恐ろしい従兄妹たち
部室に着いたさくらの様子をしばらく観察していた有季は開口一番毒を吐いた。
「僕あの子と縁切りたいんだけど。あれが従兄妹とか」
「いや似てるわよあんたら従兄妹。ストレス発散の仕方が恐怖映像に見えるとか特に」
有季と未奈を始め、その側にはいつもの面々が座っている。そして一同の視線の先にはさくらの後ろ姿がある。
「……久しぶりに見たわあの妖精ちゃん。随分鬱憤が溜まってたのね」
彩果が珍しく引き気味の目線を送っているさくらの姿というのはそれこそ和楽の名門に産まれた跡継ぎとしては完璧なものかもしれない。
口を真一文字に結び、据わった目を和楽器に向け、邪魔する者どころか近づいてきた者すらも傷つけるようなそのオーラを纏いながら高速で最高難易度の曲を弾く彼女の姿はいつもの天然で大体拍子抜けしたお嬢様を打ち消している。
その情景こそ、彩果が言ったようにさくらのストレスが極限まで上がっている時に見られる稀な姿である。あの時のさくらを止められる者は恐らくさくらの両親くらいだろう。かれこれ十分は同じ曲をエンドレスで弾いている。
「あれ止めなくていいの? さくらちゃん腱鞘炎になるんじゃない?」
「じゃあ止めて来れば? 確実にどこかしら怪我して帰ってくるから」
「楽器弾いてるだけで傷つくってもう超能力じゃないか?」
さくらの速弾きを初めて見る昨夜は呆気にとられたようにただ感想を述べる。そんな彼の姿を彩果はおかしそうに笑う。
「あれを毎回見せれば他の男は近寄らないかもね」
「ああ確かに。名案ですね未名河先輩。演奏会開きます?」
「……」
揶揄いはじめる彩果とそれに乗じる有季に抗議するように昨夜は一つ睨む。二人には口で勝てないことを知っているため、それしかできないのが昨夜の弱点ではある。
「まあこれくらいのストレスなら後少しくらいで終わるでしょ」
「と言ってる間に終わったみたい」
泉の言う通り、音がすぐに鳴りやんだ。一つやり遂げたと言うように一つ息を吐いたさくらは楽器を手に持ったまま未奈達の元へと帰ってきた。
「感想は?」
「すっっっごい楽しかった!」
感想を述べるさくらの顔はいつも以上に血色が良く、健康体そのものだった。満面の笑みを浮かべながらさくらは自分が先ほどまで弾いていた三味線を壊れない程度に強く抱きしめる。
「もうずぅっと和楽器に埋もれて生活したいわ」
「こういうの薬物中毒っていうんだよね」
「泉、だま……ってなくていいわ。私も同感だから」
色々理由があって和楽部に入った一同だが、ここまで病的なまでに和楽を愛する少女には流石に共感することができなかった。そもそもストレス発散が曲を弾くことと言っている時点で常人とは違うことを念頭に置いておきたい。
「それはそうと来週からはちゃんと部活に来れるの?」
「毎週全部ってわけにはいかないけど、今月よりかは行けると思う。ようやくデスクワークは終わるし」
「制作活動は沢山人がいるから友達も作れるよね」
有季の言葉にさくらは言葉を詰まらせる。そんな従兄妹に追い打ちをかけるように有季は黒い笑みを貼りつけたまま詰め寄る。
「クラスではまだ柴崎君以外に話せる人がいないんだもんね。女子もグループを作ったから入れないみたいだし。でも委員会ならそういうの関係ないから話せるよね。これから一年間一緒に仕事をする仲間なんだから話せないことないよね?」
「いや、あの、それはまた別の話」
「まさか今年初めての友達が柴崎君一人だけなわけないよね。自分で話しかける練習もしないといけないよねさくらちゃん」
有季の言葉が鋭利な刃物となってさくらの体をザクザクと貫いていく。
そのまま無言で三味線を手にし、元の位置に戻ろうとするさくらを何とか未奈と彩果が引き止める。
「はいはい妖精ちゃん、どうどう。もう楽器触らないよ」
「ああもうだからそれだって加治! 何? 神海の血が入った人はやることなすこと全部全力なの!? 一回自制って言葉を知りなさいあんたら!!」
彩果から無理矢理三味線を取り上げられたさくらはいじけて体育座りを始めてしまった。一方の有季は全く反省している素振りも見せず、呑気に未奈の言葉を右から左へ流している。
「でも栗山さんだって思うでしょ? もう入学から二か月経ってるのにさくらちゃんの口から出てくる人の名前は全部柴崎君だよ。もっと他の人と交流を持った方がいいよね」
「それはもちろん」
「未奈!? 私の味方じゃないの!?」
「いつ味方なんて言った?」
「彩果先輩!!」
見捨てられたさくらは彩果に助けを求める。彩果もどちらかと言うと未奈や有季と同じ意見だが、友達作りの難しさや人の輪に入っていく気まずさを幼少期に痛いほど理解しているので無闇にさくらを突き放せない。
「……とりあえず挨拶だけでも頑張ろうか」
結局彩果が辿り着いた最終論はありきたりな言葉だった。
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