神隠しの真相
「かみかくし?」
初めて聞くその言葉に奈子はそのまま言葉を反芻する。
「そう。神に隠されると書いて神隠しと読むの」
「どうして神隠しが出てくるの? この真矢ちゃんは誘拐されたんでしょ?」
「だとしたらどうして年齢がそのままなのかしら」
祖母が奈子の持論を優しく首を横に振りながら否定する。
「でもおばあちゃん。神様なんておとぎ話でしょ? だって本当に神様だったら今頃私も連れ去られてると思うの」
「そうね。でもあなた、確か神様に遭っていたのではない? ほら、ピンク色の髪を持った大きな女性に遭ったって」
「あれが神様なの!?」
絵本や児童文庫で読むような神様はいつでも人の幸せを考えて可愛く描かれていた。奈子が知る限りあんなに恐怖を与え、自分たちを追い詰める存在は神様ではない。
「神様……かどうかは私も素人だからわからないわ。そちらの分野に携わっている方に聞かないと。ただあの精露山にはある言い伝えがあったのよ」
奈子の小さな頭でこれ以上口だけで伝えるのは難しいだろうと予想した祖母は鞄から白い紙と鉛筆を取り出す。
「精露山は妖精の住む森だと言われているわ。そして真矢と奈子が遭ったとされた女は妖精の世界における女王。一般的にティタニアと呼ばれる女よ」
「てぃたにあ? それがあの人……妖精の名前なの? でもどうして真矢ちゃんが攫われたの? てぃたにあに悪いことをしたの?」
混乱する奈子は聞きたいことを一息でまくしたてる。それに対し祖母はゆっくりと説明していく。
「精露山にいる女王がティタニアかどうかというのはシェイクスピアの人物を使っているから定かではない。そして真矢が攫われたのは悪いことをしたからじゃない。ティタニアが人間の子どもを愛してやまないからよ」
「愛してたの?」
「ええ。ティタニアは無類の子ども好きで、森に一人で入ってきた小さな子どもを連れ去り、人間界と繋がっている妖精の世界に閉じ込めて永遠の寿命を授けるというわ。そして子どもと認められた者は奴隷紋と呼ばれる蝶の鱗粉がかかったような痣を顔に埋め込まれる。そうなったら最後、二度と人間界には帰ってこれなくなる」
下手な話よりも余程恐ろしい妖精の話は幼い奈子にとって恐怖を与えた。現に目の前で寝ている真矢の頬には蝶のような痣が浮き出ている。
事情を知った奈子はその顔に同情しながらふとある疑問に辿り着いた。
「おばあちゃん。私、一人で森に入ったことはないよ。気づいたら霧の中にいて真矢ちゃんに会っただけ」
「確かにそうね。話し合っても答えは出なかった。だから奈子と真矢があの場で出会ったのは奇跡だということで無理矢理結論づけたわ」
大人でもわからないものが子どもにわかるわけがない。
そこで奈子は話を進めることにした。
「おばあちゃん。真矢ちゃんはこれからどうするの? 施設に行くの?」
奈子の質問に祖母は考え込むような仕草を見せた。
「今は病院で治療をするわ。真矢にとって三十年という果てしない時間に慣れるには治療が一番だから。それに、神隠しに遭った子どもなんて、マスコミが黙っていないわ。あの手この手を使って真矢を追い詰めると思う。だからと言って施設に送り込むことも考えていない。姿がどうあれど真矢は私の娘だから。今度こそ守ってみせるわ」
祖母の今までに見たことのない真剣な表情に奈子は言いようのない不安に駆られた。
「奈子。よく聞きなさい。あなたに真矢をもう一度会わせたのは単に血縁者だからというわけではないの。私はこれから真矢の保護者になるわ。でもその名前ではきっとバレる。だから私の旧姓である未名河と、私の名から取って彩果と名づけるわ」
「それで?」
「真矢が小学校に転入する時には、あなたの二つ下になるわ。私たちが小学校に行ければいいのだけれどそれは他の子どもに影響を及ぼす。だからあなたが真矢の友達として小学校を過ごしてほしいの」
「私が?」
眠っている真矢を見下ろしながら奈子は小学校の生活を想像してみた。
今まで低学年の子と遊んだ記憶がほとんどない。だというのに血縁関係を隠したまま元々友達だったという風に演じるなど難題を押しつけられているようなものだ。
「私にできるの?」
「あなたにしかできないの。真矢を元の生活に戻してあげられるのは、真矢を見つけ、救い出した奈子なら、きっと真矢も信頼するわ」
祖母の真剣な目と声音で頼まれた奈子は戸惑いながらも一つ首を縦に動かし頷いた。
「私は、どうしたらいいの?」
「特に目立ったことはしなくてもいいわ。ただ真矢の味方になってくれればいいの。この子が助けを求めてきたら、守ってあげて」
「守ればいいの? わかった」
祖母の願いをよく理解できないままでも、奈子は了承の意を示した。
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