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私と彼女の物語  作者: 雪桃
中学一年生(全17話)
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暗雲

 さくらこは今日も変わらず女中の目を盗んで琴を弾いていた。


「どう未来。私、自分で作ってみたのよ……あ、いないんだった」


 だが聞き手のいない演奏は(むな)しいだけだ。

 特にさくらこの場合、誰かを捕まえて琴を聞かせるわけにもいかない。

 バレたら当主に言いつけられるからだ。


「……早く帰ってこないかな。未来」


 適当に弦を(はじ)きながらさくらこは1人ごちた。


 未来の向かった戦地は劣悪な環境のもとにあった。

 農民は搾取により飢え、武士も重傷を負っているせいで分が悪い。


(伝令で聞いてはいたがまさかここまでとは。これは帰りも遅くなるだろう)


 事前に向かわせていた伝令役からは最低でも1週間はかかると言われていた。

 だがそれは随分前の話。今はそれ以上に最悪だろう。


(さくらこ様との約束は必ず守る)


 第一陣に選ばれた未来は到着早々戦地に駆り出された。

 実力が十分にある未来は味方から重宝され、さくらこのことを考える隙も与えられなかった。

 数少ない備蓄も尽き始めた頃、ようやく終戦を迎える時が来た。

 出発から2週間が経っていた頃だった。


「未来」


 軍の隊長が未来を見つけて駆け寄ってきた。


「今回の遠征では随分活躍してくれた。味方兵もお前がいなければ負けていたと言っていた」

「いえ、自分は武士として役目を果たしただけです」


 どこまでも真面目な未来に苦笑しながら隊長は肩を叩く。


「これからの任務はこちらに任せてお前は一刻も早くさくらこ様の元へ戻れ。きっと心配してるぞ」


 未来は一瞬躊躇ったが、さくらこのことを思うと居ても立っても居られない。

 隊長に礼を言うと馬に乗り急いで屋敷へ帰っていった。


(全く。いつもは冷静な兵士が姫1人にあそこまで躍起になるとは)


 未来の後ろ姿を見ながら隊長は心の中で揶揄の言葉を呟いた。

 そんな彼の隣に屋敷から向かってきた伝令役が慌てて耳打ちした。


「どうした……なんだと?」


 伝令役の言葉を最後まで聞いた隊長は一瞬で顔色を変えた。


「命令! すぐ戻るぞ! 未来は……」


 言わなくてもわかる。馬を走らせているため、もう未来の後ろ姿は肉眼では見えない。


「急げ! 姫様が!」




 戦地は屋敷から進んで2日かかる。だが獣道を使えば半日とかからず帰ることができる。

 険しく危険ではあるが、優秀な武士である未来にとっては容易なものである。


(さくらこ様に土産を買うのは忘れていたがまた機会はあるだろう。その時に買えばいい)


 さくらこは純粋な心の持ち主だ。たとえ喧嘩をしていても次に会った時には笑顔で迎えてくれる。

 そのおかげで未来は疲れを癒すことができているのだ。

 ただひたすらに馬を走らせているうちに屋敷が見えてきた。

 馬の速度を落としゆっくりと屋敷への一本道を歩かせる。


「?」


 屋敷の外観が見えるくらい近づいたところで異様な気配に気づいた。


「さくらこ様?」


 嫌な予感を覚えて馬小屋に馬を預けると戦装束もそのままに屋敷へ上がり込む。未来の違和感はすぐに的中した。

 人の気配が全くしないのだ。

 和楽を求めてやってくる貴族も忙しく動き回っている女中や使用人、守り人として残っていた武士。

 誰一人未来の目に映らない。


「どういうことだ。これじゃあまるで廃墟のよう……」


 勘が働き未来は舞台の方へ急ぐ。

 もし未来の予想が当たっているのなら彼らは舞台の方にいるはず。


(いやしかし。だからと言って小姓までもがそちらへ行くか?)


 舞台に続く扉を勢いよく開ける。この際非難の目を向けられても仕方がないと思っていた。

 しかし未来の目に映ってのは演奏をしている貴族でもそれを聞いている観衆でもましてや非難の目でもなかった。


「なぜ……」


 未来の目の前に浮かんだ光景にあるものは全て死体だった。

 身分も年齢も性別も関係ない。とにかく全員死んでいたのだ。眠るように。そしてその中心にいるのは。


「さくらこ、様?」


 舞台の中央でさくらこは未来に目を向けることなく一心不乱に琴を弾き続けていた。

 相変わらず魅力的な音色だがその音には優しさや真心といった類のものは入っていない。


「何をなさっているのですかさくらこ様! 琴など弾いている場合ではありません。私がいない間に何があったのですか」


 本来ならば武士という階級のものが舞台に上がることは禁止されている。

 だが今はそんなことを気にしている暇などない。

 大股でさくらこのすぐ傍まで寄るとその華奢な腕を揺さぶった。


「お目覚めくださいさくらこ様! 姫!」


 未来がすぐ近くで叫ぶとようやく聞こえたのかさくらこが顔を上げてゆっくりと虚ろな瞳を未来に向けた。


「みらい?」


 さくらこのか細くもいつもと変わらない声音に安堵したのも束の間。未来はさくらこの手を取り立たせようとした。


「逃げましょうさくらこ様。この屋敷はおかしくなってる」

「逃げる? 何言っているの未来」

「あなたはこの惨状を見ても同じことが言えるのですか」

「こうなるよう望んだのは私よ」

「は?」


 さくらこが笑みを作ったのと同じくして未来は心臓に刃を刺された感覚に陥った。

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