合宿当日
合宿は4泊5日と長い。
だが毎年夏休みは週に2回部活があった。
計算するとこの合宿で曲を完成させなければならない超ハードスケジュールになるだろう。
「野球部だってここまでハードじゃないんじゃない?」
「いい勝負ができそうだな」
合宿ということもあって制服の着用は義務付けられていない。
さくらは初めて私服に身を通して学校行事に参加する。
そこに友人はいないが自業自得なのでさくらはこの際思考を放棄した。
「折角梅雨が終わったと思っても湿気はなくならないし。嫌だな。三味線の皮ってすぐ破けちゃう」
「だからって乾燥剤そこまで入れなくても良かったんじゃない?」
「私じゃないよ。お母さまが溜めといて全部一気に入れたの。私だってこんなにしないよ。もう三味線の外観損ねてるもの」
さくらは屋敷から持参した三味線を肩に背負いながら昨日の母を思い出した。
心配性のさくらの母は娘だけでなく楽器にまでその本領を発揮する。
『山梨、それも山の麓なんて湿気の度合いがわかりません。ああどうしましょう。乾燥剤がなくなってしまったわ。今から買いに』
「お父さまに止められなかったらお母さま乾燥剤だけ買って全部三味線に入れようとしてたんだよ。もう逆に楽器が壊れるよ」
「す、すごいね」
有季は母と面識があるが、病的なほど心配性なのかと意外に思ったらしい。
確かに一目見た限りではさくらの母は心配などしなさそうな強い女性に見える。
「でもまあ三味線は湿気に弱い楽器の1つだから心意気はいいんだけど」
3人で旅行鞄を持ち、話しながら歩いているとすぐにバス乗り場に着いた。
山梨まではバスで行くことに決まっていた。
そちらの方が値段的に比較的安かったらしい。
世間知らずでお嬢様なさくらには金銭感覚がわからなかった。
さくら達がバスの近くまで行くと、奈子が顧問と手分けして点呼を取っていた。
隣には彩果がいて何やら話し込んでいる様子だ。
「おはようございます」
話し合いに集中していたのか奈子と彩果は今3人に気づいたらしく少し驚いていた。
「え、驚かせちゃいました?」
「……あ、ああごめんなさい。何でもないわ。えっと3人共遅刻なしね。席は自由だけど神海さんの体調を考えて一応前の席に座ってね」
「はい」
奈子に指示された通り旅行鞄をバスの下に置いてからさくら達は前の方に座った。
バスに入る直前、昨夜は奈子と彩果の会話が耳に入った。
「本当に参加したの? 何かあってからじゃ遅いのよ」
「大丈夫よ。もう昔みたいに無闇に山には入らないんだから。それよりお母さん達には私のこと内緒にしたのよね」
敬語なしで奈子に話をしている彩果が気になったが、何か事情があるのだろうと昨夜はその時特に気にもかけずにバスに乗り込んだ。
バスの最前列は顧問と部長の席なので、さくらは2番目の席に座った。
その直後、弥生がバスに乗ってきた。
「おはようございます先輩。あの、ちょっと差し出がましいお願いなんですが」
「どうしたの?」
弥生が申し訳なさそうに手を合わせてさくらに頼んでくる。
「私乗り物酔いが酷くて。できれば前の席が良くて。でももうここしか空いてないのでもしよかったらお隣いいですか?」
「ああそういうこと。いいよ。あ、私酔わないから窓際譲るよ」
「本当ですか!? ありがとうございます先輩!」
さくらは通常のバッグを持って一度席を立つ。
お礼を言う弥生を先に座らせてから自身も隣に座る。
「楽しみですね先輩。私、合宿初めてなのでわくわくです。でも5日間練習漬けなのもちょっと憂鬱ですけど」
「私も合宿初めてだけどいつもお母さまに扱かれてるからそこまで憂鬱でもないかも。むしろ環境が変わってより集中に磨きがかかるわ」
「先輩ってやっぱり一般人とは違いますよね」
「え、どういうこと」
「そのままの意味です」
よく理解ができていないさくらと、そんなさくらを引き気味で見ている弥生の後ろで有季が苦笑した。
「やっぱりさくらちゃんには跡取り娘の血が流れてるらしいね」
「これで自由に放してもどうせ和楽に戻ってくるんだろうな」
さくらと千年前のさくらこは全くの別人だが、今の会話の流れからして恐らく彼女達は自由を得ても最終的に同じところへ帰ってくるのだろうと2人は改めて感じた。
さくら達がバスに乗ってから30分後、誰も遅刻することなく予定通りの時間に出発することができた。
(あ、そうだ。その前に未奈達にメールしておこう)
さくらはガラケーをポケットから取り出し未奈と泉にメールを打った。
『行ってきます』
あの2人は今頃補習の真っ最中だろう。
合宿に行けなかったのは可哀想だが2人の実力不足なのでさくらができることはない。
(せめてお土産くらいは買ってきてあげよう)
バスの中では何もすることがなかったため、気づいたらさくらは弥生の肩を枕にして熟睡していた。
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