到着
低血圧のさくらがいつもより早く起きれば眠くなる。
そんなさくらが次に起きたのは既に到着寸前だった。
「ぅん? あれ、ここどこ?」
「あ、起きましたか? すごく大人しかったのでそのままにしておいたんですけど。お嬢様は寝相もいいんですね」
弥生は『お嬢様』という単語を面白可笑しく使っているようだ。
お嬢様だって寝相が悪い人もいる。
いや、今はそこにこだわっている場合ではない。
「私寝てた?」
「ええずっと。私の肩で小一時間程」
つまり弥生はさくらのせいで1時間以上身じろぎができないままその場で同じ体勢を続けていたらしい。
「ごめん伊部さん。肩痛い?」
「大丈夫ですよ。先輩軽かったので」
頭の重さが軽くてもかかっている負担は同じなため弥生が疲れていないところをさくらは感心したような信じられないような表情で見返した。
「それよりもうすぐ着きますよ。準備はできました?」
「え、そうなの? 待ってすぐ仕度する」
出しておいた飲み物をバッグにしまい、下に置くのは危険ということで自分の手元に置いておいた三味線を背負うといつでも出られるような状態にしておいた。
そんな会話の最中に、もうバスは駐車場に着いていた。
バスが完全に停止し、シートベルトを外すと順番に部員が降りていった。さくら達はゆっくりと最後の方に降りていく。
「全員降りたわね。先に先生方もいらっしゃってるようだからすぐに行きましょうか」
バスから荷物を全て取り出し、全部員の点呼を取ると、徒歩で宿泊地へ向かった。
歩いている途中でさくらの携帯が鳴る。
「あ、未奈だ」
そこには短く羨ましそうな顔文字が打たれていた。
そんなメールを送ってくるのならそもそも赤点を取らなければいいのにとさくらは心の中で思った。
「先輩、携帯見ながら歩くと危険ですよ」
「うん。でもこれくらいなら大丈……わっ」
弥生に注意された側からアスファルトの凸凹に躓いてさくらは転びそうになってしまう。
地面に着く前に後ろから腕を引っ張られて戻される。
「言わんこっちゃない。気をつけろよさくら」
昨夜が咎めるような声音でさくらに忠告すると掴んでいる腕を離す。
その隣では有季が危なっかしい妹を見ているような視線を送ってくる。
「い、以後気をつけます」
気まずくなったさくらは謝罪するとそれ以降歩きながら携帯をいじることはなかった。
和楽部が世話になる合宿地は家族で経営しているような小さな民宿だった。
だが学生の費用を考えると小さい宿の方が楽だ。
さくらは理解できないのでその輪には入れなかった。
「和室を借りられたので、この5日間はそこで練習をします。部屋割りは既に配ったしおりを見ながら向かってください。20分後にロビーに集合してください」
顧問に言われた通り部員達はしおりの裏に記載されている地図と自分たちの部屋番号を照らし合わせながら各々分かれていった。
「私は……あ、伊部さん一緒だったらしいね」
「みたいですね。すぐそこらしいですよ」
本来はここに未奈と泉も加わるはずだったが彼女達はいないので弥生と2人部屋である。
元が4人を想定していたため2人だと空きスペースが多くなり広く感じる。
「なんかちょっと寂しいですね」
「2人だけだからね。まあ全部の部屋が4人部屋らしいし変更しても一緒なんだけど」
隅に旅行鞄を置き、楽器や筆記用具、貴重品など必要なものだけを通常のバッグに入れるとさくらと弥生はすぐにロビーに向かった。
随分急いだと思った2人だが、宿の構造や荷物の整理をしていると20分はあっという間だった。
さくら達がロビーに着いた時には既に数名集合していた。
「また点呼を取ってるみたいですね」
「合宿とか旅行には欠かせないからね。面倒でも行こう」
弥生と連れ立って奈子と顧問の両方に来たことを伝える。
奈子は何やら浮かない顔をしていたが、さくら達の存在に気づくとすぐに笑みを作って点呼に応じた。
「これから全員で和室に行くから楽器を準備して待ってて。時間がないから準備が終わった人から今日は順番に数分ずつ稽古してからずっと自主練習の流れになるわ。神海さんは自分で三味線を持ってるから最初にできるかもしれないわね」
「そっちの方がありがたいですね」
初めに稽古をさせてもらえれば復習と練習を兼ね備えることができる。
自主練習は好きなさくらなので今日のような何時間も1人で練習することに苦は感じない。
「先輩ってつくづく変ですよね。自主練習を喜んでする人なんていないですよ」
「先輩に酷い言いようね伊部さん。それに私以外にもいるわよ絶対」
「どうだかー?」
弥生に変人呼ばわりされたさくらは機嫌を損ねながら点呼の邪魔にならないように奈子達から離れたところで待機していた。
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