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私と彼女の物語  作者: 雪桃
妖精世界(全21話)
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霧が晴れて

「……だれ?」


 幼い奈子はその女に恐怖を抱いた。体が大きいからでも、羽が生えているからでもない。

 その存在が、逆らう者に容赦をしないその気配に、子どもながら恐れを抱いているのだ。

 早く逃げなければ。そうは思えど足は動かない。蛇に睨まれた蛙のように、奈子は呼吸をすることさえままならない。


『坊や。いけない子。折角奴隷紋をつけてあげたのに逃げるなんて。さあ坊や。帰りましょう。今なら許してあげるわ』


 女がその長い腕をこちらに伸ばす。

 奈子は反射的に目を瞑ってしまうが、ふと袖を引っ張られる。


「ひ、ひっ……」


 生気を失っていたような顔をしていた女の子が目の前にいる恐ろしい女を見て恐怖に震えている。今まで話すらしてこなかった奈子の袖を引っ張り隠れるくらいだ。

 恐らく女の子がここまでボロボロなのもこの女が原因だろう。

 それを読み取った奈子は女が伸ばす手を勢いよく振り払った。

 そしてすぐに女に背中を向ける。


「早く逃げよう! あいつに捕まる前に!」


 呆気に取られている女の子の手を引っ張り霧の中を一目散に駆け抜ける。

 この際枝に肌を傷つけられても何かに躓いて転げ落ちても構わない。とにかく今手を引いている小さな女の子だけはなんとしてでも救わなければ。

 一心不乱に走る奈子は、やがて力尽き、その場に膝から崩れ落ちてしまった。

 女の子も同様だったらしく、奈子に覆いかぶさるように倒れ込んできた。


(あ、あの女の人は……)


 子どもにとっては長い距離でも、大人から見れば歩いても追いつける距離かもしれない。

 そう思い、恐る恐る振り返る奈子だが、次の瞬間その光景に目を見張った。


「あれ?」


 霧が晴れているのだ。目の前が見えないくらいに森全体を覆っていた霧が嘘のように晴れている。むしろ木々の間から太陽の光が差し込んできているくらいだ。


「だってさっきは……」


 奈子が呆然と辺りを見渡していると葉を踏みしめる音と焦ったような声が聞こえてきた。


「おいっ! いたぞ!」


 それは奈子が世話になっている宿を経営している初老の男だった。続いて複数の大人たちが奈子の前に出てくる。そこには見知った顔もあった。


「先生!」

「高岡さん!」


 不安そうな担任を見て奈子は安心したように駆け寄る。


「どこ行ってたの高岡さん! 先生たち、ずっとあなたのこと待ってたのよ! 一日経っても帰ってこないから警察の人も呼んで……」

「一日?」


 感極まっていたのか担任は声を詰まらせて泣き崩れてしまった。周りにいた人も担任を慰めながらも心底安堵したような表情を奈子に見せている。

 そんな大人たちに囲まれながら奈子は口を開閉させるしかなかった。


「一日ってなんですか先生。私、五分くらいしか迷ってませんよ」


 霧の中にいて時間の感覚が狂ってしまったのか。いや、それでも一日というのはあまりにも狂い過ぎている。


「そんなはずはないわ。だって今は六月十五日よ」

「十四日でしょ!? みんなと歩いていたのに急に霧の中に迷って、それで」


 奈子が混乱する頭で大人に説明しようとする。どうすれば信じてもらえるか言葉を出そうと奮闘していると不意に女の子のすすり泣く声が耳に入ってきた。


「ひっ……ひっ……」


 女の子は大人たちに囲まれて恐怖に過呼吸を起こしている。奈子は慌てて女の子を庇うように駆け寄った。


「こ、この子! この子も一緒に迷ってたの!」

「え?」

「よ、よくわからないけど、私が霧の中に迷い込んでたらこの子と会って。変な羽が生えたすっごく大きな怖い女の人に追いかけられて。きっとこの子、その女の人に誘拐されたんだよ! だってこんなにボロボロだもん!」


 奈子が大人に邪魔されないように一息で説明する。

 担任や警察、地域住民が一様に首を傾げて奈子と後ろにいる女の子を見る。


「ほ、本当だよ。本当に、追いかけられて」


 大人の視線に怖気づいた奈子は声の覇気を徐々に失くしていく。

 奈子が恐怖と孤独に泣きそうになった時、しわがれた声が頭上から聞こえてきた。


「君、今なんと言ったんだい?」

「え?」

「大きな女の人に羽が生えていた、と?」


 その声の主は白髪を生やした老人の男だった。男は奈子に顔を近づけて聞いてくる。


「う、うん! 人間なのにチョウみたいな羽が生えてておかしいと思ったもん」

「他に特徴は?」

「とくちょう?」


 そう言われてもその女を見たのは一瞬だったのでよく覚えてはいない。奈子が困っていると女の子が奈子の服を掴んで口を開いた。


「てぃ、たにあ」

「うん?」

「てぃたにあって、いってた。じぶんの、こと、てぃたにあって」


 奈子には言葉の意味が全く理解できなかったが、男にはそれで全てが繋がったらしい。

 男は急いで立ち上がると周りにいた住民に声を張り上げた。


「救急車と二人の保護者に連絡しろ! この子は誘拐された子ではない!」

「え、じゃあ一体……」

「この子は神隠しに遭った子。喜納川真矢だ!」

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