何か
ここからファンタジー路線強くなっていきます。
さくらは肩で息をしながらふと目線を上げる。そこでありえないものを見つけた。
「あなた、白い、幽霊?」
さくらの目の前に、白いワンピースの幽霊が立っていた。あの時と変わらない、のっぺらぼうの髪の長い女だ。
「どうして、こんな所に。あれ? 先輩は? ティタニアは?」
さくらが我に返って辺りを見回してみても、何もない白い空間だけ。鬱蒼としていた木々も、ティタニアも、彩果や奈子もいない。
「帰して……ねえ、帰して! 早く先輩を助けないと。ティタニアに殺されてしまう!」
さくらの必死の訴えに、幽霊はゆっくりと首を振る。そして、その冷たく白い両手をさくらの頬に重ねる。
大丈夫
「え?」
手が頬に触れた瞬間、脳内に若い娘の声が響いた。
大丈夫
あなたが苦しむことはない
「だ、だって……」
あなたは渡さない
誰にも渡さない
幽霊の、のっぺらぼうだと思っていた顔がひび割れる。よく見たらそれは、何も描かれていない白い面だった。
その面が段々と割れていき、鼻と口がさくらの視界に入った。
(牙?)
あなたは渡さない
さくらこは私だけのもの
(さくらこ? いいえ、それは、私の……)
さくらの意識はそこで途絶えた。
地獄に引きずり堕とされようとしていた奈子は、急な衝撃波によって背中から吹き飛ばされた。そのまま目の前にいた彩果と激突し、地面に倒れ込む。
「痛っ……彩果!」
既に満身創痍の奈子だが、奴隷紋に浸食された彩果を何とか戻そうと叫ぶ。だが。
「な、こ?」
奈子の目の前にいる少女には──彩果は呆然としたまま座り込んでいる。その体にはティタニアにつけられたはずの痣一つ残っていない。
「彩果? あなた、奴隷紋は」
彩果の顔を触ってみても何も変わったところはない。そこにいるのはただの若い女の子のみだ。
「どうして? 今、何が起こって……」
『あああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!』
地鳴りより大きく、雷鳴より鋭く、耳をつんざくような悲鳴に彩果と奈子は体を大きく震わせる。
その悲鳴の主はティタニアだった。
「ティタ、ニア?」
彩果が震えながらティタニアの名を呼ぶ。恐怖からではない。その光景に驚愕を覚えたからだ。
ティタニアはその大きな手で顔を覆い苦しんでいる。指の間から見えるその顔は火傷を負ったかのように皮膚が爛れ、美しかった女王の面影は最早欠片も存在しない。
『お前! お前が! またワタシの邪魔をする! お前さえいなければ!!」
ティタニアの爛れた皮膚から見える目は、真下にいるさくらに向いている。
さくらはその場に座り込んだまま何かを呟くように口を動かしている。ティタニアは血だらけの尖った爪でさくらの首を切り裂こうとする。
「まずい!」
「妖精ちゃん、逃げて!!」
ティタニアの爪がさくらの細い首に達しようとしたその時。
さくらは振り下ろされたティタニアの手首を片手で掴み、動きを止めた。
「……渡さない」
ティタニアを掴んでいる手に力を込めながらさくらは呟く。
「渡さない。私のもの。渡さない。渡さない。私のもの」
何度も同じことを繰り返し呟くさくらは、そのまま立ち上がってティタニアの方を振り返る。
「お前は私のものを汚した。折角ティタニアの座をあいつから奪ってやったのに。お前は私を冒涜した」
乱れた長い黒髪の間から覗くその瞳にいつもの弱々しい少女の面影は感じられない。さくらの顔をした何かはティタニアの手首を掴んでいる手の力を骨が軋むほど握りしめた。
「よ、妖精ちゃん?」
ティタニアをねじ伏せているさくらに彩果と奈子はただ遠くからその光景を眺めるしかない。
驚愕と恐怖を浮かべながら彩果は小さくさくらを呼んでみる。その声に応じるかのように何かはティタニアから視線をずらし、彩果がいる方向へと後ろを向く。
底冷えのするような光のないその黒い瞳に彩果はティタニア以上の恐怖を覚える。
「……そうか。こいつらは生かさなければいけないのか」
彩果を睨むように視線を移した後、何かを呟くとさくらはまたティタニアに意識を戻した。
『離せ! ワタシの邪魔をするな!』
ティタニアはその醜くなった顔を何かに向けて叫ぶ。
何かはそんなティタニアの顔を冷酷な眼差しで見下ろすと一つ小さな溜息を吐き、空いている片手を空に向ける。
「そんなに坊やを手放したくないならさっさと侵入者を殺せば良かったのに。人間を舐めてるから。地獄に堕ちるのはお前だったようだな」
何かが空に伸ばした手で一つ円を描く。その円が段々と大きく広がっていき、禍々しい気が流れ込んでくる。それは先程奈子を堕とそうとした地獄の門と同じ円だ。
地獄の門からしわがれた血だらけの腕が無数に飛び出し、ティタニアを引きずり込む。
「私を侮辱した罪。永遠に償っていればいいさ。偽物のティタニアが」
何かはティタニアが堕とされたことを見届けるとそのまま地獄の扉を閉めた
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