彼女達の異変
案の定というべきか、部員全員が予想していたというか昼頃になるとさくらの体は異変を訴えてきた。
「眠い……怠い……気持ち悪い」
「ほらだから言った! もう、加治先輩。急患です」
弥生が半ばキレ気味でさくらを近くの有季の元へ運んだ。有季は楽器を一度しまい、さくらを引き継いだ。
「なんで僕に引き渡すのかわからないんだけど」
「先輩が具合悪くなったらとりあえず加治先輩か相澤先輩のどっちかに運べって言うから」
「言ってない。行くって言っただけ」
ダウン状態にいながらもさくらはしっかりと弥生の言葉を訂正しようとした。だがその意思も虚しく二人に無視される。
「とりあえずさくらちゃんは部屋に連れてこうか。伊部さん、同室だからついてきて」
「わかりました」
弥生が立ち上がってさくらの道具を持ってくると有季が軽々と両腕でさくらを抱っこする。そのまま二人は流れ作業のように部屋を出ていった。
その光景を見ていた女子部員は一気に話に華を咲かせた。去年までとはいかないまでも、もうさくらの恋愛事情は女子の間では小説のような可愛らしいものとして出来上がっているらしい。
昨夜はその光景を見ながら自分が首を突っ込まなくて良かったとしみじみ感じた。男手が必要なら手を貸そうとは思っていたが。
(まあ理由はそれだけじゃないんだが。ん?)
練習に戻ろうとした昨夜だが、ふと気になるものが視界に入った。それはなんてことないいつも見ている奈子と彩果の姿だ。だが何かおかしい。
一見すると二人が何か相談しているようにも見える。その表情が変だ。奈子は何やら焦っている様子で彩果に顔を近づけながら切羽詰まったように口を動かしている。対して彩果は表向きには笑っているが、その眉は皺が残りそうなほど寄っていて、目はあからさまに迷惑がっている。どことなく奈子に怒りを感じているようだ。
彩果が天真爛漫な明るい性格だけでないことは昨夜も去年の一件で知っている。しかし今回のその表情は知らない。仲が良いとしても奈子は先輩でこの和楽部の部長だ。そんな彼女に対してあんなにわかりやすすぎる迷惑そうな顔を見せるほど彩果は幼稚な性格だっただろうか。もしそう思っていても本人の前で見せるのは失礼にも程がある。
(何かあったのか?)
昨夜は剣道の腕前は特訓しているのでそこそこあるが、有季のように術を使うこともできなければ読唇術のようなものも使えない。
彩果達の声は楽器にかき消されて聞こえないが、何とか読み解こうと口を見つめる。だが誰かに肩を叩かれてしまった。
「あの、相澤先輩。先生が呼んでますよ。お稽古です」
同じ楽器の後輩が恐る恐る伝えに来た。正直今は彩果達に集中したいが、そんなことをしたら講師に叱られるどころか後輩まで傷つけてしまう。
「ありがとう。すぐ行く」
短く後輩に礼を言うと昨夜は後ろ髪を引かれる思いを抱きながらも講師の待つ稽古場へと向かっていった。
布団に寝かせてもらったさくらはそのまま抗うこともなく眠りに落ちた。
「全く。世間知らずなお嬢様も困ったものです」
「まあまあ。ありがとう伊部さん。練習に戻ろうか」
「あれ、見てなくていいんですか?」
「いや、見てるけど。稽古終わらせてからでもいいんじゃないかな。さくらちゃんも目が覚めて何かあったら携帯で知らせてくれるだろうし」
「そうですね」
納得した弥生は有季と共に部屋の電気を消してその場を後にした。
残されたさくらはそこから小一時間程大人しく寝息を立てた。起きたのは正午を少し回った時刻だ。
「んー。あれ、もうこんな時間」
受け答えができていたことを見ると、部屋に入るまでの意識はあったらしいが、一度睡眠に入ってしまうと少しの物音では起きないさくらだ。有季達が出ていったことは知らない。
「今お昼かな。行くのは迷惑だろうしもう少し寝てよう」
腹の鳴りは無視してさくらは再び枕に顔をうずめる。その視界に何かが通り過ぎたような気配を感じた。嫌な予感がしてさくらが窓の方を見る。
「……あ、良かった。いなかった」
窓に白い女は映っていなかった。あるのは無数の木々だけ。安心して眠りにつこうと体を捻り、仰向けになったさくらは気づいた。自分を見下ろすのっぺらぼうの白い女を。
「ひっ!」
さくらが大きく悲鳴を上げる前に女がさくらの口に手を当て声を塞ぐ。そのままのっぺらぼうの顔をさくらに近づけてくる。
(こ、来ないで……いやっ!!)
さくらが心の中で拒絶を示すと女は弾かれたように上体を反らした。恐怖と混乱で渦巻かれたさくらの意識は飛んでいった。
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