姫殿下アンジェリカちゃんは攻略されたい
アンジェリカ・アウグスタ・ジバジデオは、ジバジデオ王国ただ一人の国王の娘。子宝に恵まれることのなかったジバジデオ王国の未来の国王は、アンジェリカの婚約者にかかっていた。
件の姫アンジェリカ。赤く長い髪を高い位置でまとめたポニーテールの髪型に整った顔立ち。肌は白く頬は薄桃色。眼は特徴的な三白眼と青い瞳をしていた。白いドレスはまるでウェディングドレスのようなデザインをしていた。
背は低めだが、女性らしい体つきをしており、男性からの人気はとても高かった。性格少々お転婆気味であり、活発な彼女はあまり姫らしくはなかった。
そんなアンジェリカは、白いドレスを身にまとい、コロシアムの真ん中にたった一人立ち尽くしていた。周りには、意識なく倒れる騎士や屈強な男性。格闘技を嗜むものまでいる。
何故このようなことになっているのか。それはアンジェリカとコロシアムに集まった観客にしかわからない。つまり、今この場にいるものはみな理解しているのだ。この異様な光景の原因が誰であるか。
「今日も誰も攻略できなかったでごぜぇますか」
アンジェリカはコロシアムの真ん中で、ぽつりと呟き、地面に転がった自身の大剣を拾うと、引きずりながら控室に戻っていったのだった。
ここで少し、ジバジデオ王国という国の話をしよう。王国はカトワルフ教という宗教を国教とし、カトワルフ教では男は強さこそ正義。強い男こそ神に愛されるとされている。故にこの国産まれた男は、農夫だろうが学者だろうが強さを求め、女性はより強い男を愛した。
姫殿下アンジェリカも例外ではない。そして彼女は言ったのだ。「私よりつえぇ男と結婚するでごぜぇます」と。
彼女は大きな剣を引きずりながらコロシアムに登場すると、国の騎士団長マークはいの一番に名乗り出た。そして彼女と激しい剣戟をするも、何故かひきずっていた大剣を軽々しく振り回す彼女。騎士団長も普段使いの慣れた長剣を振るも、ほぼ同じ速度で振られては、剣の重さが違う。やがて騎士団長は彼女の大剣の薙ぎ払いを受け止めはするものの、真横に数メートル吹っ飛ばされたのであった。
強い。とても一国の姫の強さとは思えない力を振るう彼女。ジバジデオ王国は、古くから強き者を王にと、強さだけを求めて集まった遺伝子の重ね合わせが、怪力姫を生み出したのだ。
そして騎士団長であろうと圧勝してしまう彼女を見て、国中の男たちは思うのであった。彼女に子供を産ませれば、より強い自慢の息子を我が子にすることができると。
この国の男どもは脳が筋肉で侵されているのだろう。それからのコロシアムは説明するまでもなかった。片っ端から彼女に挑んだ猛者達は、次々と薙ぎ払われたのである。あるものは一撃で吹っ飛ばされ、あるものはただ一発拳で頭を殴られただけで気絶。あるものは大剣の柄で殴られる。
彼女の強さは無茶苦茶にもほどがある。そして彼女の強さは国中に広まり、七日間もの間。彼女の無敗記録は更新されたのであった。
そして八日目の今日。当然、アンジェリカの勝利。死屍累々としたスタジアムでは、気絶した猛者たちを片付ける作業員達。彼女と結婚することは誰にもできないのではないか噂が広がり始めたのであった。そしてそれはまずいと国王がついに動き出した。
王宮の文官達を集め、アンジェリカの戦闘スタイルをまとめた通称「攻略本」が配布され始めたのである。
「おとぅー様? これはなんでごぜぇますか?」
アンジェリカはすぐに自分の攻略本を見つけてしまった。まずい怒られる。殺されると思った国王だが、アンジェリカはこの本を読むとにっこりと笑うのだった。
「これいいじゃねぇですか」
しかし、国王の予想を反し、アンジェリカは好感触の模様。それもそのはず、本当はアンジェリカも誰かに倒されたいと願っているのだ。あまりにも弱すぎる国民たちに夢にまで見た強き王子はいないのではと悟った少女。最も、アンジェリカ基準でないのであれば、強き国民はたくさんいたのだが。
「この本読んでもあたしに勝てねぇような男はさすがにいねぇでごぜぇますよね」
「ど、どうだろうね。アンジェリカは王族に相応しい強さを持っているからね」
国王にはもう心当たりのある男たちは思いつかない。であれば当然今までアンジェリカに気絶させられた戦士たちに頑張ってもらうしかないのだ。
「アンジェリカは誰にも負けたことはないのかい?」
「? あたしがでごぜぇますか? まあ、昔一度だけってとこでごぜぇますね」
「本当かねアンジェリカ! どこの男だい?」
「では、山に行くでごぜぇます。あの男と会ったのは山奥であったでごぜぇます」
そしてアンジェリカと国王はすぐに馬でその男のいる場所に向かうのであった。姫であるが、当然のように騎乗するアンジェリカ。国王はそんな勇ましい娘を見て、育て方を間違えたことを深く後悔しているところであった。
北の国の名馬は足が速く、本来なら馬を走らせても半日かかる道のりをそれの半分の時間で山に到着し、アンジェリカを過去に負かした男を探すものの、中々見つかりやしない。それもそうだろう。彼女を負かした男は別に山籠もりしている訳ではない。偶然、この山で出会い、そして戦いを挑み負けた。ただそれだけしか知らない男なのだ。
「仕方ない。ひとまず戻ろうか」
「そうでごぜぇますね」
アンジェリカは少しだけ落胆していることに気付く。きっとアンジェリカ自身も、彼になら負けると思ったからなのだろう。当然彼女も好き好んで負けたい訳ではないが、自分が負けるヴィジョンを思い浮かべるとき、いつも彼に跪いているからである。
「ま、会えない男は仕方ねぇでごぜぇますね」
そしてもう一度馬を走らせ、王宮に戻る。馬の移動だけで半日かけてしまい、本日九日目のお見合い試合の為、アンジェリカはゆっくり休みを取るのであった。
自分より強き者を求め、枕を抱いて眠ると、いつも山億で出会った騎士を思い出すのであった。
夢の中の彼女も当然強い。だが、それ以上に夢の中の騎士は強かった。騎士と剣劇を繰り広げる時間は、アンジェリカにとって至福の時間に違いなかった。こんなに強くて素敵な騎士はいない。国王になるべきなのはこの男しかいない。
しかし、彼はこの八日間コロシアムには訪れることはなかった。これにはアンジェリカもひどく落胆している。
例え勝ってしまってもいい。もう一度彼とコロシアムという最高の舞台で踊れることができるのであれば。しかし、もし負けるのであれば彼に負けたい。彼になら、自分を攻略されても構わないのだ。
勿論、他の男に攻略されても良いと思うときはある。そもそも彼が自分のとこに来てくれないのであれば、いずれ他の誰かと結婚しなければいけないのも事実。
彼女の戦闘スタイルは日々研究され、遂には書籍化。アンジェリカ様攻略談義なども開かれる。このように努力している彼らのことを、国民は親しみを込めて、攻略組と呼んでいた。
アンジェリカが眠っている間も、攻略組は努力している。今日こそ自分を次期国王として紹介してもらうために。
そしてアンジェリカはわずかな休息から目覚める。大剣を引きずりながら、コロシアムの真ん中まで進むと、今日もまた騎士団の皆様が一列に並んでいるのであった。
「ここまでよえぇと、国防が不安でしかたねぇでごぜぇますよ」
「……姫は規格外ですので」
アンジェリカは、その回答に納得がいかないという表情をするが、国民は納得した。ここまで自国の姫が強いだなんて誰も考えたことがなかったからだ。姫様はお強い。風の噂はもともとあったが、当然、姫をよいしょしているだけだと思っていた。
だが、いざ始まった武闘会。姫とダンスを踊り続けられるものは一人もおらず、国最強と謳われた騎士団長マークですら姫に一太刀も浴びせることはできなかった。いや、そんなことすればさすがに謀反になるが、彼女を参りましたと言わせることはできなかったのだ。
あのマークでも倒せない女だ! 俺が倒せば国最強は俺だ! この国の男が比較的に勝利に貪欲の為、マークを一方的に倒した姫に挑む者がいなくなるということはなかったが、さすがに自分では無理だと悟るものは増えてきた。しかし、無理もないだろう。アンジェリカはそれほどまでに強すぎるのだ。
マークは人一倍努力した。姫の太刀筋を学び、より強いパワー相手にも耐えられるようにと牛の突進を受けるなど、常人では耐えられない試練を繰り返したのだ。
また、複数対一で一方的に切りつけられながらそれらすべてをかわす訓練もした。文官たちが記した攻略本を持ち歩き、彼女の戦闘パターンで多い行動や、どの辺で隙ができやすいかも学んだ。
しかし、ここまで必死に学んでも、アンジェリカは余裕そうにしている。大剣の薙ぎ払いを行うとき、必ず振りかぶる方のが逆側が防御できなくなる。そう攻略本に記されていたから、マークはそこだと狙って打ち込んだ。しかし、それに察知したアンジェリカの動きはまた常人を超えていた。
「何!?」
アンジェリカは薙ぎ払いを行わずに、右方に振りかぶった大剣を、右後ろの地面に刺したのである。そのまま地面を蹴り、まるで棒高跳びのように高く宙を舞った。ウェディングドレスのまま宙を舞う姫の姿はある意味幻想的であった。しかし、ここはコロシアムのど真ん中。彼女は一応剣の柄を握ったまま。そのような姿を目の前にマークはただ茫然としていた。誰も姫が上空に跳ねるとは考えなかったからでもあるが、思ったより高く飛ぶ彼女。あまりにもの奇想天外な光景に、ただただ状況を理解しようと固まるマークに観衆達。
そしてそのまま姫のかかと落としが決まり、今日もマークは一発KO。どんなに攻略本がしっかりしていようとダメ。姫は対策された動きにも瞬時に対応できてしまったのだ。当然、この行動パターンも新しく攻略本に記される。
右薙ぎ払いのモーションをキャンセルし、上空に跳ね上がる場合がある。その場合はかかと落としに警戒せよ。そう追記されたのだ。
結局、この日も新しい行動パターンが次々と披露されただけ。攻略組の勉強会はより激しくなるのであった。
もう自分より強い相手はこの国にいない。アンジェリカはいつか昔に出会った男は、既に亡くなっているか既婚者になっているもの。或いは異国の者だったのかもしれないと思うと、また落胆するのであった。
せめて結婚できなくてもいい。もう一度あの男と、剣で踊りたい。九日目の武闘会は、アンジェリカの踏み込みからの正拳突きからの鳩尾KOで幕を閉じたのであった。
今日も今日とて待ち人来たらず。十日目ともなれば、さすがに怪力姫のアンジェリカでも疲労してきた。頃合いだろう。明日、アンジェリカは疲労のせいで誰かに嫁ぐことになるのだ。そう考えると、アンジェリカの瞳から涙が出てきた。
この国はアンジェリカより強い男なんていないのだ。もうアンジェリカが夢見た王子はいない。偶然アンジェリカに勝つことができたなよなよしたアンジェリカより弱い男を婿に向かえるなんて耐えられるのだろうか。そう考えながら眠る。
アンジェリカは十日目を別ルールで開催することにした。国王も納得してくれた。早速別ルールを公開すると、国民たちはまたぞろぞろと集まってきたのだ。
アンジェリカは一番良い観客席に座り、コロシアムの真ん中をぼーっと見つめた。集められた男たちはそれぞれ武器を持ち、コロシアムの真ん中では、今か今かと待ちわびながらアンジェリカの真横に用意された銅鑼を眺める。
そしてアンジェリカの合図とともに、その銅鑼は大きな音を鳴らした。それと同時に始まるコロシアムでのバトル。それをつまらないものと思いながらただ眺めるアンジェリカ。
「ま、騎士団長様あたりが勝ち残るでごぜぇますかね」
この九日間。欠かさず現れた騎士団長。間違いなく一番強いはずだ。アンジェリカを除いてだが、国最強の男。このバトルロワイヤルもきっと生き残るだろう。
そして用意された別ルールとは、最後まで生き残った者を婿に向かえるということ。徐々に増えていく脱落者達。
大体はアンジェリカが一撃で倒してきた雑魚達であったが、今日の試合を見たアンジェリカは、自分が規格外という事実を認めるしかないのだろう。彼らも普通に強かったのである。彼らが一撃で負けたのは、アンジェリカから見ればそれくらい実力差があったからだ。
自分の強さに自信はあったが、慢心するつもりはなかった。国の男はもっと強い。そう思っていた。現実はこの程度なのだ。アンジェリカより強い男はいない。これが現実だった。
「ん? 誰でごぜぇますか?」
マークの他に立っている男はたった一人になった。男は黒い兜をかぶっており、顔がわからない。そしてマークとの激しい剣劇が始まった瞬間、アンジェリカは食い入るようにその戦いを青く小さい瞳に映すのだった。
アンジェリカは思った。他でもない、あのマークがこれほどまでに剣劇を重ねるのは私くらいだ。マークも一瞬こちらをチラ見してきた。アンジェリカと考えることは同じなのだろう。
マークも驚いている。今打ち合いしている相手は、まるでアンジェリカ。それくらいの強さを感じ、つい今斬りあっている相手は姫なのではと考えさせてしまった。しかし、観客席にいる姫。
マークは混乱している。この国で自分より強い男に初めて出会ったのだ。そして最後の金属音が響くと、マークの剣は上空に打ち上げられていた。
「参りました」
マークがそういうと、男は兜を脱ぎ捨てた。その顔を見たアンジェリカは、地面に置いていた大剣を握り、飛び跳ねたのだ。
それはもう嬉しそうにしている彼女。そして彼女が振り下ろした大剣を薙ぎ払い、そのまま宙を舞う彼女をお姫様抱っこで受け止めた騎士は、昔山で出会った男で間違いなかった。
アンジェリカは、手元からはるか遠くに飛ばされた大剣を見つめて嬉しそうに一言いうのであった。
「参りましたでごぜぇます」
あとになって男に聞けば、男はアンジェリカと戦いたくなかったから今まで参戦しなかったらしい。彼女の武闘会では、彼はそもそも訪れる気はなかったのだろう。だが、出てきて大剣で襲われたなら、当然対応するしかない。その結果、圧倒的な実力差を見せつけ、アンジェリカに勝ったのは男の方だった。しかし、アンジェリカが単純に惚れた男に手を抜いてしまったという事実は、アンジェリカ本人も知らなかったのである。
何故なら彼女の心は、とっくの昔にこの男に攻略されていたのだからだ。
ごめんなさい。
本当にごめんなさい。
三人称小説練習用小説でもありますが、しっかり内容は考えたものなのです。
私が何に謝ってるかって言われますと、あらすじと内容の差ですよね。これはひどいです。やってやりました感いっぱいですごく気持ちいです。
ありがとうございました。