ティタニアの暴走
「彩果先輩!? 奈子さん!?」
さくらは急に空から降ってきた彩果達を受け止めることができずに二人と一緒に地面に転がり落ちる。
「いっ……た」
運良く頭を打ち付けなかったさくらだが、いくら女性と言えど年上の二人に下敷きにされたため体を強く打ってしまった。
「よう、せいちゃん? なんでここに」
痛みに呻いていたさくらだが、目の前に呆然としている彩果を見つけ、意識を戻す。
「逃げましょう先輩! お父さまが扉を開けている間に」
さくらは鈍痛が響く体を無理矢理起き上がらせ、彩果の手を引こうとする。だが彩果はさくらの要求に応えない。
「私は帰らない。どうせまた連れ戻されるわ。今度は奴隷紋で縛られるだけでは済まない。私が囮になっていればまだティタニアを足止めできるから、そのうちに……」
彩果はさくらに掴まれた腕を解こうとする。しかし、引き抜こうとしたその腕に更に違う手が重なった。
「奈子……?」
「一緒に来なさい彩果。あなたがここにいたら私たちが来た意味がないわ」
ティタニアに傷つけられた奈子は苦しそうに息をしながらも彩果の腕を離さない。その顔にはティタニアに刻まれた堕獄紋が残っている。
彩果は奈子の傷を見て、苦しそうに首を振る。
「もういい。もういいから、放っといてよ。私は幸せになっちゃいけないの。これは罰なのよ」
奈子が更に何か言おうとしたところで急に地鳴りが始まった。同時に星が瞬く夜空が厚い暗雲に覆われ雷鳴を轟かせる。
『坊や。坊や。どこに行ったの坊や。姿を見せて坊や』
地鳴りと共にティタニアの彩果を呼び声が聞こえる。その声は今までに聞いたことのない程怒りに満ちており、狂った玩具のように坊やを呼ぶ。
『坊や。坊や。坊ヤ。ボウや。ボウヤ』
脳内に響くティタニアの声が段々と近づいてくる。それに共鳴するかのように彩果の奴隷紋が鈍く光り始める。
「あ、ぐ、う……っ」
奴隷紋が光る度に彩果は頭を抱え痛みに呻く。
「逃げるわよ神海さん!」
苦しむ彩果の肩を自分の体に入れた奈子はさくらに向かって叫ぶように言う。
「逃げるってどこに!?」
「わからないわ。でもティタニアから彩果を遠ざけないと」
走る奈子の後ろをさくらは慌てて追いかける。その間にもティタニアの唸りは収まらない。
『ぼうや。ボウや。ぼうヤ。ボウヤ』
「行かないと。ティタニア、様のとこ、行かないと」
「彩果! 正気を保ちなさい!」
奴隷紋の光が段々と強くなる。それと同時に彩果の洗脳も蘇る。
奈子は走りながら彩果の正気を戻そうと声を張り上げるが、彩果の洗脳には抗えない。
「ティタニア様。私のお母様。侵入者は殺す。いけない子は殺す。私のお母様を傷つける奴は殺す」
彩果は譫言を呟きながら歩みを止め、奈子を引き剥がす。
奈子は急な彩果の行動に咄嗟に動けず地面に腰を打ってしまう。
「奈子さん!」
後をついてきていたさくらは振り払われた奈子の元に急いで駆け寄る。
「彩果先輩! 一体何を……」
奈子を支えながら彩果の方に視線を向けたさくらはその姿に驚愕の目を向けた。
「せん、ぱい?」
彩果の顔に刻まれた蝶をかたどった色鮮やかな痣は首や腕、足にまで達している。その左目は痣に浸食されたように赤や黄色の鱗粉に埋め尽くされている。
「なんで、これ」
「これが奴隷紋をつけられた人間よ。こうやって、ティタニアに浸食されていって妖精の世界に取り込まれるの」
「先輩! 起きてください先輩!」
彩果の体半分はまだ人間のままだ。もしかしたら声が通じるかもしれない。
その思いで彩果を呼ぶさくらだが、その瞬間体が凍りつくほどの冷気を浴びる。
「うっ!」
『ボウや。ここにいたのねボウヤ。ようやく見つけた。私の可愛いボウヤ』
いつ来たのか。否、妖精世界の女王であればどこへなりともすぐに辿り着くだろう。それが一番に愛する坊やであれば尚更に。
『ボウヤ。ボウヤ。いい子ね。あなたは妖精の子。ティタニアの子よ』
「彩果!」
奈子が彩果を引き戻そうと手を伸ばす。だが寸での所でティタニアに遮られる。
『堕獄紋をつけられた者。お前は今すぐに地獄に堕としてやる。ボウヤを苦しめ、私からボウヤを奪った罰よ』
奈子がたたらを踏んだ地面が黒く滲む。そこから無数のしわがれた腕が伸び、奈子の足首を掴む。
「ひっ!」
「奈子さん!」
『安心なさい。あなたも堕獄紋をつけてあげる。あの女が地獄に堕ちたら、お前も一緒に堕ちるの』
奈子を救おうとしたさくらの背後にティタニアは立ち、その細い首を鷲掴む。
完全に動きを封じられたさくらの視線の先で、奈子は地獄の沼に引きずり込まれる。
「やめて、彩果先輩」
彩果はそんな光景を見ても何も反応しない。
『お前の意思を見せてみるが良い』
(こんなことのために、この世界に来たわけじゃない! 私はただ)
「全員で、帰りたいだけだぁぁぁ!!!!」
さくらが叫び声を上げた瞬間、辺り一面が白く光り始めた。
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