暗闇の山へ
「彩果はきっと精露山に行ったわ。早く見つけて正気に戻さないと。奴隷紋をつけられた子どもは二度と戻ってこないって言われるのよ」
さくら達に説明を終え、独り言のように最後の言葉を残すと制止する間もなく、灯りもない真っ暗な外に向かって走り出してしまった。
「奈子さん!?」
急に走り出す奈子に反応できない。だがそのまま放っておくわけにもいかないので遅れながらも追いかける。
「奈子さん、もう見えなくなってる」
「これでどう探せって言うんだ」
さくら達が泊っているところには街灯がほとんどない。目の前さえもまともに見ることができないこの暗闇でどうやって奈子を見つけ、更に彩果の正気を戻すには素人には至難の業だ。
「何か目印はないのか」
「今の高岡先輩がそんなことできるほど冷静ではないと思うよ」
誰も光源になりそうなものを持っていない。唯一宿のロビーに灯っている蛍光灯だけが辺りを照らしてくれているが、ここを離れたらもう何も見えなくなる。だがここで止まっていれば彩果も奈子も連れ去られ、そのまま妖精の世界に引きずり込まれるだろう。
(どうしよう。このままじゃ二人が。でも私達にできることなんて……)
さくらが心の中で重く考えていると、不意に視線の先に光が見えた。それは白く発光しており、ワンピースを着た女性のよう。
「あれって」
紛れもなくさくらを脅かし、枯れた花びらを渡してきた幽霊だ。さくらが見ていることに気づいたのか、幽霊はワンピースの裾を翻し、山の向こうへと進んでいった。
「?」
さくらが何を意図しているのか考えあぐねていると、幽霊は一度止まり、のっぺらぼうのような顔だけ振り向かせ、また少し進んでいった。
「ついてこいってこと?」
「さっきから一人で何言ってるんださくら」
昨夜が訝しむように一人で呟いているさくらに向かって問う。彼らには幽霊の姿が見えていないらしい。
「幽霊が教えてくれてる。こっちだって」
「幽霊なんてどこにも」
「行ってみないと」
「おい! さくら!」
疑う昨夜にも構わずさくらは幽霊が示す方を追いかけていく。
「あいつ」
「よくわからないけどさくらちゃんについて行った方が良さそうだね。幽霊が嘘じゃないなら」
今はさくらが言っている幽霊しか頼るものがない。二人も大人しくさくらの後を追いかける。
運動音痴なさくらは森に生えている根や枝に躓きながらなんとか幽霊を見失わずに済んでいる。改めて見てもその幽霊は人間離れした容姿をしており、足は浮いている。緊急事態でなければ地を這ってでも逃げるだろう。
「今、どれくらい、歩いたんだろう」
「多分まだ五分も経ってないよ。僕達には幽霊が見えないから頑張ってさくらちゃん」
既に体力の限界が来ているさくらだが、幽霊を見ることができない二人が先頭に行くことはできない。このまま引き返したい思いを抱えながらも、彩果を助けたい一心でさくらは一歩ずつ踏み出した。
「も、もう無理……限界」
光が一切ささない森を歩いて十分。普段歩いているアスファルトの道ならば体力的にも余力があるが、暗闇の中で全く整備されていないぬかるんだ土の中、更に緩やかな坂を上っていれば、健康体な人でも息を切らせる。それが貧血持ちのさくらになれば、意識を失っても仕方がないくらいに酸欠状態になる。幽霊を追いかけようとしたのはさくらだが、流石にその状態は可哀想になる。
「どうしようか。さくらちゃんにはナビだけ任せて僕達が背負う?」
「いや、この暗闇の中で俺達がさくらの指示通りに向かえるとは思えない。可哀想だがさくら、もう少し頑張ってくれ」
今のさくらにはほとんど何も聞こえていない。ただ義務のようにぼやける視界で幽霊の後を追う。
「あ?」
一心不乱に幽霊の後を追っていると、不意に幽霊がその場に立ち止まった。既に体力の限界を迎えているさくらは足を止めた瞬間膝から崩れ落ちた。
「さくら!」
辛うじて意識は残っているさくらを抱えて昨夜達は真っ暗な目の前を見上げた。見えないものは見えないが、さくらの様子を見るに、幽霊は近くにいるのだろう。
「とは言ってもここから先輩を見つけるなんて」
「相澤。あれ見える?」
有季が指す先に目を向ける。見やすいところまで目を凝らすと人影が見えた。
「あれって」
人影は二つに増えた。姿は曖昧だが服の柄でわかる。手前にいるのは奈子で、奥で棒立ちしているのは彩果だ。
「先輩!」
昨夜が呼ぶと奈子は肩を震わせ、驚愕の表情を浮かべた顔を見せた。
「どうして来たの!? すぐ帰りなさい!」
「奈子さんこそ帰りましょう。まだ彩果先輩も連れていかれてないみたいだし」
さくらは降ろしてもらうと、まだ笑っている膝を叱咤しながら彩果の方へ歩いていった。その隣を幽霊は平行するように通る。
「待って神海さん! そっちに行っては駄目!」
奈子の言葉を無視してさくらは彩果の手を掴む。よく見たら目の前は深い渓谷になっていた。落ちたら救助を待つしかないだろう。そんなことを考えながら彩果の手を引っ張ろうとするとどこからか声が聞こえた。
『いらっしゃい、私の新しい坊や』
「え?」
さくらが声のする方に顔を向けようとすると地鳴りが辺りに響いた。さくらと彩果の足元が崩れ落ちた。
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
さくらと彩果は谷底へと落ちていった。
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