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私と彼女の物語  作者: 雪桃
妖精世界(全21話)
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私だけではない

『もしもし神海さん? 高岡だけど今大丈夫?』

「は、はい」


 奈子が電話をしてくることなどほとんどない。泣いていたさくらは慌てて涙を拭い、ベッドに正座をした。


『単刀直入に聞くわね。正直に答えてちょうだい』

「はい?」

『未名河彩果と聞いて、誰だかわかる?』

「──っ!?」


 今まで悲痛に暮れていたさくらは驚いたように背筋を伸ばし、声を詰まらせた。


『どう? 知ってる?』

「……知って、ます。私の先輩で、奈子さんの」

『叔母にあたる人。本名は喜納川真矢。良かったわ。知っている人がいて』


 奈子は携帯越しでもわかるくらい安堵したような声を出した。さくらも同じように頬を緩めようとしたがすぐに正気に返る。


「あ、あの奈子さん! 何かおかしいんです! お母さまも相澤君も先輩のこと覚えてなくて、写真にも先輩の姿だけ消されてて」

『落ち着いて神海さん。私もさっき確認して気づいたわ。私の写真にも彩果は消されている。私のお母さんも覚えていないと言うわ』


 彩果を覚えている人間が自分だけではないということがわかっただけでもさくらは肩の荷が降りた思いを心に抱いた。だがだからと言って彩果を救ったことにはならない。


「先輩を助けたいんです。でも私一人じゃどうしようもなくて」

『わかってるわ。でも一人じゃなければいいの。とにかく電話だけではどうにもならないわ。もし時間があるのなら私の家に来てくれない? 親は仕事だから今私だけなの』

「わ、わかりました。急いでそちらに行きます」


 さくらは通話を終えるとすぐにベッドから抜け出し服を着替え、必要最低限の荷物だけトートバッグに入れると部屋を飛び出た。


「さくら? どこへ行くのです?」

「奈子さんの家!」


 母が呆気に取られているのも構わずにさくらは靴を無造作に履き、突っかけながら奈子の元へと向かった。

 奈子の家は神海家からそこまで遠くない。徒歩で十五分程度だ。だがさくらが走ってくるとは思っていなかった奈子は身支度の整っていないさくらを一目見て目を見張った。


「な、奈子さん。こんにちは。お邪魔します」

「貧血持ちなのにこんな猛暑で走っちゃ駄目でしょ! とにかく中に入って。私の部屋はわかるわね。先に行ってて」


 神海家同様何度か奈子の家に来たことのあるさくらは肩で激しく息をしながらも階段を上り奈子の部屋まで辿り着いた。寝起きで走ったせいで彼女の心拍数は異常なほど早鐘を打っている。


「驚いたわ。確かに急いではほしかったけど三十分くらいを予定してたのに」


 次いで部屋に戻ってきた奈子が麦茶を入れたコップを二つ机に置いて、さくらの向かいに座った。さくらはそのコップをもらって息を整える。


「だって急がないと。彩果先輩があのままティタニアに攫われたら」


 さくらが机から乗り出すように奈子に問い詰める。その様子を一瞥してから奈子も神妙な顔で重く頷く。その手には分厚いアルバムが握られている。


「この中には私と彩果の写真が入っているわ。ずっと、遠足で見つけた時から私達は友達のような存在で毎日過ごしていた。なのに……」


 奈子がそのアルバムを開きながら回想する。さくらも並べられている写真を覗き込むが、どこを見ても彩果は見当たらない。どれも奈子やその家族の写真だけだ。


「これって」

「そう。神海さんの言う通り、彩果の記憶は抹消されてるわ。写真だけでなく、お母さん達の記憶からも、何もかもなくなった」


 重い空気が二人の間を立ち込める。ここでさくらは疑問に思ったことを奈子に聞いてみる。


「あの、奈子さん。どうして私達には記憶があるんですか。相澤くん達も奈子さんのお母さん達も記憶を奪われたのに」

「それはわからないわ。ただ、ティタニアが罰を人間に与えたという可能性はあるんじゃないかしら」

「罰?」


 予想しえない返答にさくらは言葉を反芻するしかなかった。そんなさくらの様子を見ながら奈子は自分の主張を述べる。


「ティタニアは自分に反抗する者には容赦しないわ。それも、自分の子どもを奪う人間と逃げようとする子どもには特に」

「なんで私たちが」


 畳みかけるように質問するさくらだが、言いかけたところではたと思いだす。


「逃げようとする子どもってまさか、私のこと?」


 ティタニアは逃げるさくらに対して何度も「自分の子」と呼んでいた。奴隷紋として痣を焼かれそうにさえなった。

 それを食い止めたのは彩果が身代わりになったから。

 彩果が連れ去られる時、ティタニアはさくらを「いけない子」と称していた。だからさくらは罰として彩果の記憶を残されたまま現世に帰されたということか。


「……あの、奈子さん」

「ん?」

「私の理由はわかりました。でも、奈子さんは関係ないですよね。ただ彩果先輩を見つけただけじゃないですか。そんなのただの逆恨み……」


 さくらの問いに奈子はしばらく沈黙した後、ゆっくりと首を振った。


「いいえ、私もあのティタニアから逃げた人間なのよ」

「え?」


 絶句するさくらに奈子はその吊り目を向けた。


「あの日、彩果を見つけた時、一度だけティタニアに襲われたの」

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