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私と彼女の物語  作者: 雪桃
中学三年生(全26話)
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喜納川真矢は

 さくらの息が整った頃には既に彩果はどこにも見当たらなかった。有季の手を借りて立ち上がったさくらはつい数分前にあった出来事を思い出す。


「大丈夫さくらちゃん? 苦しい?」

「苦しいけど大丈夫。すぐ解放されたから。でも、先輩は」


 有季に答えながらさくらは目の前にいる奈子に目を向ける。どう声をかけていいものかさくらが悩んでいると先に昨夜が口を開いた。


「高岡先輩、いい加減説明してください。さくらに危害を加えても黙ったままなんですか」


 怒りを込めたような声で奈子を追及する昨夜を諫めようとさくらは手を伸ばす。それを有季が遮った。


「有季君?」

「さくらちゃんが殺されそうになって怒りを感じるのは妥当なことだよ」


 有季に誘導されて、さくらは戸惑いながらも黙る。奈子は口を開かない。重い沈黙が辺りを覆う。


(奈子さんだってわからないんじゃ。あんな彩果先輩誰も見たことないんだし。あんな蝶みたいな……)


 蝶のような痣。その言葉にさくらは引っ掛かりを感じた。どこかで聞いたことがある。

 弥生との会話を思い出す。弥生はシェイクスピアの『夏の夜の夢』が愛読書で、日本では山梨の精露山がその舞台となっている。そしてもう一つ。出かける前に冗談の混じった忠告を受けた。


『神隠しに遭ったその真矢さんには顔半分に大きな痣ができてたんですって。蝶みたいな。それってティタニアの奴隷紋みたいな証らしいです。見たら逃げてくださいねって地元の人が』


「奴隷紋?」


 奈子の肩が小さく反応する。弥生との会話を聞いていない昨夜と有季はさくらの方を向きながら首を傾げた。


「さくらちゃん、何その奴隷紋って」

「弥生に聞いたの。精露山で神隠しにあった子どもには顔に蝶みたいな痣ができるって。それを見た者は子どもと一緒にティタニアに引きずり込まれるって。でも」


 さくらはそこまで説明してから言葉を切る。不可解な点がいくつかある。


「精露山で神隠しに遭ったのは一人だけ。それ以外は誘拐とか非道な犯罪。しかも神隠しが起こったのは四十年も前だよ。新聞記事にも載ってたけどその子の名前は真矢ちゃんだし、どうやっても彩果先輩とは無縁の」

「それで合ってるわよ」


 黙っていた奈子がさくらの言葉を遮って肯定の意を示した。振り返ることはなくそのまま話を進める。


「彩果は四十年前、この精露山で神隠しに遭った。そして年を取ることもなく六歳の状態で十年前、人間界に帰ってきた」

「でも名前が」

「マスコミに報道されて世間に名前が晒されたから、偽名を使わないと色々厄介だったから」


 偽名にしなければならないほど世間から好奇と批難の目で見られていたのだろうか。それなら納得がいく。だがもう一つ、気になることがある。


「奈子さんはどうして彩果先輩が神隠しに遭った真矢ちゃんだって知ってるんですか」

「知ってるわよ。だって彩果は叔母さんなんだもの」

「おば?」


 奈子は閉じていた目をゆっくり開いて後ろにいるさくらを頭だけ動かして見据えた。


「私の叔母……私のお母さんの妹が、喜納川真矢だから」




 四十年前。真矢は両親と姉一人を持つ天真爛漫で快活な少女だった。いたずらをしては親に叱られ、それでもなお幼いうちから人を楽しませることに特化していた真矢は喜納川家の愛娘だった。

 そんな彼女が六歳の年。山梨の精露山というところにキャンプをすることになった真矢は到着早々森に入っていこうとした。


「真矢! 一人で森に入っちゃ駄目ってさっき言ったでしょ」


 まともに親の注意を聞かない真矢は制止も振り切り森に走ってしまう。


「あ、ちょっと。危ないからすぐ戻るのよ!」


 母親が叫んだ時には既に真矢は見えないところまで走ってしまった。

 真矢はいたずら好きだが、最後には必ず親の元に帰ってくる。それが山であろうと海であろうとどこに行っても無事に帰ってくる。だから今回も大丈夫だろうと両親は楽観視していた。

 そんな二人の思いを打ち砕くかのように、真矢は帰ってこなかった。三十分経っても戻らない真矢を心配した両親は付近を探した。見つかったのは真矢が宝物にしている赤い髪留めだけ。血相を変えた両親は警察を呼び、地域住民にも協力してもらい森中を隈なく捜索したが、真矢が見つかることはなかった。


 三十年後。真矢の姉の娘である奈子は八歳を迎えていた。小学校の遠足として山梨の精露山に出かけていた奈子の目の前に突然少女が現れた。行方不明のまま死亡認定されていた真矢が。

 大人びていた奈子は驚いたものの、すぐに真矢を連れて担任の元へ向かった。

 そこから先は奈子も詳しく知らされていないが、いつしか真矢は奈子の二つ下の友達になり、未名河彩果と名乗るようになった。


「真矢は最初こそ世間についていけなくて精神を病んだけど、まだ六歳だったこともあって名前を変えたらすぐに彩果として暮らすことができた。そのまま平穏無事に東京から離れなければ良かったのだけど、この山に来たことで、妖精に見つかってしまった」


 真矢がどういう経緯で神隠しに遭ったのか、その後真矢がどう彩果になったのか、まだ小さかった奈子には関係ないと大人達は話してくれなかった。ただ一つ、真矢は精露山に近づけてはならない。いや、精露山に限らず、東京の家族の元から離れてはならない。奈子はそう教わって生きてきた。


 二つ違いの友人として小学校も中学校も高校も奈子と彩果は同じだった。名字が違うため他人だと思われて生きてきた。実際他人だと思われた方がありがたかった。無駄に詮索される必要もない。

 なのに問題が起きてしまった。合宿が山梨──それも運の悪いことに精露山に決まってしまった。もちろん強制ではないので奈子は帰った後に彩果に絶対に欠席届を出すようにと忠告していた。だが彩果は「もう十年も経つのだから過保護にならなくても心配いらない」と軽薄にも合宿に参加してしまった。



 その結果、最悪の事態が訪れた。




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