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私と彼女の物語  作者: 雪桃
中学三年生(全26話)
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蝶の痣

 夕食を摂りながらも部屋に戻った後もさくらは彩果のことが心配でならなかった。さくらは彩果が何かしらの呪いにかけられていると予想していないので本当に具合が悪かったとしか思っていない。


「大丈夫かな、先輩」

「ああ。未名河先輩のことですか。熱が出たんですよね」


 同室の弥生がさくらの独り言に返答する。何故知っているのかとさくらが問うと、友人との間で噂になっていたらしい。


「でも日中の先輩はどう見ても元気そうでしたよ。無理しているなら誰かしら気づくはずです」

「そうだよね。でもロビーで座ってた彩果先輩は何か元気がなさそうに見えたの。私が無理させたのかな」


 弥生はさくらの言動にそういうことかと納得したような表情を見せた。


「だから先輩さっきから暗い表情を浮かべてたんですね。心配いらないですよ。そもそも具合が悪いのなら部屋で休むなり先生に言うなりします。いくら仲のいいさくら先輩でも自分の体に鞭打って誘いに乗ろうなんて思いませんよ。だから絶対先輩に非はないです」


 弥生が励ますようにさくらに力説する。有季にも言われたようなことなのでさくらは耳にタコができるような思いで苦笑した。確かに彼らが言っていることは間違いない。さくらもいい加減罪悪感が拭われるような気がした。だがそれと同時に何かを感じるようになった。胸がざわめくような、何かに取り憑かれているような。


(気のせいじゃないような。それにあの幽霊も見かけないし)


 あの白い幽霊も今日は一度も見かけなかった。いや、むしろあの枯れた花びらを渡されてから一切姿を現さない。結局あの幽霊はさくらに何を伝えたかったのか。頭の片隅でそんなことを思いながらも他のことに気を取られていたさくらは特に気にも留めず弥生と入浴を済ませ、寝支度をすると就寝時間に合わせて睡眠に入った。




 さくらが起きたのは夜中の二時。また丑三つ時の時刻である。嫌な予感がして窓の方を見るさくらだが、今日は幽霊の姿は見かけない。安心するさくらだが、不意に尿意に襲われた。


(うぅ、外出たくないよ。でも我慢するとお腹痛くなるし。はぁ……)


 眠気に耐えながらもさくらは部屋の外にある女子トイレに入り、用を足す。廊下は薄い蛍光灯だけが灯っており、早く部屋に戻りたいと思うさくらは足早にトイレから出た。薄暗い廊下にいるとさくらは横目で人影を捉えた。


(あれって)


 そこには寝間着姿で棒のように立っている彩果がいた。さくらに背を向けていて表情は(うかが)えないが、あの高熱が半日程度で下がるだろうか。


「先輩。体は大丈夫なんですか? さっきまで気を失ってたでしょう。先輩?」


 さくらは彩果が倒れないか心配になり、近寄って声をかけてみた。だがほぼ目と鼻の先から呼んでも彩果から返事は来ない。肩を揺すってみても振り向くことはない。


(もしかして立ったまま気絶してる? そんなことってあるのかな。でもこれなら奈子さんに早く伝えた方が)


 さくらが彩果をそのままにして急いで奈子のいる部屋に向かおうとすると手首を掴まれた。振り向くと返事のなかった彩果がこちらに体を向けてさくらの手首を掴んでいた。


「あ、気づきましたか彩果先輩……」


 顔を覗き込んださくらはすぐに愕然とした表情に変わった。彩果の目は混濁したように光を失っており、その手首の力はさくらの骨が痛みに悲鳴を上げるほど。そして何より彩果の顔が──。


「ち、蝶?」


 振り向いた彩果の顔の右半分には見慣れない痣が残っていた。それもはっきりと蝶の羽だとわかるような形をしている。いや、痣と言うべきものなのかはわからない。青黒く顔に貼りついているようだが、鱗粉のような光っている箇所もあれば、綺麗な赤や黄色の痣とは言えない色も顔に浮かんでいる。


「な、なんですかそれ。ペイント、ではないですよねだって」


 さくらが手首を振り解こうとしても、彩果の力が強すぎて離すこともできない。それでも恐怖を覚えたさくらは力づくでも逃げようと彩果の手を引っ張る。だが離せない。それどころか彩果の体さえ動かない。さくらがパニックになっていると彩果は手首を掴んでいる手とは逆の方でさくらの首を掴む。その力も強く、さくらは窒息しそうになる。


「せん、ぱ……や、め」


 光を失った彩果に首を絞められ、さくらは酸素を求めようとする。それも叶わず力の強い彩果の言いなりになってしまう。


「も、だめ……」


 さくらの意識が飛びそうになった瞬間、彩果が何かに突撃され、飛ばされた。解放されたさくらはその場に倒れ込み、大きく噎せた。


「神海さん!」


 噎せるさくらの背後から焦った声が聞こえる。苦しみながらも振り向くと、心配そうにさくらの背中を擦る奈子がいた。後ろには有季がいる。


「な、こさん。ゆうきくんも?」

「無事で良かった」


 安心したように息を吐く奈子だが、すぐにさくらの向こう側を見据える。


「やっぱり、見つかったのね」


 奈子の視線を辿るとこちらに背中を向け、竹刀を構える昨夜。そしてその奥には飛ばされてもなお正気に戻らない彩果がいた。


「奈子さん、先輩が!」

「わかってる。急いで戻さないと」


 奈子がさくらを有季に任せたのと彩果がこちらに背を向けて走り出したのは同時だった。


「彩果!」

「待ってください先輩! 危ないです」


 奈子が彩果の名を呼び、追いかけようとするのを昨夜が制止する。その間に彩果は暗闇の中へと消えてしまった。

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