真矢の過ち2
見知らぬ森の中、一人で心細く泣いていた真矢は既にどこにも見当たらない。
初めて見る妖精と一緒に遊ぶということが幼い真矢にとっては喜び以外の何物でもない。自分が迷い込んだまま現実世界への扉が閉ざされたことに気づいていない真矢はただひたすら妖精と遊んだ。
妖精は疲れを知らない。人間である真矢が走り回ってその場に座り込むまで妖精は遊びに付き合った。
「あーたのしかった! ようせいさんっていっぱいあそべるんだね!」
肩で息をしながら真矢は遊んでもらった妖精と話をする。妖精は声こそ出さないものの、真矢の気持ちに応えるように周りを旋回する。
「そういえばあのおねえさんはどこ?」
『ティタニア様はあっち』
別の妖精が指さす方向を真矢も見る。そこには先ほど真矢を抱き上げた一際大きな女が仄暗い笑みを称えながら真矢を見下ろしていた。
「おねーさん!」
『沢山遊んだのね坊や。私はティタニア。妖精の女王。ティタニア様と呼びなさい』
「てぃたにあさま?」
言葉を反復する真矢にティタニアは微笑んで頷く。
『いい子ね坊や。ずっとここで遊びましょう。妖精になれば、永遠に生きられるわ』
ティタニアの言葉は真矢には理解できない。だがそれが自分の思っていることとは違うと真矢は確信する。
「もっとあそびたいけど、おかあさんたちにすぐかえっておいでっていわれてるの。だからまたあとでね」
真矢の言葉にティタニアの優しそうな瞳が一瞬で底冷えのする目になる。
『坊や。あなたは妖精の子になるの。人間ではない。私の子になるの』
ティタニアが真矢の頬を両手で包む。しかしその顔は先程の穏やかな表情ではなく、相手を威圧するような鋭い眼光を称えている。
「てぃたにあ、さま?」
急なティタニアの変化に真矢は動揺を隠せない。頬を包む両手の力が段々強まっていく。
「い、いたい」
『あなたは二度と返さない。坊やは永遠にこの世界で生きるの。私の側でずっとずっと』
「ひっ!」
皮膚に爪が立ち、両頬に小さな傷がついた痛みで覚醒した真矢はティタニアから抜け出し森の中を駆け出す。
『坊や? どこに行くのかしら坊や』
ティタニアの声が脳に響くが、構わずに足を止めることなく木々の間を走っていく。理解はできないが、あのままティタニアの言いなりになっていれば何か不吉なことが起きるのではないかと幼心に思った。
(はやくにげないと。おかあさん、おとうさん!)
森から出なければ。
真矢は出口に向かってただ走る。だがどれだけ走ろうと目の前が開けることはない。
『あらあら坊や。いけない子ね坊や』
ティタニアの声が脳に響いた瞬間、空が分厚い雲で覆われ、間髪入れずに激しい音を轟かせながら雷が真矢の体を貫いた。
「────っ!!!!」
経験したことのない激痛と感電による痺れで真矢はその場に倒れ込んでしまう。
(いたいいたいいたいいたいいたい!! おかあさんたすけて! かえりたいよ!)
体は動かずとも精神は覚醒している。いつまでも収まることのない痛みに声にならない悲鳴を上げ続ける真矢の頭上に先ほどまで遊んでいた妖精が怒りの形相で飛んできた。
『いけない子。ティタニアを怒らせた』
『いけない子。ティタニアから逃げた』
動けない真矢を追い詰めるように妖精が集まり洗脳するように脳に言葉をかける。
『いけない子。ティタニアの制裁を』
『いけない子。奴隷紋をつけろ』
(どれい、もん?)
痛みと困惑に混乱する真矢を何かが持ち上げる。目だけを後ろにやると、そこには歪んだ笑みを浮かべるティタニアが真矢の顔を覗き込んでいた。
「ひっ……!」
『いけない子ね坊や。こんないけない子には二度と出られないように奴隷紋をつけましょう』
恐怖に固まっている真矢の左顔をその大きな手で掴むと、ティタニアは何かを小さく呟いた。
その瞬間、真矢の顔は急激な熱に襲われ始めた。
「うあぁぁぁぁぁぁ!!」
雷とは違う、体を締め付けられ、骨を砕かれそうな力と肌が溶けそうなほどの灼熱が顔から放たれる。
激痛に叫ぶ真矢の顔半分が段々黒く滲んでいき、ついで色鮮やかな蝶の鱗粉が降りかかる。
「あ、あぁ……」
左半分の顔が謎の紋様に浸食された後、真矢は急に抵抗をやめた。
『坊や。あなたはこれからいい子になるのよ。二度と私に逆らわないの』
「……はい、ティタニアさま。おかあさま……」
真矢の目から生気が消え、ティタニアから解放された後も逃げることはなかった。
それから幾ばくか。全く変わらない星が瞬く夜空と目の前に映る木々を真矢はずっと棒立ちしながら見上げた。ティタニアに顔を掴まれ紋様を付けられた時から真矢の精神状態はおかしくなってしまった。
心の中ではこんな所から抜け出したい。母の元に帰りたい。喉が張り裂ける程叫びだしたいと思っているのにも関わらず、口を開けばティタニアを称える言葉しか出せない。
真矢にとっては永遠かと思えるような時間が過ぎ去る中、虚ろな目の中に急に白いワンピースの顔がない女が映った。
(だれ?)
真矢がその白い女に手を伸ばそうとした瞬間、不思議な光に包まれる。
そして真矢は、山の中で奈子と出会った。
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