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私と彼女の物語  作者: 雪桃
妖精世界(全21話)
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切羽詰まる

 電気も点けていない部屋でさくらは暗い面持ちを浮かべる。


(このままじゃ奈子さんとの約束に間に合わない。でもお母さまを説得しない限り状況は同じ。どうしよう)


 さくらは携帯を握りながら打ちひしがれていた。母には奈子に行けないと連絡をしろと言われた。

 だが正直に行けないと言えば奈子はどうする。彩果はどうなる。

 誰かに相談しようにも彩果の存在を知らないのであれば神隠しも信じてもらえないだろう。


(せめて……せめて相澤くんか有季くんが記憶を持ってさえいれば。それなら状況は変わったのに)


 メールの文面を考えながらさくらは頭を抱えた。

 母を説得するには何を言えばいい。正直に神隠しのことを伝えるか? ティタニアと話し合うというか?

 いや、仮に信じてもらえたとして病弱で世間知らずなさくらを人外の生物の元へ行かせる母だろうか。答えは否だろう。


(どうしようどうしよう。早くしないと先輩が)


 そんな時だった。


 暗くなっている携帯の画面が急に明るくなりだしたのは。バイブの音に身を震わせたさくらはその画面に表示されている『高岡奈子』という字に慌てて発信ボタンを押す。


「は、はい! 神海さくらです!」

『神海さん? 今大丈夫?』

「はい。どうしたんですか奈子さん」

『お母さんには了承をもらった? 難しいと思ったのだけど』


 電話をしてきた奈子の言葉にさくらは言葉を詰まらせる。しかしここで嘘を吐いてもすぐにバレるだろう。


「すみません。説得しようと思ったんですが、激怒して部屋に帰ってしまって」

『……そう。仕方ないわ。予想はできていたもの』


 奈子の声色にはさくらを責めようとする気は一切感じられない。


「あの、奈子さん。明日まで待っていてもらえませんか。必ず母を説得してみせますので」


 さくらの電話越しにでも伝わる必死の主張に対し、奈子は少し黙り込んだものの、すぐに口を開く。


『いいえ、ありがとう神海さん。でももういいわ』

「奈子さん?」


 返ってきた奈子の言葉には何かを諦めるような節が隠れている。言いようのない不安に襲われたさくらは奈子の名を呼んでみる。


「どうしたんですか奈子さん。だ、大丈夫です。必ず母を説得します。もし駄目なら父か、姉か。それか強硬手段にでも」

『いいえ。神海さんがそこまでする必要はない。元はと言えばこれは私たちの問題で、神海さんは巻き込まれただけだものね』


 奈子はまるで独り言のように一人で言葉を呟く。


『そうよ。神海さんはもう気にしなくていい。もうお母様を説得しなくていいわ。じゃあね、神海さん。おやすみなさい』

「え、ちょっと待って! 奈子さん!?」


 さくらが引き止める間もなく、奈子は一人で結論を出し、通話を切ってしまった。慌ててさくらが電話を掛け直すが応答はない。


「奈子さん、まさか……」


 さくらは寝間着のまま部屋の扉を開ける。そして目の前には着物を羽織った大人の男が立っていた。


「さくらお嬢様。どこへ行かれるのですか」

「え、えっと」


 恐らく母の仕業だろう。頭がおかしくなってしまった娘が屋敷から抜け出さないように仕向けた使用人だ。


「お、お手洗いに行こうと思って」

「それなら女性の使用人を呼びましょう。お待ちいただけますか」

「えっと、でも急ぎで」


 さくらが言い訳をする前に使用人はすぐ近くにいた若い女性を連れてきた。

 そのままさくらはトイレへと連れていかれる。


「近くにいますので呼んでくださいね」


 さくらに一つ会釈をすると使用人は少し離れたところで待つ。

 個室に入ったさくらはその場で為す術なく立ち尽くしてしまう。

 ここから使用人の目をかいくぐり、家を抜けるのは困難だ。トイレに窓はついているが、万が一抜けられたとしても寝巻き姿で裸足のさくらは周りから注目される。


(でもあの言い方だと奈子さん、一人で助けにいこうとしてるんじゃ)


 予想したくはないがあの話の内容からして一番確率が高いのはそれだ。奈子であれば一人で山梨に行くことなど造作もないことだろう。


(もし奈子さんもいなくなったら。皆は記憶を失っているのに私だけ残っていたら。私が二人を無視したら……)


 さくらは雑念に囚われる。

 彩果と奈子の存在を知っているのは自分だけ。この際、二人のことを無理矢理記憶から消してしまえばさくらは自由になるのではないか。

 結局あの二人はさくらにとって他人──。


「違う!!!!」


 さくらは狭い個室でお嬢様らしくない大声を張り上げた。扉で隔たれていても近くで待っていた使用人が驚いたのは目に見えてわかる。それでもさくらは個室から出ることなく頭を抱える。


「違う。違う。二人は私の大切な先輩なの。ただの他人じゃないの。私が助けないと」


 さくらは頭を掻きむしりながら自分に暗示するようにブツブツと言葉を紡ぐ。その声は段々洗脳された人間のように覇気がなくなっていく。

 さくらが言葉を紡ぎながら気絶しそうになる瞬間。


「さくら」


 優しい男性の低い声がさくらの名を呼んだ。

 意識を取り戻したさくらが無意識にドアノブに手をかけゆっくり扉を開けるとそこにはさくらを心配そうに、慈しむように見ている男の姿があった。


「あ……」

「大丈夫かい、さくら」

「お父、さま」


 そこに立っていたのはさくらの実父──神海大成(だいせい)だった

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