必ず
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
「え?」
隠れて様子を窺っていたさくらは大成の提案につい声を出してしまった。呆気にとられていた母もその声を聞いて咄嗟に振り返る。
「さくら! あなたね……」
「まあまあ母さん。頭ごなしに叱ったらさくらだって委縮してしまうよ」
「甘やかさないでください。大体あなたも何を言っているのですか。山梨に一緒に行くなんて。仕事はどうするのです」
「一日だけだろう? それなら有給がある。既に連絡はしておいたから」
さくらが大成に真実を話したのは昨夜、日付けが変わる少し前だ。そしてこの時間までに有給休暇を申請した。
自分が頼んだことだが、こんな自由に休んでいいのだろうかとさくらは不安になる。
「一日休むくらい私だって鬼ではありません。でもさくらに使う必要はないでしょう。理由もわかっていないのに」
「おや。僕が行けばさくらも母さんも利害が一致すると思うけど」
「利害?」
母の剣幕に押されていたさくらだが、大成の言葉に疑問を覚えた。
「さくらは精露山に向かいたい。母さんは一人で行かせたくない。じゃあ僕がさくらについていけば二人になるし、さくらも向かうことができる」
「確かに利害は一致しています。でも私はまだ精露山に向かう理由を聞いていません。忘れ物があるならお世話になった民宿の方に問い合わせればいいのです。それが全く明確に……」
「先輩を助けに行くんだよ」
大成が口走った言葉にさくらは息を呑む。まさか真実を話す気なのか。
「お父さま! それは」
「さくら。いくら母さんが心配性だからと言っても隠すことはない。だから本当は自分で言わなくてはならないんだよ。時間がないから代弁するけど」
「は? なんの話をしているんです」
焦るさくらとそんな娘を窘めている大成の間で訳がわかっていない母は首を傾げるしかない。
「さくらの大切な先輩が山に閉じ込められているんだ。さくらは先輩を救い出すために山に行きたいんだよ」
「閉じ込められているって、監禁ですか!? そんなの絶対に」
「さくらはちゃんと理由を明確にする。それなら行ってもいいだろう」
「も、もう意味がわかりません。私は嫌です。絶対嫌です! なんでさくらがわざわざ危険なことをしなければならないんですか!」
母の目に段々と切羽詰まったような辛い気持ちが込められた涙が浮かんできた。
「監禁されているなら警察でもなんでも呼べばいいでしょう。さくらが傷ついたらどうするんです。さくらが殺されたらどうするんです。あなたは娘を奪われて平気でいられるんですか!?」
さくらは初めて見る母の涙と悲痛な怒りに何も話すことができなくなった。
母の言い分は何も間違っていない。さくらが大切だからこそ、本気で怒り、本気で心配してくれている。
「……平気なわけないだろう。僕だってそんな危険な所へ行かせたくないよ」
「なら!」
「でもね、そしたらさくらは大切な人を失うんだよ」
「……っ」
「僕たちがさくらを失いたくないように、監禁されている先輩もさくらにとっては大切な人なんだ。たとえ危険を冒してでも、さくらは彼女を救いたい。僕たちがそれを引き止めたら、さくらは二度とその人と会えなくなる」
大成は静かに涙を流しながら唇を噛む母の頬に両手を添える。
「母さん。詩織。行かせてあげよう。僕が必ずさくらを連れて帰る。さくらだけじゃない。さくらの大切な先輩も必ず連れて帰る。だから一日だけ時間をあげてくれ」
「……約束ですよ、大成さん」
母──詩織は頬の涙を指先で拭うと後ろにいるさくらの方を振り返った。さくらははっと身構える。
「さくら、精露山へ行くことを許します。一つ約束をしなさい」
「は、はい」
「必ず、先輩を助け、無事に帰ってきなさい。大切な人ならば、絶対に諦めてはならない。肝に銘じておきなさい」
詩織の厳しいながらも娘を気遣う言葉に、さくらの涙腺が緩む。
さくらは詩織に勢いよく頭を下げる。
「ありがとうございますお母さま。行ってきます」
「……行ってらっしゃい、さくら」
優しい母の声にさくらの目からは大粒の涙が零れ落ちた。
奈子の家に立ち止まり、インターホンを鳴らす。だが、誰かが出てくる気配がない。
「やっぱりいない」
「彼女なら、夜行バスなり朝一の新幹線で向かえるのだろう。多分、昨日の電話の時点でさくらを置いていく気だったらしい」
「そんな……」
落胆していても仕方がない。今さくらにできることは、一刻も早く精露山に辿り着くことだ。
「お父さま。お願いします」
「ああ。急ごう」
さくらが助手席に座り、シートベルトを締めたところで、車は発進した。
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