴族の令嬢というのに、名目に沿うような美しさと気品なんて欠片もない。


なのにそんな私をイメージして彼が選んでくれたという、オレンジの宝石をはめた装飾だけが、不釣り合いに華やかで美しい。


まあ素材はもうどうしようもないけど。メイド達がこぞって磨いてくれたから、目も当てられない始末ではないだろう。


気難しいメイドのカロンも、小声でよしって言っていたしね。


ただ、幼少期から世話になっていた彼女は、いささか私への評価が駄々甘だからちょっと困る。今もなんか口元を抑えた彼女の目が潤んでいるの、鏡で見えているからね。


「お似合いですわ、お嬢様っ……!!」


「ありがとう、カロン……でも、なんでそんなに悲しそうなの?」


「こうして私が貴方のお世話をできる日が、あとどれくらいあるのかと……!第2王子フラン殿下に嫁がれるその日を、楽しみにしているのは嘘ではありませんけれど!」


「……カロン、ありがとうね。でも泣かないで?」


だって多分その涙、無駄になるのが今日確定するからね。


カロンが言うような、そんな婚約は、最初からあってないようなものだったから。


……そう、有り得ないのだ。私がフラン様と祝福された結婚をして、カロンとさよならできるなんて。


だって十数年続いたこの婚約、いずれ撤回する前提だったんだから。






私、アンリエ・ウォーフルは、前世の記憶があるなんちゃって令嬢である。


ふと気がつけば私は日本のOLではなく。剣と魔法の世界で、とある男爵の娘、アンリエ・ウォーフルと名前をもらった赤ちゃんになっていたのだ。


マジで赤ちゃんだった。離乳食始まってしばらく経った系の。


どうも眠さのあまり夕食のトマトスープの皿に顔を突っ込んで、ぬるめの温度でほんの数秒溺れたらしい。その衝撃で、前世のことを思い出したのだった。


正直スープがかなりの薄味という以外は何も分からなくて、思わず固まってしまったからその後のことは呆然とばぶばぶ過ごしていた私には、かなりおぼろげだったけれど。


呆れた顔のこの世界の母が、赤くトマトにまみれたほっぺたをナプキンで包み、もにもにと揉んでいたのを今でもよく覚えている。


経緯は端折るけど。そんなばぶちゃんも15年経った今、母国で最高の大学に入学できたから超がんばったと思う。今後国を担う人材を育てる目的で設立された場所だから、入るのも卒業するのもかなり難関だったけど。幸いまだ退学を喰らうこともなく、始まったばかりだからか講義にも十分ついていけていた。


それはまた、王家との約束が果たされたことも意味している。


手を差し出せば、心得たメイドが王家からの書状を渡してくれた。


一週間に届いたそれを、何度も読み直してすっかり頭に入れているし。執事が時間になったら声をかけてくれるのも分かっているけど。時間を間違ってないか、場所を思い違いしていないか。つい不安になってしまうのは仕方ないよね。


王家からの招待は、いつも緊張するけれど。特に今日は私の人生が、本来あるべきはずだったものに戻る日だ。


だから決して、礼を欠くようなことがあってはならない。


「気が、重いなぁ……」


ぎりぎりと胃が締め付けられるようだった。王様直々の呼び出しなんて、何度あっても慣れるものじゃない。


いつも通りに支度を整えて、慣れた手順に則って登城すれば、顔見知りの執事さんと騎士達が出迎えてくれる。


そうして厳重な警護と監視付きでたどり着いた城の秘された一室には、この国の王様と王妃様。


…そして私、アンリエ・ウォーフルの婚約者である、第2王子フラン様が待っていた。


彼は今日も眠たそうな橙色のタレ目だ。国王様と同じ色の茶髪は、今日が非公式の場なせいか。ふわふわと遊ぶままに任せている。気怠くて柔らかい雰囲気に勘違いしそうだけど。ゆるゆるした装束に包まれた身体は、日々の鍛錬で鍛え上げられている。


こちらに気づいてにやりと笑って手を振ったのを、行儀が悪いと王妃様にたしなめられていた。彼とは本当に長い付き合いだけど。王族以外の人がいないところでは、自然と対応も気安いものになるのはいい加減に改めないと。


そう思いながらも、会えて嬉しいことに変わりはない。口元が綻ぶままに任せて、私もしっかりと礼を返した。


フラン様はちょっと面白くなさそうに眉を顰めているけど、今日の話次第ではこの程度の礼でも不敬になるからね。保身は大事だ。


造りが丁寧で、調度品こそ豪奢だけど。窓一つないこの部屋は、護衛すら最小限だった。


王家の密談の為に作られ、存在を知る者の方が少ない。


ここを選ぶなんて、どうやら大変言いにくいことがあるようだ。


それを何かなーと、とぼけられるほど幼くあれたら、この後のリアクションの取り方に迷わなくて済んだのにね。


私は、ここに呼ばれた理由を知っている。


……だと言うのに。数十分ほど豪勢なクリームティーで茶を濁しながら、いまだ国王夫妻は肘でつつきあっていた。


怒りませんから。暴れません。予想してましたからと。


多分これからはありつけなくなる上等なバターを練り込んだスコーンに、たっぷりとアンズのジャムをのせたのを1つ食べ終えてから。再三穏やかに言葉を重ねて説得すると、ようやく王妃が絞り出すように言った。


「『ウォーフル伯爵』…あの、そのね。貴方とフランの婚約を、最初の約束通りに一度撤回することにしたの………その、本当に気を落とさないでね」


まさか。私はこの十数年、この時を待ち望んでいたのだ。正直、感無量と言っていい。


「謹んで拝命いたします。………今まで大変お世話になりました、フラン様……!」


席を立って深々と頭を下げた私に、フラン様は何も言わずに眉を顰めた。


私と話す度によく見ていた顔が、好きだ。


大抵私が弱くて、どうにもできなかった災難ばかりなのに。いつだって私を心配して、脅威をもたらした相手を睨みつけるようなそれだったからだ。


いつだって些細な怪我でも事情を吐かされ、相談してくれとお説教されて、でもよくがんばったと労わってくれる。


好きな人の笑顔に、自然へらりと口元はほころんだのに。身体は正直だ。


いったい何の文句があるのか。次の瞬間容赦なくぎりぎりと胃を痛めつける刺激があったので、非礼を断って懐から出した薬瓶の錠剤を噛み砕く。


胃薬は特に手放せない常備薬だった。こればかりは、まだ私が未熟な証拠だ。


「おいアン、また胃がやべえんじゃねぇのか。薬ばっか飲むのはやめとけよ」


「飲まずにっ…いられないと言いますかね…大丈夫。五粒に一粒はラムネです」


流石に飲み過ぎは良くないので、ぷらしーぼを期待してあれこれ混ぜ込んでいるので、まだ倒れたことはないのに。


フラン様にぶに、と頬を掴まれて、胃薬の瓶は没収された。


あああ私のいのちづな!


「比率が逆だよ馬鹿。用法用量を守れ」


「行儀が悪いよ、フラン……やはり、まだ呪詛は届いているのかね?」


放っておけば口に指までつっこまれそうだったので、慌てて口に溶け残った最後のひとかけを飲み込んで、いたわしげな王に微笑んだつもりである。


私宛に送られる呪詛は、年々酷くなる一方だ。


まあ全部まともに受ける前に返しているけど。いくら返してもキリがない。私を邪魔に思う連中もまた増えているからだ。


「ええ。……ですが、次こそは仕留めてご覧にいれましょう」


私が多少使い物になるまでに、王家が稼いでくれた時間は、大変かけがえのないものだった。心を砕いてくださった王家のために働くには、まず自分の敵を始末しなければならないだろう。


「いや、だからお前が仕留めちゃだめなんだっての。忘れてんのか、アン」


元々そのための婚約だっただろ、とフラン様は呆れている。


大丈夫、積み重なった殺意から来る言葉の綾です。ちゃんと政治の一環として追いやるから安心してください。

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