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私と彼女の物語  作者: 雪桃
妖精世界(全21話)
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何もできなくとも

 先ほどまでの歩きにくい湿気を多分に含んだ土は乾いた草木が生い茂る地面に、山だというのに汗が流れ落ちるほどの暑さは心地良い涼しさに。そして星の明かりのために見られる幻想的な景色。

 これがもし観光地だとしたら誰もが喜んで足を踏み入れるだろう。ティタニアに閉ざされたものでなければ。


(とにかくまずは先輩達を見つけないと。ティタニアはきっともう私の存在を気づいているだろうからこの際慎重になっている暇はない)


 この世界と現実世界の時間の流れは全く違う。少しの迷いが命取りになる。詩織と約束した時間は一日。そうでなくてもこの世界と繋いでくれている大成のためにも早く二人を連れ戻さなければ。


「……あれ、でもどこへ向かえばいいの」


 さくらは踏み出しかけた一歩をそのままに辺りを見回した。前回迷い込んだ時のことを思い出す。

 あの時は目が覚めて混乱していたところでティタニアが現れた。その後、昨夜と合流し、逃げようとしたところを捕らえられた。

 つまりさくら一人でこの世界を周ったことはない。現実を理解したさくらは一気に血の気が引いた。


「こ、ここって、あの山よりも広いんじゃ」


 ティタニアはさくらの居場所を把握しているだろう。襲いに来る予想しかしていなかったが、ティタニアは狂気に塗れていても女王だ。彩果と奈子を隠し、さくらを翻弄しながら時の経過を待つ可能性だって考えられなくはない。


「あ、彩果先輩! 奈子さん! どこですか? 聞こえたなら返事をしてください!!」


 無理矢理ながらも声を張り上げてさくらは二人の名前を叫ぶ。もちろんそれで二人が簡単に声を上げてくれるなどとは微塵も思っていないさくらだが何もしないよりマシだろうと考えた結果である。


「姿を現しなさいティタニア! 私のことは見えているんでしょう。あなたの()()でいることを拒否した人間です。私はあなたと話したくてここまで来ました。二人を返してもらうまで私はずっと叫び続ける!」


 同年代の人間にさえ怯えるさくらだ。その両手足は意識していなければすぐに恐怖で震え、崩れ落ちるだろう。現にその整った顔は恐怖で引き攣っている。

 それでも迷っている暇はない。あちらが手段を選ばないのであればこちらも直球で呼ぶしかない。

 だがさくらの叫びを嘲笑うかのようにティタニアは無言を貫き、さくらの声は辺りに反響するだけだ。


「出てきなさい! あなたより弱く愚かな人間がこうやって直々に来たのにあなたは無視ですか。人間を閉じ込めておくことしかできない卑怯者!」


 さくらが怒りを込めて暴言を吐くと大地が急に生き物のように蠢き出した。まるで女王を貶す輩に制裁を加えるような動き方だ。


(まだ耐えてさくら。私には魔法のような力はない。どうにかしてティタニアを引きずり出さないと)

「あなた達に用はありません。私は単純に私の大切な人を返してほしいだけです。それとも何ですか。あなた達の女王ティタニアは自分の欲しいものだけ手に入れられれば後は下の者に丸投げですか」


 さくらが自然の猛威に屈しないとわかると蠢いていた大地は緩やかに鎮まっていく。だがティタニアは現れない。


(……そりゃあティタニアがただの人間の娘に挑発されたところで簡単に姿を見せるわけないわよね。でも私が使える武器と言えば言葉しかない。あとは)

『愚かな娘よ。悪いことは言わぬ。諦めて人間の世界に戻れ』


 自分ではない低く脳に直接呼びかけるようなその声にさくらはハッと顔を上げる。ティタニアが現れたかと思ったが目の前は以前と変わらない木々だけだ。


『ティタニアは人間の子を手放さない。精神が狂うまで手元に置くのだ。今までも、これからも同じことを繰り返していくだろう』


 どこの誰が話しているかわからないがティタニアよりは人間と会話ができる妖精のようだ。

 そう安心したさくらの思いは次の言葉で打ち消された。


『娘よ。捕らわれた二人のことは諦めよ。あのようなただの少女、いずれ同じような人間がごまんと現れるだろう』

「ただの、少女?」


 さくらは恐怖で溢れていた眼を怒りのような憎しみのような感情に変えた。


「ふざけないで。あなた達にとったらただの少女でしょうね。でも人間にとって一人一人との思い出はどれも違うものなの。あの二人の代わりなんていない。未名河彩果と高岡奈子の代わりなんて私にはいないのよ!」


 さくらは脳に語りかけてくる声を追い払うように再び声を張り上げる。


「私に変なあだ名をつけて、先輩なのに鬱陶しいくらいくっついてくる。それでも臆病だった私の手を引いて和楽部に連れてきてくれたのは彩果先輩だった。私の悩みをしっかり聞いて、一緒に手伝ってくれたのは奈子さんだった。二人とも、ただの少女じゃないの。私がこうやって一歩を踏み出せたのも二人のおかげなの」


 切羽詰まったさくらの目から涙が一筋頬を伝う。

 ここから逃げ出したい。怖いという気持ちはいつの間にかどこかへ消え去った。それよりも、もっと大切なことに気づいたから。


「お願い。お願いします。返してください。私にとって二人はいなくてはならない存在なんです」


 さくらは暴言を吐くことも声を張り上げることもやめ、見えない声の主に向かって地に頭をつけ懇願した。その声音は段々弱くなっていく。


「私には、ティタニアに対抗できる力も魔法もありません。願うことしかできない。でも、二人を返してほしいんです。自分の命を投げ出してでも、二人を救いたいんです」


 さくらの絞りだした悲痛な願いを聞いたかどうか、声はそれきり一度も反応を見せない。ただ心地良い風が、さくらの長い黒髪を静かに揺らすだけだ。


(やっぱり、自分で探すしか)


 思い立ったさくらは顔を上げて立ち上がろうと片膝を立てる。その直後、頭上が急に光りだした。


『愚かな娘。弱い娘。そう思っていたが、お前は他の人間とは違う』

「え?」


 光の中央に亀裂が走る。さくらは無意識にその亀裂に両手を伸ばす。


『ティタニアに言葉は通じない。それでも取り返したいと望むなら、一度だけ機会を与えてやろう。お前の意思を見せてみるが良い』


 声はそこで途切れた。亀裂は段々深くなっていき、ついに割れた。そしてその中からさくらの腕の中に飛び込んできたものは彩果と奈子だった。

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