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私と彼女の物語  作者: 雪桃
中学一年生(全17話)
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昔々の神海家

 時は平安。日本で最も文化が栄えていた時代。

 神海家もまたこの時代の重要人物として知られていた。


「姫様ー。さくらこ様ー。追いかけっこをしている暇はありませんよー」


 女中が自分を呼ぶ声が聞こえる。

 ちょうど彼女の探しているところからは見えない部分に隠れているのでバレることはまずないだろう。


「皆して琴は(おのこ)の楽器だ。姫は嫁ぐことを考えよ、なんて。どうしてそんな縛られなければならないのかしら」


 膨れている彼女こそ平安時代末期に神海家の次女として産まれた神海さくらこである。

 彼女はその血筋柄和楽──特に琴に多大なる情を抱いており、暇さえあれば1人ででも演奏するほどである。

 その音色は素晴らしく、聞く者全てを魅了する力を持っている。

 だがそれとこれとは話が違う。


「さくらこ様」


 さくらこは頭上で響く男の声に体を飛び上がらせて恐る恐るそちらへ向いた。

 そこには若い青年が1人。


「み、未来。よく私を見つけましたね」

「よく見つけましたじゃありません。人と接する時は顔を隠しなさい。そして姫がこんな地べたに座ってはいけません」


 叱る彼の名は未来。

 さくらこの第1の側近であり、将来を有望されている若い武士である。

 さくらこはまたふてくされてそっぽを向く。


「未来だから隠さなくてもいいじゃない」

「どういう理屈ですか」

「だって……」


 私達は恋仲でしょう。

 その言葉を口に出す前にさくらこは未来に抱きかかえられてしまった。

 部屋に連れ戻すためである。


「ちょっと。まだ勉強するなんて一言も」

「はいはい言い訳は後で聞いて差し上げますから戻りますよ」


 それと。未来は静かに付け加える。


「いいですかさくらこ様。決して私と恋仲だと言ってはいけません。困るのはあなたですからね」


 姫と武士という身分差を未来はよくわかっている。

 だがまだ幼いさくらこはなぜ悪いことなのかまだ納得できない。


(私は未来がいれば幸せなのに。どうして皆わかってくれないのかしら)


 さくらこは生来体が強くない。そのため女中や武士は蝶よ花よとさくらこの面倒を見てきた。

 普通ならそれで満足するはずだがさくらこの性格は体と相反し、冒険や旅に憧れ、外に出てみたいと思うようになってしまった。


「ねえ未来。私も外に出てみたいわ」


 師に嫌というほど絞られた後、さくらこは自室で未来にそう頼んだ。


「牛車ですか? しかし当主様はなるべく安静にと」

「ううん違う。牛車じゃなくて、旅がしたいの」


 未来の顔が露骨に強張った。

 当たり前だ。旅なんて天涯孤独の女や尼しかしない。

 貴族の姫は肌を焼かないために自分では1歩も外に出てはならないのだ。


「だから私こう考えたの。未来の武士姿を真似てこっそり抜け出せば1日くらい……」

「そうですか。ではそんなことをした翌日には私はこの屋敷をやめなければなりませんね」

「なんで!?」


 流石は箱入り娘。言うことが大胆である。

 未来はこめかみを引き攣らせながら至極丁寧に説明する。


「当主様は姫様を外に出すなと申し上げておられます。その意を無視してさくらこ様を連れ出すとなったらよくて追放。最悪さらし首ですよ」

「さ、さらし……」

「わかりましたね。絶対に外に出ようなどと思わないでください。私に好意を抱いているならね」


 未来はやや冷酷にさくらこを突き放した。

 さくらこはショックを受けた様子でしばらく口も利かずにずっと部屋の隅で小さくなっていた。


「……失礼します」

(怒らせてしまったか。しかしどうすることもできない)


 当主の命に逆らうことは許されない。だがさくらこが外に憧れるのも無理はない。

 汚い面もあるが城下町は活気に溢れていて楽しい。

 恐らくさくらこは未来が土産に買ってくるものを見て興味が膨らんでいるのだろう。


(俺の責任か)


 未来は正論を言った。それがたとえ最愛のさくらこを傷つける言葉だとしてもだ。

 だが未来は優しい。さくらこのショックを受けた顔が頭から離れない。


「申し訳ございません姫様」


 さくらこに聞こえないくらい小さく謝ると、未来は仕事に戻った。




 ある日。神海家当主から未来に命令が出された。


「え、出陣?」


 護衛という職業柄数は少ないものの、武士である未来は戦の応援に駆り出されることがよくある。それも一軍として。

 腕が確かなのはさくらこも知っている。


「どこ?」

「道中も合わせると1週間。戦況が悪ければ最悪ひと月はかかるでしょうか」


 箱入りのさくらこでも戦が危険ということだけは知っている。

 未来はこれまで運良く戦死を免れているがいつ不運が襲ってきても言い訳はできない。


「ご安心くださいさくらこ様。必ずや戻ってまいります」


 さくらこの不安を読み取った未来が優しく宥めるように言う。


「必ず……」

「はい」

「……絶対よ?」


 さくらこが怖々と伸ばした手を優しく包み込んだ未来は笑みを浮かべ、出立していった。

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