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私と彼女の物語  作者: 雪桃
妖精世界(全21話)
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再び、妖精の世界へ

 精露山までは大成の車で二時間もかからなかった。お世話になった民宿や町の様子を見ても何も変わったところはない。


「着いたよさくら。ここでいいのかい?」


 駐車場に車を停めた大成はさくらと共に山の麓まで着く。やはり何の影響も受けていないとただの観光地としか見えないのが現状である。


「うん。間違いないよ。ここで、先輩は神隠しに遭ったの」

「さくらが言うなら間違いはないだろう。だが一つ問題がある」

「何?」

「さくらが妖精の世界に迷い込んだところは大きな落とし穴のようになっていたんだろう。その場所がどこかはわかっているのかい?」


 大成の疑問にさくらは数秒首を傾げる。その後今気づいたというようにハッと体を飛び上がらせた。


「わからない……」

「だろうね。さくらが山に入ったのは夜更け過ぎだと言うし。それも誘導があっての行動だろう」

「どうしよう。お母さまからは一日だけの約束なのに、こんな山の中で助けに行くなんて」

「だから僕がついていくんだろう?」


 え? と呆けるさくらを山の中へ連れて行く。町の景色とは違う、土の地面と木々に囲まれた山に入った瞬間感じる空気が変わった。


「僕も詳しくはわからないが神隠しの事件は連日大々的に報道されたからね。おおよその位置は把握している」

「……お父さまって、何者なの?」

「ただの会社員だよ」


 ()()()()()()はニュースを見ただけで失踪した場所を推定できるのだろうか。いや、もしかしたら自分が会社員を誤解しているのかもしれない。

 世間知らずなさくらはそれで納得してしまった。


「随分斜面が急だね。さくらは本当にこの山を登ったのかい?」

「うん。半分白い幽霊に引きずられる形だったけど」


 あの時は真っ暗な山を意識も朦朧とさせながら何とか登った。今日の出ている時に改めて前を見るとよく気を失わずに辿り着いたものだとさくらは一人思う。


「その幽霊は今は見えないのかい?」


 さくらが転ばないように手を引きながら大成は聞く。さくらはわからないというように首を横に振る。


「ティタニアに引き込まれるまではいたはずなんだけど。そういえば、味方なのか敵なのかすらわからなかった」


 最初はさくらを悩ませた恐怖の存在。その後、妖精の世界へ案内した幽霊。そしてあの時、彩果がティタニアの犠牲になると、さくらを引き止め説得できないようにした。


(あれは一体なんだったの。別に命を取られるような真似はされなかったけど。でも彩果先輩を見放したのもあの幽霊だったし)


 彩果と奈子のことで頭がいっぱいになっていたさくらだが、新たに謎が増えた。いや、だが幽霊は後回しでもいいだろう。正体を明かす必要はない。敵なら阻止するだけだ。


「さくら、着いたよ」

「え、もう?」


 山にいるから体内時計が狂ったのかと腕時計を見るが、やはりまだ五分しか経っていない。初めに山に入った時はどれだけ見積もっても十分はかかっていたはずだ。


「それは夜中の足元が見えない状態での話だろう? 今は僕が手を引いているし日も出ているし時が早く感じてもおかしくないだろう」

「そう、ね。でもここは……」


 大成の指す方向に目を向けるさくらだが、そこは今歩いてきた山の景色とほとんど同じ。あの時落ちた奈落のような渓谷はどこにも見当たらない。


「お父さま、失礼だけど本当にここであってるの? 暗闇でもわかるぐらいの奈落に落ちた気がするんだけど」

「そうだろうね。でもここで合っているよ。だって妖精の世界がすぐ見える所にあったらそれこそ神隠しなんて頻繁に起こるだろう」

「そ、そっか。じゃあえっとどうすれば。あ、祈るとか? 妖精さんお願いです。ティタニアの所まで連れていってください」


 さくらが何もない土に向かって祈るように両手を合わせる。流石の大成も娘のその光景には苦笑を浮かべた。


「さくら。だからそんなことで妖精の世界が開いたら誰も苦労しないよ。見ていなさい」


 さくらの祈りの姿を制止した大成は薄っぺらい長方形の紙を懐から取り出す。そこには人のような妖精のような絵が墨で描かれていた。


「未知の世界の民よ。その姿をここに映し出せ。未知の世界の命あるものよ。我らに示せ。その道を」


 大成が不思議な言葉を唱えながらゆっくりと紙を手から離していく。長方形の紙はしばらくその場を浮遊するかと思うと、突然虹色の光に包まれ放散した。

 その光にさくらは強く目を閉じる。得体の知れない何かに引きずられるような感覚だ。


「さくら。開いたよ。ティタニアの世界だ」

「……これ、が」


 次にさくらの目に映ったものは、幻想的な夜の森だった。夜と言っても何も見えない暗闇ではない。無数の星が藍色の空に(まばゆ)く光り、明るい夜だ。


「知ってる。そうよ。私、ここでティタニアに遭ったの」

「間違いないね。さくら、行っておいで。ここからは一人だよ」

「え?」


 一緒に来てくれるのではないのか。そんなさくらの視線に気づいたのだろう。大成は眉根を寄せながら微笑み首を横に振る。


「この扉は維持をさせておかなければならない。僕がそっちに行ったら、誰も扉を開けることはできないんだ。それに約束しただろう。()()()()()()()()()()()。君が頑張るしかないんだ、さくら」


 大成にそう諭されると急に恐怖と緊張が襲ってくる。今までは支援をしてくれた大人がいなくなる。下手したら命を失うかもしれない。そんな恐怖がさくらを囲む。


「違う!」


 さくらは己を叱咤するように両頬を強く叩く。頬が少し赤くなるがさくらは構わずに大成の方を向く。


「お父さま。行ってきます。彩果先輩と奈子さんを救い出し、三人で、ここに帰ってきます」


 さくらの今までに見たことのない決意を表した声に、大成は何も言わず、ただ一つ頷いた。

 心変わりをする前にさくらは急いで妖精の世界へと足を踏み入れる。途端に、さくらの姿は見えなくなった。


(詩織。僕たちの娘は、さくらはもう弱い子どもじゃない。相手を思いやり、行動できる、強い子に育ったよ)


 さくらの姿を見届けながら、大成は一人心の中で呟いた。




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