偶然ではない違和感
どれ程気を失っていたのだろうか。さくらが意識を取り戻し薄らと目を開ける。暗い部屋にオレンジ色の豆電球だけが室内を照らす灯りとなっていた。
「い、今何時」
とっくに日は落ちている。さくらがガラケーを探すように手を布団から出すと、扉をノックする音が聞こえた。
「さくら先輩起きてます? 一応夕飯持ってきましたよ」
また何か来たのかと身構えていたさくらはほっと肩の力を抜いた。ノックして入ってきたのは弥生だった。
「あ、起きてました? 随分寝ていたのでお腹空いたかと思ったんですけど。ここの中居さんがうどん作ってくれましたよ」
「ありがとう。今起きたばっかりなの。わあ、美味しそう」
昼食を摂っていないさくらの腹は既に鳴っている。布団から全身を出したさくらは部屋にあった簡易的な机を側に持ってきて弥生の持ってきたうどんをゆっくり啜った。
「それにしても本当によく寝てましたね。夜の分も含めたら丸一日寝てるじゃないですか」
「うっ。そ、それは不可抗力というか。ところで今何時?」
「十九時です。皆練習も終わって自由にしてますよ。明日からは日中にも自由行動できるので浮かれてます」
五日間ある合宿の中で数少ない外出ということもあってか、弥生も浮足立つように明日の準備をしている。さくらももちろん外出は嬉しいが、今日の分の遅れを取り戻すとなるとそこまで自由時間はないのではないかと思う。
「ああ、それなら大丈夫ですよ。楽曲確認をした先生がこれならさくら先輩も大丈夫だろうってことで明日は通常通り自由時間を取っていいらしいです。ていうか先輩本気出せば高校生レベルの曲だって弾けるでしょう」
「まあ一応練習はしてるけど」
実力は申し分ないさくらだが、だからといってランクの高い曲を弾かせてもらうわけにはいかない。簡単だとしても気を抜かずに練習をするのが神海家の教えだ。
「楽しみですね先輩。どこ行きますか?」
「あまり遠くないところかな。ここ盆地だから日中は暑いし」
「ちょっとは運動しないと貧血治りませんよ」
わかってはいるがそれでも外に出たくないという希望の方が強い。もちろん合宿に来れない未奈達に土産を買うことは前提だが、それ以外にどこか行こうと言われると躊躇うのがさくらである。
「ごちそうさまでした。これどこに持っていけばいいの」
話に華を咲かせながらもうどんを啜る手は止めなかったさくらは、空になった器を持って弥生に聞いた。弥生もついてくるというので一緒に行く。
「あ、そうだ。戻ったら三味線片づけないと。あのままじゃ湿気で革が剥がれちゃう」
「一応乾燥剤は入れておきましたけど。私も先輩専用の三味線は手入れがわからないのでとりあえずそのまま置いておきました」
廊下を歩いて厨房に向かう二人は曲がり角でふと足を止める。そこには奈子と彩果二人だけがいた。何か言いあっているように見える。
「あの二人って同室でしたよね」
「うん。飲み物を買いに来たわけでもないだろうし」
なんとなく間に入りにくいさくらと弥生は二人に気づかれないように角から様子を伺った。小さくだが二人の声が聞こえる。
「明日は部屋にいて。絶対。一歩も外に出ないで」
奈子が真剣に、説得するように彩果に言う。
「明日はって。そう言って結局この合宿中私を外に出さないつもりでしょ」
その説得に対して彩果はいかにも煩わしそうに奈子に吐き捨てる。いつもの彩果とは違うその態度にさくらと弥生は顔を見合わせる。
「当たり前よ。そもそも私は反対したのよ。彩果は参加させちゃいけないって」
「私が不参加なんて出したら怪しまれるでしょ。こんな乗り気な子が不参加はおかしいって」
「参加を出して当日風邪を引いたって理由なら通じたのよ」
「なんでそんな面倒なことしなきゃならないのよ。それにあれは何年も前の話なんだから今更気にする必要もないわ」
「何かあってからじゃ遅いのよ。ここに来てしまった以上いつまたあの人達が来てもおかしくない。だからせめてここにいれば被害はない」
「奈子は心配しすぎよ。大体あの人達が来たところで私にはどうでもいいことよ」
「どうでも良くないからこうやって言ってるんでしょ! いい加減理解してよ叔母さん!」
声を荒げた奈子の口を慌てて彩果が塞ぐ。
「バカっ! こんな近くに誰かいるかもしれないのにそんな声出したら聞かれるでしょ」
彩果が奈子を叱りながら辺りを見回す。さくら達はその視界から逃れるように角の奥の方へ寄る。誰もいないことを確認した彩果は奈子から手を離し、落ち着いたように口を開いた。
「とにかく私は明日外へ出る。大丈夫よ。行くのは山じゃなくて人通りの多い観光地なんだから。それに妖精ちゃん達みたいな人目があるところで何か起きるとは考えにくいわ」
奈子が反論しようとするのを防いで彩果は先に部屋の方へと戻ってしまった。納得できないような顔をしながらも奈子も後に続いた。
「……」
その光景を見ながらさくらは戸惑ったように弥生と顔を見合わせた。
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