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私と彼女の物語  作者: 雪桃
中学三年生(全26話)
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妖精の世界

「さくら!?」


 悲鳴を上げて奈落へ落ちていくさくらを追いかける。


「加治。ここで待ってろ。俺は後を追う」

「!? 無理よ! ここは奈落……」


 奈子が制止するように手を出すと有季が止めた。


「時間の流れが違うんだから急ぎなよ」


 有季の忠告に昨夜は無言で頷く。そのまま躊躇うことなく地面の見えない奈落へと昨夜は一人落ちていった。


「なんてことを」

「大丈夫です。相澤は連れて帰れると」

「そういうことじゃないわ!」


 有季が宥めようとすると奈子が声を張り上げた。その声は怒りというより焦りが含まれていた。


「先輩?」

「彩果や神海さんは引きずり込まれたから子どもだと思われてるわ。でも相澤君は招かれていない。ティタニアは侵入者を許さないわ。地獄に落とすほど」


 奈子の恐怖に引き攣った顔を見下ろして有季も焦りを含んだ表情を浮かべた。




 奈落に落ちた昨夜は一瞬全身を打ったような痛みを覚えたが、すぐに意識を覚醒させた。立ち上がって体を確認してみる。即死どころか傷一つ見当たらない。周りを見渡すと幻想的な森が広がっていた。


「これが妖精の世界」


 夜のような藍色の空に満天の星が輝いている。森なので辺り一面木々が立っているが、どれも人間の世界では見かけないような色をしている。ここまで妖艶な森は人間界のどこを見ても存在しないだろう。


「……って違う! 早くさくらと先輩を見つけないと」


 妖精の世界に魅入られそうになった昨夜だが、当初の目的を思い出して辺りを見回して人影を探す。だが一面が緑の森ではどこへ向かえばいいのかも、どこに何があるのかもわからない。


(無闇に歩けば誰かに見つかる。いや、女王というだけあるんだからもう俺のこともバレてるか?)


 感じられる気配はない。近くに妖精と呼べるようなものもいない。いたとしても招かれざる客に優しくする妖精などないだろう。


(声を上げればさくらなら気づくか? だが女王の手中にあれば遮断されるか。くそっ、このままじゃ人間界の時間が)


 早く帰らなければ彩果のように神隠しに遭ったまま何年もの時を過ごさなければならない。彩果の経験から妖精の世界に滞在できるのは十分程度。一時間もいれば数日経ってしまうことは間違いないだろう。

 時間を概算し、このままではさくら達を救出するどころか自分すらも帰れないことに気づき、途方に暮れる昨夜の後ろで草を踏む音が聞こえた。


「誰だ!」


 背中に所持している竹刀を構えて後ろを振り返る。妖精に攻撃が当たるとは思わないが守備としては構えていた方がいい。だがそこには誰もいない。


「……気のせいか?」


 昨夜が向きを戻すと目の前にのっぺらぼうの白い女が目と鼻の先にいた。


「──っ!」


 急な登場に声にならない悲鳴を上げた昨夜だが、数歩下がって冷静に目の前のものを観察した。


(白い女性。のっぺらぼう。幽霊……)

「もしかして、さくらが言ってた幽霊か」


 昨夜の問いに答えるように幽霊は頭だと思われる部分を縦に動かした。なぜ今になって見えるのか。話が通じるのか。色々聞きたいことはあるが、今はそれどころではない。


「さくらがどこにいるか知っているか。もしわかるなら教えてくれ。時間がない」


 昨夜はのっぺらぼうのその顔を見つめる。先ほど昨夜の問いに頷いたのだから聞こえているはずだが、幽霊は昨夜の願いを叶える気がないのかその場から動かない。


(……さくらの願いは聞くが俺は受け入れないということか)


 この幽霊が人間の味方なのか。いや、さくらを案内したのも恐らくティタニアに命じられたから。その可能性が高い。昨夜の推測が正しければ幽霊が目の前に現れたのは自分を排除するため。


「あんたが先輩のところに案内したのはさくら共々連れ去るためか。それともさくらにティタニアの暴走を止めてほしいからか」


 どちらにせよ幽霊はさくらを道具として利用している。昨夜はその身勝手さに怒りを覚えた。竹刀を構える手に力を込める。


「さくらは幽霊だと言っていたが関係ない。あんたがさくらを返さないというなら俺はあんたに刃向かう。さくらを守ると約束したから」


 昨夜の言葉を静かに聞き、幽霊は手に持っている竹刀に顔を向ける。そのままゆっくりと昨夜に近づいていく。


「っ!?」


 近づいてくる幽霊に対して竹刀を振り下ろそうとする昨夜だが、急に体が動かなくなる。何か見えないもので足首を掴まれているようだ。

 その隙に幽霊は接近し、昨夜の頬にその白い手を重ねた。




 さくらは何かに触れられて目を覚ました。ぼやけるその視界を手で擦り、意識をはっきりさせる。


(私確か、彩果先輩を連れ戻そうとしてそのまま落ちて)


 なぜ生きているのか理解できないさくらは頭を左右に振って辺りを見回す。先ほど立っていた光のない暗闇の森と違い、星だけでも十分明るい森に寝ていたようだ。


(ここは、どこ? でもなんだか懐かしいような)

『ああ、会いたかったわ坊や。(わたくし)の可愛い坊や』


 さくらが考えていると上から母のような優しく高い声が聞こえた。声のする方を見上げたさくらは唖然と口を開けて呆けるしかできなかった。


「あなたが……」

『ああ、もう人間には邪魔されない。(わたくし)の可愛い坊や』

「ティタニア」


 さくらの目の前には大きな透明の羽を生やした女性──ティタニアが立っていた。

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